最後の封印 Final Seals

 まだプリプリと怒っているティナに肩をすくめながら、一行は更に奥へと進んでゆく。



 途中の通路や部屋に、幾つかのワナが仕掛けられていたが、ホークスは全て看破して解除してゆく。常人では何の変哲も無いように見える所に、どうしてか危険な罠の存在を察知してゆくホークス。やはり盗賊としての技量は、ホークスは一流と言っていいだろう。他の者は、胸の内でこの男の実力に感心している。


 奥まった一室に到着した一行。一見何も無いかのように見えるその部屋を、ホークスが丹念に調べてゆく。


「……あったぜ。ここだ」


床の一角にホークスが皆を呼んだ。ライル達が見る所、ただの床にしか見えない。


「くそっ、堅いな……こいつは骨が折れるぜ」


その床のタイルの隙間に短剣を突き立てるホークスだが、その刃が折れてしまった。


「畜生、ここまできたってのに……。もう目の前にお宝ちゃん達が待ってるのによ、くそったれっ!!」

悪態をつくホークス。


ライルが問いかける。

「ホークス、ダメなのか?」



「封印してある床板の石が、かなり頑丈だ。とにかく単純に、大きく厚くて重い。ここに間違いねえんだが、今の俺の装備じゃ無理だ。つるはしでも持って来て、気長に少しずつ削らねえといけねえくらい、頑丈にできてやがる」



ティナが眉をひそめている。


「もう一回、戻るしかないのね」

「仕方ねえか。でも、その間に他の奴等が来たら、持ってかれるかもしれねえ」



 悔しがるホークス。そんな事にでもなったら、彼のここまでの苦労が全て水の泡だ。腕利きの盗賊である彼がくまなく調べても、床板が開く為の仕掛け等は一切無さそうだ。最後の封印は複雑な鍵や罠ではなく、単純な物理力によるものだった。しかし、それだけに手強い。



「そうですか。私が修得している魔法では、破壊するのは無理ですねえ。『瞬間移動』の呪文では、過去に訪れた事の無い場所には行けませんし、仮に私一人が下の隠し部屋に入れたところで、この重い床板を動かせません。『分解』の呪文なら破壊できるのですが、その呪文はかなり高レベルの上級魔法で、残念ながら私にもまだ扱えません」


 生真面目な顔をして魔術師ノエルが考え込んでいる。彼なりになんとかならないものかと思考を凝らしている様子だ。


 と、横に並ぶライルの背中の剣が視界に入った盗賊が、何か閃いたらしい。


「ライルの旦那。あの御前試合での技! あれならここの床板でも斬れねえかな?」


期待に満ちたホークスの視線。しかしライルは首を振る。



「斬れる事は斬れると思うが、床石に切れ込みが入って、そこまでだろうな。斬れるんだが、ギリアムの剛爆円舞みてえな斬るだけじゃなく粉砕もできるような破壊力は無え技なんだ」


「じゃあよ、ギリアムのその技なら……」


 諦めきれない盗賊は、今度はどうしたものかと髭を撫でている騎士に問いかける。



「いや、ワシの剛爆円舞は真下には投げつけられぬ。横か上方のみだ。いくらこの剛爆斧とて、つるはし替わりに足元にただ叩きつけた所で、この床板をぶち抜く事はできまいて」



 なかなか、己の技の本質を十分に理解している手練れの戦士達である。盗賊は、がっくりと肩を落として大きな溜息をついた。この場でなんとかするのは、諦めるしか無さそうだ。




しかし、ギリアムの言葉を耳にしたライルが、ふと何か思いついたようだ。


「いや、俺に考えがある。ギリアム、力を貸してくれ」

「よかろう。どうするのだ」

「ま、一か八か、やるだけやってみようぜ」



ライルは、皆にその考えを説明した。



「本気で言ってるの、ライル?」


まじまじとティナがライルの顔をうかがう。それは文字通り、命懸けの方法であった。


「ああ、本気だぜ」


事も無げにライルは告げる。ホークスも眉をしかめている。


「ライルの旦那、何もそこまで……」

「せっかく来たんだ。手ぶらで帰るのは嫌だろう?」

「そりゃ、そうだけどよ。そこまで危険な事……。ノエルもそう思うだろ?」

「私には、よくわかりません。お二人の技を見た事が無いですから」


「無茶よ、ライル。そんな事」

「いや、必ずできる。なあ、ギリアム」

「うむ。ワシらに任せておけ」




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 結局、ライルの考えを実行することになった。ギリアム、ライルがそれぞれの位置につく。ライルは目標の床板の前に立つ。ギリアムはそのライルの正面、5~6m離れた所に立つ。そして二人はそれぞれ、愛用の武器を取りだして構える。


 ライルは新品のバスタードソードを、束を上にして斜に構え、呼吸を静かに整えて集中し始めた。ギリアムは剛爆斧を後ろに下げて、ぐっと腰を落とす。やがてライルの長剣が淡く光りを帯びてくる。ギリアムの気合いもビリビリ充満してきた。




「いいか、小僧!」

「いつでもかかってきな、おっさん!」


「……ぬおおおおっ、剛爆円舞!!」



 ギリアムは一気に気合いを解き放ち、大きく踏み込むとライル目がけてその剛爆斧を豪快に投げ飛ばした。巨大な剛爆斧が、回転しながら唸りをあげてライルに向かってくる。ライルが、その構えを解いた。



