第四話【修道女アリア】Sister Alia

修道女アリア Sister Alia

 当初の目的とした古代遺跡の財宝を首尾よく手にしたライル達。その換金と食料・装備等の補充の為、様々な店が揃う比較的大きな街を目指して五人は街道を進んでいた。その道中、山々を抜ける街道が段々と細くなり、人里の気配も道をゆく人々の気配も無くなってきた頃合い、彼らの先をゆく一人の小柄な女性の姿が目に入った。遠目に見えるその服装からは、どうやら神に仕える若い修道女のようだ。



「あの子、修道女みたいね。巡礼の旅でもしてるのかしら?」



 ティナが小首を傾げながら、ちょうど隣に並んで歩いていたホークスに話しかける。盗賊ホークスは、遠目に見える修道女の後ろ姿を、目を針のように細めて慎重に確認していた。何やら違和感を感じた様子である。



「それにしちゃ、護衛の騎士とかいねえな。正式な聖地巡礼なら、何人か一緒にいるもんだけどよ。にしてもよ、あんな嬢ちゃんがこんな寂しい山道で一人旅なんて、危ねえぞ。ここら辺りは山賊が出るって噂がある」


「盗賊なら、もうここに一人出てるけど?」



 ホークスに笑顔を向けて、そんな事を言うティナだ。あの古代遺跡で気に入ったネックレスを手に入れて、まだゴキゲンが続いているようだ。


「こら! 技も芸も味もある盗賊様と、山賊を一緒にすんな。ただのゴロツキだぞあんなの」

「ワシにはまだ違いがよくわからぬがな」


 前をゆく二人の話に、頑固オヤジが珍しく冗談めいて声をかける。戦闘用に鍛え上げた自分の技が、あのような形で財宝獲得に活躍した満足感があるのだろう。それに、一人旅の多かったギリアムである。仲間達とのこのような楽しさは久方振りなのだろう。そんな空気をすぐに読み取って、盗賊は如才なく己の役割を全うする。わざとらしく大袈裟に怒りの表情をつくって見せる。



「あのなあ、お前ら。ちょっとそこに正座しやがれ。師匠直伝の盗賊様の道の在り方ってやつを教えてやるぜ」


「そうですか、それは本では手に入らない貴重な知識ですねえ。よろしければ私もぜひお聞きしたいものです」


 一番後ろで呪文書を読みながら歩いていた魔術師ノエルも、生真面目な顔でそんな事を言う。彼なりの冗談なのだろうが、かなり本気なのかもしれない。真面目な表情は全く変わらないので、どちらなのかよくわからない男だ。



 そんな他愛ない会話を交わしていた一行に、前方から小さな悲鳴が聞こえてきた。何事かと皆が一斉に道の先に視線を向けると、遠目にあの修道女が何人もの男達に囲まれている! 彼女は男達に腕を乱暴に掴まれて、たちまち街道脇の森の中へと連れ去られていく。



「ほら、言わんこっちゃねえ! 山賊共だ!」

「やべえぞ、あれは。助けるぞ!」



 ホークスの叫びよりも早く、ライルは背中の長剣を抜き放って駆け出していた。一瞬で皆一斉に戦闘準備を整えつつ、彼に続いて駆け出した。


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 間髪入れず救助に向かったのが幸いして、ライル達は山賊達に襲われていた修道服に身を包んだ少女を無事に救い出した。その少女は、荒くれ男達を前にして、ひたすら神に祈りを捧げていた。激しい戦闘の末、首領と思われる男がライルによって倒されると、生き残った山賊達は散り散りになって逃げ出していった。数人の山賊達の死骸が転がっている。




 修道服を着たその少女は、自分を襲った山賊達の遺体を前に、心を痛めている様子だ。


「ひどい。何もここまでしなくても……」

「おいおい、こっちは助けてやったんだ。まずは俺達に礼の一つでも欲しいぜ」


ライルが肩をすくめる。少女はそっと死骸に近づき、膝をついて胸の十字架を握りしめて祈りを捧げる。


「主よ、どうかこの哀れな方達に、安らぎをお与え下さい。この方達の帰りを待っている家族を、どうかお守りください」


「ちっ、勝手にしやがれ!」


ライルはその修道女の少女から背を向ける。なぜか、苛立ちを隠せない様子だ。普段のライルとは、少し違うような感じがする。



ホークスが、膝を折って亡き者のために祈っている少女に近づいていく。


「よう、嬢ちゃん。殊勝なこって。できれば、こいつらを殺しちまった罪深い俺にも祈ってくれねえかい? 地獄行きは確実だが、できればちっとは居心地の良さげな所に行きたいって思ってるんでね」


