いきなり始まる賃走 4


「心構え的な、意味合いで。

 ただの利用者は、乗せてもらっているだとか。

 一時的にでも、自分専用のドライバーとして、運転してもらっているだとか。

 全く、考えてないから!

 ドライバーが勝手に裏で、金額的にも、人間的にも。

 ソイツの事を、ゴミって言っても良いよね?」


「……。なんか、この先に不安しかない」


「大丈夫、異世界だから!」


「うわぁ。便利な言い訳だ」


「大丈夫! この世界に、バスも電車もないから。

 お国が、運賃の半分を肩代わりして、安く済んでいる。

 乗り合い輸送している、乗り物と。

 同じだって言う、勘違いも、おこさないでしょ」


「だから、お客さんがいなくて、こんな事態に、なってるんでしょ!」


「そろそろ、大事な第一歩を踏み出すべきかと、私は思うんですよ」


「え、なにそれ?」


 ナビィは、琴誇の目を、まっすぐ見て、シレっと言い放つ。


「コミュニケーション!」


「こ、コミュニケーション……」


 正直、そんなモノは、賃走しているとき、体力を無駄遣いするだけ。

 一見に、そこまでする義理は、ないのだが。


「話せば、この世界の知らないことが、いっぱい分かると思うよ?

 実益を兼ねた、接客なう!」


 ナビィの、つき出された、人差し指と、笑顔に。

 言い知れぬ迫力を、琴誇は感じた。



「翻訳機は、車内でしか使えないのに。

 今、踏み出さないで、いつ踏み出すんですか?」


 空調のきいた快適環境や、言語の違いによる会話問題。

 食べていくにも。

 今、運転している、黒いオンボロクラウンに、提供されている。


 タクシードライバーから、タクシーを取り上げれば。

 ただ、運転免許証を持ってるだけの人だけが、残され。


 この世界の事も、よく知らず。


 流されるがまま、押し込まれた琴誇にとって。

 車が提供する機能こそが。

 天から授かった、定番チート能力の代わりなのだから。

 これを利用して、生きる以外の選択肢は、ない。


 たとえ、強制されているとしても。


 この世界に、送り出した張本人に。

 連絡を取る手段すら、持ち合わせていない。


 言葉も、常識も通じない。

 知識さえも全く異なり。

 日本文化すら理解されない、異世界で。

 生きる手段は、この車を、使うことだけだ。


 車内でのコミュニケーションは。

 琴誇に許された、唯一の情報源。


 琴誇は、ナビィを、うらめしそうに見つめる、が。

 ナビィは、ただ頷き、指先で背後を指差すだけだ。


 琴誇は、胸に広がる、純情な感情を目頭に集め、指でつぶす。


「え、と。近くに村か、なにかありますか?」 

「運転手さん。このあたり、あまり詳しくないの?」

「この仕事、今日、始めたばかりでして」


 口にしてから気づく、言葉の地雷。


 このセリフは。

 相手に、不安をあたえるだけ、だと。

 言ってから気づいては、もう遅い。


 言ってしまえば、もう、引き返せないのが、会話の難しさであり。

 接客の難しさである。


 そもそも、あげ足とりをする人に。

 ロクな人間性も、ナニもないと、言うのは置いておき。


 前言を撤回できるのは、恵まれた環境下だけだと、自覚できる瞬間である。


 言霊とは、よく言ったモノで。

 いくらごまかそうとも、セリフは、相手の感情に伝わってしまうものだ。


 誤解を、訂正するのは非常に難しい。

 一度思い込んだら、ナニを聞いても。

 同じ話だと思い込んで、否定しかしない人物のほうが多いのだから。


 琴誇は、運転しながらでは、あまり考えて会話ができない難しさを痛感する。


 琴誇の頭に浮かんだ。

 ドライバー席から横を振り返り。

 助手席の奥さんに、話す人々が、危険な存在に思えた。


「やっぱり、そうだったのね。

 値段も、何もかも、あの町に住んでいる人たちには、高いわよ。

 それに、お金を払ってまで、ドコかに行こうなんて思う人は、少ないわ」


 コミニュケーション大成功だ。

 少ない会話の中に、知らない情報が、盛りだくさんである。


 マイナス方向のセリフが飛んでこなかったコトに、琴誇は、胸をなでおろし。


 顔も見えないお客さんに、正面を見据え、会話を続けた。


「お客さんは、なんで、お乗りになったんですか?」

「速いと思ったからよ。今、それが何より重要だわ」


 琴誇は、車内の空気が、ザワつくのを感じた。


 

 お金を気にせず。

 速さを求める理由が。


 あまり良いモノであるハズがないと、直感が、全力で告げている。


「速く王都にたどり着けたら、あなたに、勲章をあげても良いわ」


 勲章の単語が飛び交う車内で。

 琴誇の心に広がる、深い後悔が、すべてが確定した。


 勲章をあげるだとか、平然と言い切る背後の女性に、恐怖すら覚え。


 再び、口を開くのさえ、ためらわれるが。

 琴誇は、望んでいない言葉を受け止める覚悟を決め。


「え、勲章ってなんですか?」


 「う~ん、そうね」なんて言葉が、背後から小さく刺さる。


「名誉勲章よ。

 それさえあれば、この、たくしぃ、も。仕事に困らなくなるわ」


 後ろからの声に、一瞬、運転している事さえ忘れ。


 左右に蛇行するハンドルで押さえつけ。

 琴誇は、いきなり超展開を引き当てたと、確信する。


「あなたは、どちら様で?」


「そんなことも知らずに、私を乗せたの!?」


「すみません、学がないもので」


「私は、北大陸・青の大地、南家紋、デリエッタ=シモン。

 名前は、アリサよ」

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