いきなり始まる賃走 3
ナビィは、左頬に人差し指を添え。
張り付けた笑顔で、小首をかしげた。
「ソレも、コレも、無事に完走できたらね。いろいろな意味で」
「なんだよ、ソレ…」
「地面があれば走れるなんて幻想、タクシーがぶち壊す!」
ナビィは、急に立ち上がり、右拳を握り声を張り上げた。
「ぶち壊さないで!」
「アスファルト舗装されていない、ガチのオフロード」
車体が常に小刻みに揺れ。
車体の下で休み暇なく、ギイギイと、車体を支えるバネが、全力で仕事をこなす。
その働きは、ハンドルを小刻みに揺らし。
ハンドルを、左右に動かさなくても。
車体は、左右に進路を変えてしまうほどの悪路。
速く走りたくても、最低限の乗り心地を維持するには。
これ以上、アクセルを踏み込む事は、できない。
時速・四十キロという数字を。
速いと感じるか、遅いと感じるかは、人によるだろう。
どこか、分からない場所から。
目的地を指差され、走り出す初心者ドライバーに、この速度は。
出せる、ギリギリだ。
琴誇の気持ちとは、裏腹に。
外は明るいとはいえ。
オフロードの、全く知らない道を、道筋道理に走るには、神経をすり減らす。
初心者ドライバーへ、オートマチック車が、あたえる運転感覚は。
まさにゴーカート、とはいかない。
ゲームセンターで、レースゲームが、いくら得意であろうと。
全く、それらの感覚は、役に立たない。
ギアチェンジが、オートなのだから。
アクセルと、ブレーキ踏んで、ハンドルを握れば。
車が走るのは、確かである。
だが、遊戯用ゴーカートと、そもそもエンジンの馬力が違う。
ブレーキも、その力を押さえるために、ある。
スペックが違う、この二つがそろったとき。
運転経験の有無が、ハッキリとした形となって、表れるのだ。
車の運転を、したことがない人に。
足の重みだけで、60キロオーバーを簡単に、たたき出すアクセルと。
自転車のブレーキのように、指ひとつ分踏めば。
ガッツリ、きいてしまうブレーキを、どう説明したら伝わるだろう。
詰まる所、運転してみなければ、この怖さが、分からないのだ。
初めて、重機を運転すれば、同じ感覚を味わえるだろう。
琴誇は、たった今。
乗客がいる環境下。
体、すべてで、味わっていた。
自分の思いと、運転操作が、全く、かみ合わない感覚。
初めて、パソコンの、キーボードで文字を打ち込んだ時と。
同じような違和感と、歯がゆさ。
文字を打ち間違える感覚で、事故が起きてしまう恐ろしさ。
さらに、拍車をかけるように。
緊張で、はりつめた両肩の動きで、動いてしまうハンドルは。
機敏に、ハンドルに伝わる力を車体に伝え。
車内からは、わからないが、外から車体を見れば、左右に蛇行しているだろう。
「運転、甘くないよぉ…」
ポロリと出た弱音に、ナビィは頷く。
「忘れてるようだから、言っておくね、琴誇君」
「なんだよぉ~。もう、いっぱい、いっぱい、なんだからぁ~」
「これ、タクシーだから」
「忘れてないから。心が、すりきれそうだから。
二種免許が、21歳以上からなのが、良くわかってきたよ」
「一種免許をとってから、数年とれないけどね」
「サンデードライバーは、お呼びじゃないでしょ。この仕事…。
公道なら、間違いなく、事故る自信あるよ?」
「変な自信ついたね!」
「いらないよ、こんな自信!」
「運転手さん、少し外に出たいわ。近くに休める場所は、あるかしら?」
唐突に投げられた言葉に、琴誇は面食らい、返答が遅れる。
タイミングよく、言葉を返せない間の悪さに、奥歯を噛み締め。
走行音が響く、静かだとは言いがたい車内に、言葉を返した。
「えっ、と。ちょっと、待ってください…」
なんと、バツが悪い事か。
琴誇は、ナビィに助けを求めるが。
ナビィは、横目で琴誇を見上げ、ため息を吐き出した。
「全部、他力本願は、よくないと思います」
「カーナビを使うと、自力って言われるのに。
ナビィを頼ると、他力本願になっちゃうの!?」
「ナビゲーションを使うのも、良い顔されませんよ、普通」
「道具を使って、何が悪いの?」
「道、知らねぇな、コイツ。プロとしてそれでいいの?
って、押し付けがましいプロ意識を。
毎日2、300キロも、走らないヤツらが、顔、いっぱいに不満を広げますよ。
まぁ、そんな奴らの行くところなんて、すぐソコだけど」
「なにそれ!?」
「それでも、プロですかぁ~なんて、我が物顔で言われちゃいますよ。
客の言うことも、満足にデキないのかって。なにも知らない利用者が!」
「え、ナビィ。何があったの?」
「なら、降りろや。って言うと。
俺は客だぞと言わんばかりに、後ろの座席でふんぞり返る。
ワンメーターに、目くじらを立てる、王さまの話。
なら、最初から乗らなきゃ良いのに。
むしろ、そんなちっぽけなメーター料金だけじゃ、生活できないから。
最低限、1000円ぐらい、チップ置いていけっての!
チップがないなら、いらないから、そんな、客でもない、利用者」
「え? どうしたの? 違うから、休憩所を、探してほしいだけなんだけど?」
「街道だから、暫く走れば、村か町があるんじゃね?」
「なに、そのザックリとした、ナビゲーション」
「お客と利用者は別物だから! そんで利用者である前に、人じゃないの?」
「だから、なんのはなし!?」
「三千円ぐらい乗ったぐらいで、長距離だと、ふんぞり返るヤツの話」
「してないから、そんなタクシーあるある、聞いてないから!」
「長距離は最低、メーター、一万円からだって、誰か教えてあげて」
「頼むから、早くナビしてよぉ…」
「え? ちゃんと、タクシードライバーを、ナビしてるつもりだよ?」
「……」
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