そう言って、ホークスはニヤリとその少女に笑いかける。本気なのか、冗談なのか、からかっているのか、そうでないのか、よくわからない。


「わかりました。主よ、この者の罪をどうかお赦し下さい。心改める者を、どうか温かく導いて下さい。主よ、この者を支え給え。この者に主の祝福を」


少女は、ホークスの前で十字を切る。神妙な顔つきで、ホークスはその祈りを受けている。やはり、本気なのかどうかは、よくわからない。ホークス自身も、よくわかっていないのだろう。


「修道女様、ワシも頼む。こういう時でもないと、神様に触れる機会が無いのでな」


ギリアムも、膝を折って厳粛にその少女に依頼する。にっこりと微笑むと、その少女はギリアムにも赦しの願いと祝福を与えた。



「少し、怪我をなさってますね。……主の御名において、その下僕、アリアが願います。どうかこの傷つける者を癒し給え。再びこの者に力を注ぎ給え……清らかな白き小川よ、この者の傷を包み癒し給え……」


少女がギリアムの傷口に手をかざすと、みるみるその傷口が塞がってきた。


「おお、これはこれは。かたじけない」

「いいえ。主のお力です」

にっこりと少女は微笑む。


「ふうん。癒しの技か。すごいわね」

ティナも傍らでその癒しの力を目撃して、感心している様子だ。


「ホントにな。近頃は、全くそういうのができねえくせに、着飾ってふんぞり返ってる神父達もゴロゴロいやがるがな。正真正銘の修道女様って訳だ」

「ええ。なかなか見ないようになってきましたね。若いのにたいしたものです」


ホークスとノエルも、少女の癒しの腕前に感心している。



少女は、それが済むと、ライルの方に近づいてくる。


「ありがとうございました。あなたも、少し怪我をされていますね。あの、お礼という訳でも無いのですけど、私にはこれくらいしかできませんから……」


その少女が、ライルの腕の傷口に手をかざそうとする。するとライルは、少女のかざした手から腕を離した。


「俺には必要ない。俺は神様なんて、大嫌いなんだ! どれだけ祈っても、大事な人を少しも助けてくれやしない。俺には、この剣だけで充分だ」



 そう言うと、傲然とライルはその少女から離れて歩み去る。ライルのその異常な苛立ちが、その少女と周りの人間を戸惑わせた。やはり、いつのも彼とは様子が違う。



 そんな様子のライルを見詰めるティナの胸には、ライルの生い立ちの事が浮かんでいた。『大事な人』とは、ライルの家族の事だったのだろう。そして、あの事件から、ライルは神に背を向け、己の力しか頼らず、必死で生き抜いてきたのだろう。


 ライルのそんな気持ちが、ティナにも理解できた。ティナ自身も、神を憎んだ瞬間があったのだ。両親の死を目の当たりにした直後が、まさにそうだった。しかし、彼女は息絶える間際の母の言葉に救われていた。


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『ティナ……神様を憎まないで。いつか、人は必ず死ぬわ。別れは必ずやってくるもの。私は今、あなたと一緒に過ごせた時間を与えてくれた主に、とても感謝してるのよ。あなたを一人にするのは心配だけど……でも、神様があなたを守ってくれているわ。私達も、あなたを守る。あなたの胸の中に、私達は生きてる。あなたが目を閉じれば、いつでも私達に会える。あなたは、決して一人じゃないのよ……必ず、あなたの側に主がいてくださる……私達もいるから……ティナ……笑顔を忘れないで……』


そして、ティナの髪をそっと愛しそうに撫でて、元修道女であった母は息を引き取った。


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 あの母の言葉に、今までティナはどれだけ支えられ、救われてきただろう? 一人で寂しくなった時、やるせない気持ちになった時、彼女は母の形見でもある紅玉のピアスにそっと触れて、その母の言葉を繰り返し思い出して心慰められてきた。しかしライルには、そうしたものは全く与えられなかったのだ。哀れな小さなライルを抱きしめてくれる人など誰もいなかったのだろう。ティナは、切ない想いがした。