「行けっ! ソウル・ブレード!!」




 踏み込んだライルが、飛び込んでくる剛爆斧に、淡く光る長剣を袈裟懸けに叩きつけた。刃ではなく、剣の平のほうである。剛爆斧はライルの打ち込みでさらに加速され、その軌道を変えてライルの足元にある目標の床板目がけて叩きこまれた。辺りにもの凄い爆音が轟いて、粉塵が舞い上がる。


「やったぜ。うまくいった」


 気力を使い果たしたライルが、フラフラと立ち上がる。その足元に、粉々になった床板が転がり、剛爆斧が瓦礫の山に突き刺さっている。


「凄い、凄すぎます! なんという技でしょう!? これは本当に、人の技なのですかっ!? 上級魔法に匹敵する破壊力がありますよ!!」

ノエルが、唖然としている。


「うむ、よくぞやった、ライル」

「ああ、ギリアムがうまく手加減してくれて、なんとか生きてるぜ。もうちょっと力が入ってたら、剛爆斧を叩き落とせずに、おだぶつだった」

「全力で投げていても、おぬしなら大丈夫だったとワシは思うがな」

そう言って、二人はニヤリと笑いあう。




「はあっ……冷や汗かいたわ。無茶して、こらっ!」


ティナが倒れそうになるライルを支えてやって、その顎を軽くこついた。


「いつものことだろ、ティナ」

「ええ、ホントに。全くもう」

「やっぱ凄えな、鳥肌が立ったぜ。……っと、お宝、お宝っと」


待ちきれないホークスが、床下の穴に飛び込んでゆく。直ぐさま、ホークスの歓声が下から聞こえてきた。




『あったぜ!! ティナ、お前の負けだ。やっぱりついてるぜっ! かなりあるっ! 見に来いよっ! 綺麗な宝石もある。このネックレスなんか、お前さんにきっと良く似合うぜ。いい女にゃ、ぴったりだ』




「ホントっ!?」



 その言葉に、思わずライルからバッと身を離して、ティナも穴に飛び込んでゆく。支えを急に失ったライルが、壁に酷く頭を打ち付けて、ズルズルと腰をつく。


「お前も、相変わらずだぞ、ティナ。宝石と聞くと、すぐこれだ。全くよう……」


ひどく打ち付けてしまった頭に手を当てながら、悲しく呆れているライルであった。



ギリアムが、大切な剛爆斧を瓦礫から取り戻す。


「女の性かもしれんのう。決しておぬしを粗末にしようと思っておる訳ではないのであろうがな。ちと、ワシも見てくるかな」


 ギリアムも下へ降りてゆく。ノエルも後に続く。なんとか壁に体を預けたライルの耳に、にぎやかに盛り上がる一同の声が下から聞こえてくる。



「(俺は置いてきぼりかよ。頼むぜ、おい……)」



しばらく立ち上がれず、壁に背を預けて一人悲しく仲間達が戻ってくるのを待つライルだった。




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 帰り道、たんこぶのできたライルの頭に手当してやったり、床板を見事にうち破ったライルの姿を誉めてやったりして、すねたライルに何かと気を遣ったティナであった。




「もうっ、そんなに怒らないでよ。謝ってるのに」

「どうせ、俺より宝石のほうが大事なんだろ?」


ライルは、まだいじけている様子だ。


「しょうがないじゃない、あれは。悪かったって思ってるし」

「ああ、頭が痛えなあ。誰かさんが支えてくれなかったからなあ」

そうやって、ライルはまだボヤいている。



ティナの表情が強張った。



「どこが痛いの?」

「ここ」


ライルは迷わず、頭のこぶをティナに向けて指さす。


「そう、ここね」


ティナは、ライルのそのたんこぶに拳を当ててグリグリと押した。


「いてっ」

「ここなのね、ライル。ここが痛いのね?」


ライルの頭を片手に押さえつけ、更に力を込めてティナはグリグリする。


「いててててっ、悪かった、ティナ、や、止めろってば」


ようやく彼女は、ライルを解放してやった。いじける男をジロッと睨む。


「男がいつまでもウジウジしてんじゃないの。わかった?」

「へいへい」



 ライルは、口を尖らせている。ティナは少し小さく溜息をつくと、そんなライルの頭を引き寄せ、そのたんこぶの辺りの髪に背伸びしてそっと軽くキスをしてやった。



「どう? まだ痛む?」

「……ちょっと」


ティナは今度は、ライルの頬にキスをする。


「まだ痛い?」

「今度は、ここが特に痛い」


ライルは自分の唇を指さす。


「調子に乗るな」


ティナはライルを肘で軽くこつく。少し、微笑んでいる。ライルも微笑む。


「ティナ、いいな、それ」


ライルが、ティナが身につけているネックレスを見やる。ティナの好きな紅玉がちりばめられたプラチナのネックレスである。



「どう? いいでしょ? 似合う?」

「ああ、良く似合ってるぞ」

「ありがと。ふふっ」


ティナは、にこにことご機嫌である。



 これを機会に、5人は再び共に旅する事を約束し合った。やがて、ライルの宿命の闘いが幕を開ける時、この仲間達がライルを支えてくれることになる。



~~~~第三話【魔術師ノエル】終幕~~~~


これで5人になりました。

あと一人で、メインの人物がそろいま~す!

それからはもう、にぎやか、にぎやか。

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