いきなり始まる賃走 5

 背後にカタカナで、デデンとでも飾れば。

 胸を張る彼女を、慰められるだろうか。


 仰々しく言い放った言葉に、普通は、へりくだるしかないのだろう。


 空気も、ドウすれば良いかも分かる。

 時代劇なら、頭を下げるシーンだが。


 分からないのだから、琴誇は、聞くしかない。


「アリサ=デリエッタ=シモンさん、ですか?」


「そうよ」


「…そうですか」


 車内に沈黙が広がり。


 お互いに、相手の決まった次の言葉を、待っていると、できてしまう会話の隙間。


 返ってくるハズの言葉が、お互いに、なかった時にできる、微妙な空気。


 お互いに用意していた言葉は、沈黙にただ、消えていく。


 話のコシを折らないように、うながした琴誇は。

 コノ沈黙から、驚いて聞き返すのが、正常な反応なんだと、笑顔を凍らせた。


「ちょっとまって。本当に知らないの?」


 沈黙から、正しい答えを読み取ったアリサは。

 助手席に抱きつき、琴誇に顔をのぞき込む。


「なにも知りません。本当に」


 チラリと覗いた女性の横顔に、琴誇は、息を飲む。


 女性は、若ければ若いほど、化粧で年齢を、つり上げたいモノだと。

 母親が、やんわりと口にしていたのが、脳裏をよぎった。


 背後を振り返り、乗車させたとき。

 完全に浮き足立っていたのだと、ハッキリと自覚デキてしまった。


 自動ドアと言う名の、手動ドアレバー操作に、気を取られ。


 顔は目に写っていたハズだが。

 扉の開閉で、相手が怪我をしないかに気を取られ。

 ソコまで鮮明に、覚えてなどいない。


 横から覗き込んでくる、彼女の着ているモノも。

 メイクも、確かに大人びているが。


 チラりと見ただけなら、二十代と勘違いするだろう。


 作られたナチュラルメイクは。

 その若すぎる輪郭を、誤魔化すためだったのだと、琴誇は、やっと理解した。


 車内には、フロント上部に、背後を見るための、バックミラーがあるが。

 これはタクシーであっても、同じ目的のために使われる。


 バックミラーは。

 目線移動だけで、背後を確認するために使われる。


 客の顔色を、うかがうため、だとか。

 背後のお客さんが見えるようには、セッティングしない。


 しない理由は簡単だ。


 背後を確認する手段が、なくなってしまうから。


 安全に、的確に、確実に。

 目的地まで、運転するのが、タクシー業務であり。

 道を覚えるのは、あくまでも付属品。


 究極的に、道など覚える必要などない。

 ドンナ形でアレ。

 目的地に、利用者を送り届ければ、業務として完結しているのだから。


 利用者側が、遠回りされるのがイヤなら。

 道は、利用者が教えるモノだ。

 ドライバーは、指示にしたがって走るのが、本来の形なのだから。


 一見さんの家の位置なんて、ドライバーが、知っているワケがない。

 細かい順路は、利用者が、指示してしかるべき。


 小銭を握った王様は、少し考えれば分かる矛盾。

 無理難題を、ドライバーの責任に、しすぎなのだ。


 接客も、優先順位で言えば、一番などではない。


 そのタクシーが、接客を優先するあまり、事故を起こしては、本末転倒だ。

 黙って、利用者の指示を聞いて、安全に業務やサービスが終わるなら。

 コレが、正解である。 


 バックミラーを、人と背後の両方が、見えるようにも、セッティングできるが。

 この場合、背後を確認する視野が狭まり。

 背後を確認するたび、客と目線が合ってしまう。


 なかには、それをひどく嫌い。

 怒りだす、利用者がいるため、大概は背後オンリーだ。


 つまり、本当に顔を合わせるのは、乗り降りする時だけである。


「え、なんでよ。私、有名でしょ!?」


 年上かに思えた、奇麗なお顔は、琴誇と代わらない歳だろう。

 アリサは、背伸びした化粧の顔に、驚愕を張り付けていた。


「えと、この大陸の事は、良く分からなくて。

 さっきも、途方にくれていたんですよ」


「え? あ、ああ。そうなの? じゃあ、説明してあげる」

 と、アリサは、雄弁に語りだす。


「まずは、この大陸の歴史から」


 なんでだろう。

 そんな言葉を返すだけ無駄だ。

 コレから、長い付き合いになるのだと、あきらめ。


「え。あ、お願いします」


 「え。あ」に凝縮させた自分を、琴誇は褒め称えた。



 長い道のりになってしまった、異世界交通・車内。


 アリサの長い説明によれば。


 この世界は、中央島から十字に伸びる大陸が4つあり。

 昔は、各大陸間の争いが、絶えなかったそうだ。


 だが、ある日、四匹の龍が現れた。


「龍ですか!?」


「そう、絵本に出てくるような龍じゃなく。

 神の使いと、言ったほうが良いわね」


 赤龍は、争いがある場所、起こった場所、起こした者達を。

 善悪関係なく。

 抗いようがない、圧倒的な力をもって、すべてを根絶やしにした。


 容赦などなく。

 理由など関係ない。


 ただ、殺し合いをしている要因、全てを。

 子供の手をひねるように、駆逐していった。


 戦を始めた王都を、一息で吹き飛ばし。

 人に剣を向けた、盗賊ですら。

 容赦なく、駆逐する徹底ぶりに。


 大陸全土の人間が、あまりの恐怖に、持っていた剣を投げ出し。


 それでも、反抗する人々を南大陸に誘導し。

 戦争悪鬼の南大陸を構築した。


 黒龍は、善意に染まれない人間の悪を、食らい続けた。


 黒龍は、人の悪意をなくすのではなく、許容し。

 善人になりきれない人を、徹底して間引きし。

 殺すのではなく、隔離し、西の大陸に押し込んだ。


 西の大陸内で、何をすることも許容したが。

 外に出ることだけは、絶対阻止し続けた。


 中央・東西南北の大陸は、全て海に囲まれているため、自然の牢獄が完成し。

 この世界の犯罪者は、すべて西大陸に送られ、隔離される流れが確立し。


 悪意監獄の西大陸を、作り上げた。


 青龍は、あまりある力を駆使し、人々に知恵を与え続けた。


 教育の浸透、文字・言語を爆発的に普及させ。

 対話と、互いの利害を理解させる。


 メリット・デメリットの考え方に、行きつかせたのだ。


 資源略奪に、意味などない。

 焼き払い、資源を大量に失うだけで。

 繁栄は、ノウハウで行うモノだと。


 闇雲に拳を振り上げれば。

 自分を殴りつけるのと、変わらない。

 青龍は、利害のあり方を教育によって、覆し。


 知識と教養の北大陸を作り上げた。


 白竜は、この3つを許容したが。

 コレらにそぐわない、ただの弱者を、囲い、守り続けた。


 その箱庭として東の大陸を選び。

 そこで白竜は、平和と理想を語り続けた。


 平和の東大陸を、作り上げる。


「これを、四龍の4法というのよ。この世界にできた、絶対のルールよ」

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