第2話 古代の遺物

 店に着いたレイドは、親方と呼ばれた男のもとへ挨拶しに行った。


「おはようございます、クラウドさん」

「おう、レイド。今ちょっと話し込んでって顔色悪いじゃねぇか、お前。もしかして見たのか、久しぶりに?」


 クラウド・リシュルクル。

 今年で38になる、リシュウクル工具店の店長である。

 レイドの保護者であり、師匠でもある人だ。

 記憶喪失で行き倒れたレイドを見つけたのは、彼であった。


 悪夢のことも知っており、よく相談相手ともなっている。

 そのせいか、レイドの顔色が悪いと、すぐに悪夢を見た後だと気づくくらいには、彼を理解していたのだ。


「えぇ、まぁ。困った話ですよ、本当に」

「だな。もしも夢のせいで仕事ができねぇってなったら、俺らも困るからなぁ。他の奴らに比べて才能あるからな、お前」

「……クラウドさん程じゃありませんよ。まだまだです」

「ハッ、相変わらず謙虚な奴だ。まぁ、だから頼れるんだけどな。ちょっと来い」


 会談をしていたようで、テーブルに連れて来られたレイドは、思わず目を丸くする。


(なんで軍人がここに?)


 青い軍服を着ている男は、この村近くにある『ヨハル交易都市』の軍人であった。

 軍人が村を通るのは見たことがあったが、この店に来たのは、レイドにとって初めてのことだった。


「えっと……」

「君がレイドか。私はヨハル第6遠征部隊の隊長バーン・フォンライトだ。よろしくな」

「あっ、れ、レイドです。こちらこそ、よろしくお願いします。でも、どうしてこんな場所に軍人さんが?」

「こんな場所とはなんだ、こんな場所とは。ほれ、今日のお前の仕事だ」

「うん? 何これ、新しいMAGの設計図? これ、この人からの依頼? それとも——」

「色々あるんだよ、色々な。ほれ、さっさと仕事場に行け。今日はお前にとって最高な日なるんだからな。こいつのことも、後で詳しく紹介する」

「? まぁ、分かりました。行って来ます」


 聞きたいことはまだあったが、これ以上やっても意味ないと思い、レイドは部屋を後にする。

 そんな姿を、バーンは興味深そうに眺めていた。


「15歳であれか。中々良い子じゃないか」

「……否定はせん。が、内心はちょっと愚痴ってるだろうな。『教えてくれてもいいのに』ってな。あんな感じだが、中身は年相応のガキだよ、レイドは」


 フッ、と溜め息を吐きながら、クラウドは椅子に座る。


 クラウドとバーンは旧知の仲であった。

 いや、仲間という方が合っているのかもしれない。

 過去の大戦で負傷したクラウドは軍を退役し、小さな村で工具店を開いていた。

 それを知っていたバーンは、様子見も兼ねて度々訪れていたのだ。


 だが、今回バーンが訪れた理由は、いつもとは違っていた。


「で、本当に良いのか?」


 テーブルに置かれている一枚の紙を指しながら、バーンは言う。


 『推薦入学届』。

 そう書かれたものは、バーンが住むヨハル交易都市にある学園への推薦状だ。

 名前の欄にはレイドの名前が書かれており、後は本人が承認するかどうかの状態となっていた。


 バーンが今日来たのは偶然だったが、レイドを学園に入学させる話は前からあった。

 この話は、クラウドの方から持ちかけた話だった。


「ああ、その方が、レイドにとっても良い。こんな小さな場所に留めておくよりも、デカい場所で学んだ方が断然な……無責任な話だが」

「そうか? 身寄りもないし、記憶もない。そんな子どもを、半年も居候させただけでも偉いだろ。ついでに、あの子の未来を考えるくらいに気に入ってるんだろう、お前は?」

「才能あるからな、あいつは。知識は俺以上、MAGの操縦技術は、多分お前よりもあるだろう」

「ほぅ、お前がそこまで言うのか。ちょっと見てみたくなったな」


 バーンのMAG操縦技術は、ヨハルの中でも五本指に入るくらいに上手い。

 『閃光の狼』と呼ばれたその異名は、過去の戦争で敵軍を瞬時に一掃したことで付けられた渾名だ。

 彼の戦い方を直で知っていたクラウドだからこそ、彼の言葉でもっとレイドという少年に興味が湧いていた。


 MAGの操縦は、訓練しなければ到底できたものじゃない。

 レイドと同じ年で操縦できたとしても、戦闘として使えるレベルの人間は全くいないくらいに難しいのだ。

 当然クラウドもそのことを知っているし、自分の目が曇っているとは思っていない。

 自分の中では公平な気持ちで、レイドのことを評価していた。


 今まで他人を褒めなかったクラウドだったからこそ、バーンは意外な気持ちであった。


「基本的なことはほとんど教えた。だからよぉ」

「分かった。良いぜ、珍しくお前が頼み事したんだからな。引き受けるぜ……けど、なんでそこまですんだよ? 言っちゃなんだが、そういう柄じゃなかったろ」

「……確かにな」


 クラウドは微笑し、窓の外を眺めながら呟いた。


「こんなどうしようもねぇ俺でも、ちょっとくらい人助けしたいって思ったのかもな、きっと」






 レイドの将来について、本人不在で話が進んでいた頃。


「おっ、やっぱりレイドが来たか。こいつのセッティング手伝ってくれ」

「ルインさん、おはようございます。これ、MAG、ですか?」

「ああ、そうだ。親方秘蔵のコレクション。今から安全カバーを外すぞ」


 ルインと呼ばれた男がレバーを押し上げる。

 同時にMAGらしきものを覆っていた布が引き上げられ、その姿を露わにした。


「――おぉ!!」


 白く、二つの眼を持ったMAG。

 左腕部は肘から先が紛失しており、操縦席がある胸部の装甲は開かれたままだ。

 まるで主を待つかのように、白いMAGはそこに留まっていた。


 レイドは興奮を隠し切れずに口を開く。


「る、ルインさん! これ、もしかして!」

「ああ、古代の遺物、エンシェント・MAGだ! 親方が昔見つけたものを、ずっとここに保管してたんだとよ。で、本当の名前が分からなぇから、親方はこう名付けたんだ――【ハーモニィクス】」

「ハーモ、ニィクス……調和と可能性、か」


 この時、レイドは既に【ハーモニィクス】の虜となっていた。


「よろしくな、【ハーモニィクス】」


 それが、『過去に存在したモノ』と『過去が存在しない者』との、ファースト・コンタクトであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る