アリアとライル Alia & Ryle
一行はその日暮れ、深い森の側で野営をする事にした。
暖を取り、危険な獣を遠ざけるために火を起こす。皆が次々と手荷物を降ろす中、ライルはそのまま最初の見張りを申し出た。一人火の輪の外、もうかなり暗くなりつつある森の端に立ち、その奥を見詰めながらたたずんでいる。
アリアは、ライルの事が気にかかっていた。
「(どうして、あの人は主を嫌っているんだろう? いいえ、嫌いというだけじゃない。主に対する怒りと憎しみすら感じた。ティナさんは、『訳ありだから』って言っていたけど……どうしてなんだろう? 私には、主の愛無しで生きる事なんてできない)」
心を決めると、一人火から離れて見張りに立っているライルの側に、アリアはそっと近づいていく。
「あの……ライル様」
ちらりとアリアの方に目を向けると、ライルは再び漆黒の森の奥に視線を戻す。
「ライルでいい。俺に『様』なんてつけるな。柄じゃねえし、不愉快だ」
相変わらず、ぶっきらぼうなライルの態度は変わらない。アリアは少し怯んだ。しかし、気を取り直して、アリアは再びライルに話しかける。
「ごめんなさい。あの、ライル」
「なんだ?」
やっと、彼がアリアの方を見詰めるようになった。
「あの、あなたはどうして、主に対して怒っているのですか?」
「嫌いだからだ。さっきもそう言ったろうが」
ライルは、にべも無くアリアにそう言い放つ。アリアは更に問いかける。
「どうして、あなたは主が嫌いなのですか?」
アリアのその問いに、その大柄な男は眉をしかめる。あまりその事を聞かれたくない様子だ。
「うっとうしい女だな。どうでもいいだろ、そんな事」
ライルが、アリアに背を向けようとする。彼女は、そんなライルの前に回り込んだ。
「どうでもよくはありません。私にとっては大切な事なのです」
一心に、アリアはライルの目を見詰める。その男の黒い瞳には、さらに暗い光が灯っていた。段々と沈む夕日に森の暗さは増してゆき、彼女が問いを重ねる毎に、彼のその瞳の暗さはますます深まっていく。
「お前にとって大切な事でも、俺にとっちゃどうでもいい事だ」
ライルはアリアを拒絶するかのように、再び森へと視線を移す。
アリアは必死である。
「お願いします。私はどうしても知りたいのです。なぜ、あなたがそのように主に背を向けているのかを。もしかして、あなたの力になれる事があるかも知れません。私は修道女です。主に背を向けている人を、放っておけないのです」
修道女として、信仰の責任感を感じている様子のアリアであった。
ライルは、そんなアリアの様子を見て、寂しげに鼻先で笑った。
「神様なんてのはな、まやかしだ。俺がどれだけ祈っても、すがっても、何にもしてくれなかった。俺を助けてくれたのは、俺自身の力と、この剣だけだった。これだけが、俺を確実に守って助けてくれる。さっきもそうだ。お前は『神様、神様』と祈ってばかりで、自分の力を少しも使おうとしなかったみてえだがな。お前の神様は、そんなんで生き延びれるようには、この世界を創ってくれなかったようだぜ」
先程の戦闘でのアリアの様子を、ライルはそう皮肉った。全く抵抗せず、ひたすら神にすがって祈っているアリアを背中に守って、ライルはその剣で死骸の山を築いたのだった。彼のその言葉が、アリアの心に突き刺さった。
「主はまやかしではありません! 私達を必ず見守っていて下さっているのです。その愛で私達を包み込んでくれているのです。主は、信じる者を必ず救ってくださいます!」
胸の十字架を握りしめ、必死でアリアはそう声を張り上げる。ライルは漆黒の瞳に深く暗い光を灯して、そんな彼女の様子をただ、静かにじっと見詰めていた。
「お前が祈って、神様がさっき助けてくれたか? お前を助けたのは、この剣だ。俺が言いたいのは、そういう事なんだ」
アリアに静かに告げるライル。その瞳が、更に深く暗く沈む。
「あなた方に出会えた事が、主の助けであり、導きなのです!」
胸の十字架を、さらに強くアリアは握りしめる。ライルの言葉と、自分の心に訴えてくるその暗い沈んだ瞳に、彼女は戸惑い激しく動揺していた。
「そうか。今度お前が危なくなったら、俺は何もしない事にしよう。それでも、お前の神様がお前を救ってくれる所を見てみたい。まあ、わかりきった事になると俺は思うがな。自分でなんとかしようとしない奴まで、神様が助けてくれるのかどうか。これだけ人がいるんだ。神様だってさぞかし大忙しだろうぜ。俺達一人一人の面倒をいちいち見てくれるとは思えないがな。俺くらいは、神様の手間を軽くしてやったっていい。だから、俺には神様なんて必要ないんだ。……これで気が済んだか?」
「違う……違いますっ! あなたは間違っています!」
必死で声を張り上げるアリアであった。彼女が当たり前の事として信じ心の支えとしてきたものが、この目の前に立つ男の心には全く届かない。そればかりか、この男の告げる言葉には、身をもってそれを味わい傷ついて生きてきた人間の魂から発せられた、真実の響きがある事さえ、感じられてしまうのだ。院長に命じられこうして旅立つ以前は、尼僧院で神の教えを守り、清貧で静かな生活を日々過ごして育ってきた彼女の心は今、かつてない程に動揺していた。
その声が、火の周りに座って、森林に宿る気を静かにその身に吸収し、ピアスに封じたサラマンダー達に送り込んでいたティナの耳にも届いた。気づいたティナがその作業を中断して、離れた所にいる二人の様子を訝しげに見守っている。
それでもライルは、ただ静かにそんなアリアを見詰めている。
「そうか?」
「そうですっ!!」
そう叫ぶ少女の目には、涙が滲んでいた。
「たとえ間違ってたとしても、俺はこれでいい。お前には関係ない事だ」
ライルの冷たいその言葉が、アリアの心を深く深く斬りつけた。沈んだ瞳で静かに自分を見詰めるライルに、彼女はそれ以上何も言う事ができなくなってしまった。唇をぎゅっと噛みしめて、アリアはライルにパッと背を向け、口元を手で押さえながら闇に満ちた森の奥へと駆け去っていく。その両目には、涙が溢れ出していた。
「おいっ! 戻れっ! ……ったく」
ライルが、アリアに言い過ぎてしまった自分自身に対して苛立ち、忌々しげに溜息をついて俯く。アリアの叫びと、漆黒の森の中へと駆け去ってゆくその姿が目に入ったティナが、心配でライルの側に駆け寄ってきた。
「ライル……アリア一体どうしたの? ただ事じゃないわ、あれ」
ティナは眉をひそめて、アリアが駆け去っていった真っ暗な森の奥を見詰める。
「ちょっと、俺が言い過ぎた。捜して連れ戻してくる」
「私も捜す。夜の森であんな女の子が一人きりなんて、危険過ぎるわ。みんな、手伝って! アリアが一人で森の中へ入っていったの!」
こうして、手分けしてアリアを捜しに森の中へと一行は入っていった。しかし、なかなかアリアの姿は見あたらない。それに、ポツポツと雨が降ってきた。嵐になる予感を感じとって皆がひとまず戻ってくると、ライルだけがまだ戻って来なかった。二人の身を案じたものの、嵐に備えてここで待機する事になった。
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