盗賊ホークス Hawks the Thief

「ようよう、ご両人! あの試合、久しぶりにシビれたぜ。俺はあんた達の腕に惚れた。ここは俺にオゴらせてくれねえか?」


「なんだ、お前?」

「俺はホークス。あんた達のファンってとこだ。な、な、オゴらせてくれよ」


 ホークスと名乗るその男は、ニヤニヤとライル達に近づいてくる。ライルよりも少し背は低い。ティナよりは高いといったところか。痩せた体つきながらも、身のこなしにしなやかさが伺え、隙だらけなのに、一歩踏み込むのがためらわれるような男だ。


 灰色の髪を後ろで束ねて、そして暗灰色の目。笑いに隠しているようだが、その眼光は心に差し込んでくるような鋭さがある。近づいてくる時、全く足音がしなかった。町中の普通の人々と同じような軽装をしているが、腰には2本の短剣が見える。かなり使い込まれているようだ。


 ライルは尋常の男ではないと直感した。そんな男が、愛嬌を振りまきながら、ライル達に迫ってくる。


「ま、いいか。オゴってくれるっていうんならよ。タダ酒を断る理由は、俺にはねえ」


ギリアムも、大きくうなずく。


「うむ。飲める時に大いに飲む。食える時に喰らう。眠れる時に眠っておく。これが男の道というものだな」

「ちょっと、二人とも……」


 ティナは眉をひそめる。ティナから見ても、このホークスと名乗る男は、どこか油断できない所が感じられるのだ。ホークスが再び口を開く。



「さすが英雄さん達だ。話がわかるぜ。……これはきれいなお嬢様。突然お邪魔して申し訳ない。それにしても、あんたみたいなとびきりの美女に出会ったのは初めてだ。素敵なピアスがすごく良く似合ってるぜ。あんたにぴったりって感じだ。こんな麗しい素敵な美女と一緒に酒が飲めるなんて、この二人が羨ましいぜ」


 ホークスはどうやら、ティナの同意を得る事が必要だと感じ取ったらしい。しかしそれ以上に、彼自身がティナを心から本気で口説いているような節もある。この男の場合、その境目がよくわからない。多分、自分自身でもよくわかっていないのかもしれない。


「お上手だこと。いつも、誰にでもそんな事言ってるってとこかしら?」

まずは冷たくあしらうティナであった。


「いいや、いい女だと心の底から思った相手にしか、こういう事は言わないぜ」

ホークスは、真顔でぬけぬけとそんな答えを返してくる。

「そうかしら?」


 一通りのお世辞だとは百も承知しているものの、ティナはそう言われて悪い気はしない。このピアスの事を誉められると、やっぱり嬉しいのだ。炎の精霊使いとして、使い魔のサラマンダーが封じてあるこのピアスは、実用も兼ねた装飾品として、そして母の形見の品として、ティナの一番のお気に入りなのだ。


 それに……ホークスが本気で自分の事をそう思っている気持ちも、なぜか伝わってくるのだ。本気と冗談、建前と本音の複雑に入り交じった曖昧な所を、飄々と歩いているような、不思議な感じのする男である。



「不躾で申し訳ない。あの試合見て、どうしても話がしたくなっちまった。二人とも、凄い腕前だ。惚れ惚れしたぜ。俺にはとても真似できねえ」


「おぬしも、ワシにはとても真似できない事ができそうだがな」

相変わらずの渋面を崩すことなく、ギリアムがそう指摘する。


「そうそう、俺もそう思う。……何が目的だ?」

ライルも、その目の端をキラリと煌めかせて、ホークスを観察している。



そんな二人の様子に、ホークスは苦笑しながらも、ますます楽しげにこの二人を眺めている。


「いやあ、やっぱり適わねえな。んでも、まずはとにかく一緒に飲ましてくれよ。さっきの言葉は、本気の事なんだ。あんな凄い戦士二人と、酒を飲みながら話ができたらきっと楽しい酒になるだろうなって。いきなりこんな男が迫ってきて、疑うのも無理はねえ。否定はしねえが……ま、とにかくオゴらせてくれよなっ! な? お~い、マスター! 酒をじゃんじゃん持ってきてくれ。この店自慢のとびきり美味しい料理もうんと頼む」


「ま、いいか」

「うむ、そのうちわかるだろうて」

「もうっ」




 こうして、ホークスと名乗る男を加えた四人の賑やかな酒盛りが始まった。ギリアムは、底なしで酒に強い。飲み比べではライルの完敗であった。ホークスは場の盛り上げ役に徹している。何かと三人に(特にティナに)気を配ってくれている。馬鹿馬鹿しい話をさせたら、この男に匹敵する者はそうそういないであろう。皆、ホークスの話に腹の底から笑わせられてしまった。ホークスもかなり飲んでいるはずなのだが、一向に酔い潰れる気配がない。大いに騒ぎ、飲み、歌い、宴は終わりを迎えようとしていた。



「さて……久しぶりに楽しい宴であった。ホークスとやら、本題を話すがいい」

「そうね。もう、いいでしょ?」

「ああ、聞きたいね」


一斉に見詰める三人に、ホークスはニヤリと笑う。


「へへっ、楽しんでくれたみたいで、うれしいぜ。俺も楽しかったけどな。実はな、あんた達の腕前を見込んで、頼みがあるんだ。悪い話じゃねえ。俺一人じゃ、やってのける自信がない。協力してくれる仲間を捜してた所なんだ。あの試合を見て、あんた達しかないと思った。どうかな? 話だけでも聞いてくれないかい?」