 差し出した手を、胸の前に握ってライルの後ろ姿を悲しげに見詰めている少女の肩に、ティナがそっと手を置いた。


「気にしないで。彼、ちょっと訳ありだから。別に、あなたを嫌ってる訳じゃないの。神様が嫌いなだけだから。ねえ、名前は何て言うんだったっけ?」


その少女が、ギリアムを癒した時に口にした名前をティナは思い出そうとしている。


修道服に身を包んだその少女は、ティナをおずおずと見上げる。


「アリアと申します。世の困っている人々を助けるようにと、院長様に言われて旅を始めています。なかなか慣れない事ばかりで……」


「いい名前ね。かわいい。私はティナ。精霊使いよ。こっちの怪しげな男は盗賊のホークス。で、髭おじさんが騎士のギリアム。すました顔してるのが魔術師のノエル」


ティナがそのように皆を紹介する。なかなか的確な表現ではある。



「おいおい、『怪しげな男』ってのはねえだろ、ティナ」

ホークスが不満気な声をあげて抗議する。


「いいや、充分怪しいわい」

「そうですねえ。いい意味にせよ、悪い意味にせよ、普通の人とは言えませんねえ」


ギリアムとノエルがティナの意見にうなずく。

「お前らなあ……」



 そんな様子の四人に、アリアがクスリと笑う。アリアが笑うと、その童顔がますます幼くかわいらしく見えてしまう。


「あの、ティナさん。あの方は?」

アリアは、一人離れて黙然と佇んでいるライルをそっと眺める。


「ライルよ。元傭兵。剣の腕前は凄いんだけどね。今はちょっとご機嫌斜めみたい。さっきは憎まれ口叩いてたけど、いつもの事だから。気にしないで。あなた、一人で旅してるの?」

「はい、そうです」


「よかったら、私達と一緒に来ない? 女の子の一人旅なんて、とっても危険だから」


ホークスも腕組みをして、うんうんとティナの言葉にうなずく。


「そうそう。さっきみたいな事が、あれだけで終わるって訳じゃねえ。世の中ってのは、厳しいもんだぜ、アリアの嬢ちゃん」

「厳しい世の中にしてる張本人の一人が、何言ってるんだか」

「こら、ティナ。俺は真っ当な盗賊なんだ。初対面の嬢ちゃんに、変な事吹き込むな」


ティナとホークスのやりとりに、またもアリアがクスッと笑ってしまう。



「まあ、ワシらと一緒に居たほうがよかろうな。それに、癒しの力も心強いわい」

「そうですね。かなりバランスが良くなりますね」

ギリアムもノエルも、ティナと同じ意見のようだ。


「どう、アリア?」


「あの、ありがとうございます。これも主の導きのように感じます。よろしければ、お邪魔させて頂きます。修道女のアリアです。よろしくお願いいたします。皆さん」


「決まりね。……ちょっと、ライル! そんなとこで突っ立ってないで、こっち来たらどうなの? 新しい仲間ができたんだから」


その様子を眺めていたライルが、近づいてきて黙然とアリアの前に立った。


「あの、アリアと申します。先程は助けて頂きありがとうございます。どうか、よろしくお願い致します」

アリアは、静かにライルに頭を下げる。


「ライルだ」

腕組みをしたまま、ぶっきらぼうにそう言うと、ライルは背を向ける。


「もうっ、大人気ないんだから。もうちょっと優しくしてあげなさい。アリアが困ってるじゃないの」

「いえ、私は……」

「来たいんなら、勝手にすればいい」


アリアとティナに背を向けて、ライルはそう答える。


「あの……」

声をかけようとするアリアを無視して、ライルは一人で歩み去っていく。


「心配しないで、アリア。ちょっとすねてるだけだから。あんな事言ってても、危ない時は彼は必ずあなたを守ってくれる。そういう人だから」


ティナは、離れていくライルの背中を見詰めて彼女にそう告げる。

アリアは少し不安気に、その男の背中を見詰めている。


そしてライルは、相変わらず振り向きもせずに一行の前を一人歩いている。




こうして、修道女アリアが仲間に加わった。

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