「いいだろう。でも、話の前に、お前の正体をちゃんと話せよ」

迫るライルに、ホークスは軽くうなずいた。



「俺はホークス……って、名前はもういいか。実は盗賊だ。おいおい、そんな胡散臭そうな顔をしないでくれよ。こう見えても、真っ当な盗賊なんだぜ。専門は古代遺跡のお宝狙いだ。麻薬の売り買いとか、人売りとか、堅気で働いてる人様を不幸にして稼ぐような仕事には一切触れてねえ。師匠の教えだし、俺自身だってそんな奴等、ヘドが出るほど嫌いだぜ。俺の師匠は、そんな奴等をくい止めようとして、身体を張って相打ちになった。俺はそんな奴等、絶対に許せねえ。……って、あ、すまねえ。つい、熱くなっちまった。こんな話、どうだっていいよな。どれだけ飾っても、盗賊は盗賊だ。汚い仕事に変わりはねえ」



気恥ずかし気に、ホークスは頭を掻く。



「フフッ。私は面白かった。なかなかその筋の道も色々なのね」


 そんなホークスを、ティナはにっこりと見詰めている。油断できない男だと直感していたが、盗賊だという事を聞いて納得した。しかし盗賊だとしても、ホークスの腕前はかなりのものだという気がする。


「なるほどな。初めて聞く話だ。盗賊なぞ、どれも一緒だと思って見下していたが。おぬしは己の道に誇りを持って筋を通しておるようだ。……少し、考えを変えねばならんかな」


ギリアムは、その渋面をいくらか和らげている。


「で、俺達の力を借りたいっていうことは、やっぱり古代遺跡の宝を狙ってるのか?」


ライルが話を切りだした。ホークスが大きくうなずく。



「そんなとこだ。半年前に目をつけて、あれこれ手を尽くして探りを入れてみたんだが……どうしても、俺一人じゃ無理だ。腕の立つ戦士が要る。ある部屋をどうしても通り抜けなくちゃならねえんだが、そこに俺の手には負えない魔物が住み着いてる。マンティコアだ。一度、奴が寝ている隙に通り抜けようとしたんだが、どうにも勘の鋭い奴で、たちまち目を覚まして襲いかかってきた。命からがら、逃げ出してきたんだ。頼む。あんた達の腕前なら、間違いなく奴を倒せる。お宝は均等に分ける。な、頼むよ?」



両手を合わせて、ホークスが頼み込んでくる。



「そうね……悪くはない話だと思うわ、ライル。嘘を言ってるようにも思えない」


「あんた達みてえな凄腕の戦士に嘘を言えるような度胸なんて、俺は持ち合わせてねえよ。どうしても助けが要るんだ。ここでもし諦めたら、俺の半年の苦労が無駄になっちまう。頼むよ」



「そうだな……よし、俺はいいぜ。おっさんはどうするんだ?」


「稼げる時に稼いでおくのが、旅をする者の心得だ。よかろう。あの試合の決着がはっきりせずに、くすぶっていたところでもある。ちょうどいいわい」


「決まりね。私達はOKよ。でも、ライルとギリアムは武器が出来上がるまで待たないといけないし、今すぐは無理ね」


「了解だ。それで構わねえ。半年も待ったんだ。少しくらいどうってことねえ。あのお宝ちゃんは逃げたりしねえからな。……って、あの、ティナも来るってのか?」



美人ではあるが普通の女性にしか見えないティナをまじまじと見詰めて、ホークスは少し戸惑っている様子だ。



「もちろん。よろしくね。気に入った宝石だけ、優先でもらっていいかしら? そのかわり、取り分は減っても構わないから」


「で、でもよ……危ない事には変わりねえぜ。いいのか?」



 ホークスは、困った顔をしてティナを見詰めている。足手まといになるのでは、という事ではなく、本当にティナの身を心配しているようだ。そんなホークスの様子を見て、ライルはこの男が信頼できる事を感じた。ニヤリと笑って、口添えしてやる。



「ホークス、ティナは炎の精霊使いだ。そんじょそこらの男達じゃ、相手にならねえぞ。腕は俺が保証する。ティナには何度も助けられた事がある」


「まあ、そんなところね。私も何度もライルに守ってもらってるけど」



 ティナは嬉しそうにライルにウィンクする。普段は、全くこうした事を言ってはくれないライルなのだ。胸の中で自分の事をそのように認めてくれている事を、言葉でこうして伝えられると、やはりティナは嬉しく感じる。



 そして、復讐の炎を密かに胸に燃やしているライルを、なんとか無事に戻って来られるようにしてあげたいと思う。その闘いを見届けるまで、彼の側に居たいとティナは思う。




「そうだったのか。綺麗で腕も立ついい女、か。俺、今日はツイてるぜ。済まなかった、ティナ。こっちこそ、よろしく頼むぜ」


ホークスは、ティナに手を差し出す。ティナはにっこりと握手を交わす。


「いいのよ。さっきの件、忘れずによろしくね」

「ああ。真っ先に一番欲しい宝石を選んでくれや」




こうして、ギリアム、ホークスと、一ヶ月後に再びこの酒場で落ち合う事を約束し、二人は立ち去ってゆく。酒場には、ライルとティナが残された。

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