遊歴騎士ギリアム Errant Knight Gilliam

 ミッドランドの大通りに面した小さな酒場の一角に、ライルとティナ、それにギリアムの姿がある。御前試合の後、ライルとギリアムはどちらからともなく再会し、ニヤリと笑いあって酒宴を共にする事になったのだった。試合後のライルに駆けつけてきたティナも加わって、3人は連れだってこの酒場に席を占めた。


 周りの人間は、あの御前試合を闘った二人を見やって、その話で盛り上がっている様子だ。先程から、こちらにひっきりなしに視線が注がれているのをティナは感じる(そのうちの幾つかの男の視線は、あでやかなティナ自身に向けられているものだったが)。



 乾杯するライル達。一通りお互いに自己紹介した後、まずはティナが口を開いた。彼に真っ先に聞きたい事があったのだ。


「ライル、あの技って、一体何? 前に一度だけ見た記憶があるけど、それでもまだわからないの。やっぱり凄かった」



 お目が高いとでも言わんばかりに、ライルはティナにウィンクして、いたずらっぽく笑う。それは、我流の剣技が大半を占めるこの男が唯一、他人から教わり基礎からみっちり鍛錬修得に努め、免許皆伝を得た技なのだ。苦労して体得し自在に扱えるようになった技を認められるのは、剣士としてうれしいものだ。正式な技名は明かす事が許されておらず、代わりに彼は自分でこの技に名をつけた。



「確かに、お前と最初に闘った時に一度だけ使ったな。俺のとっておきの必殺技だ。名付けて『ソウル・ブレード』。この技が敗れたのは初めてだ。すげえおっさんだぜ」


ライルのそんな賞賛に対して、ギリアムのその渋面が更に深くなる。


「何を言うか。ワシの剛爆円舞とて、最後の切り札だ。まさかワシの剛爆斧が真っ二つになろうとはな。岩石とて粉々に砕く自信はあったのだが。おぬし、信じられない事をやりおるわ。ぬしのあの技、とても常人には真似できぬ。一体、どのようにすれば、あのような事ができるというのだ?」


眉根をぎゅっとしかめながら、歴戦の豪勇の騎士はライルに問いかける。各地で数々の修羅場や試合を、おそらくこの若造の倍以上の長さで経験している彼でさえ、あのような技を使う人間に誰一人として出会う事が無かった。


「ええ、ライル、私も聞きたい。私、ライルが気をあの剣に送り込んでいたのはわかったんだけど……」


ティナのその言葉に、ライルは少しがっかりしたような様子だ。



「なんだよ、ティナ。秘密バラしやがって。ああ、ティナの言う通りだ。体中の気を凝縮させて俺の剣に送り込み、気をまとわせたその剣で相手を一気に叩き斬るんだ。鉄や岩をもバターのように切り裂く剣技だ。でも、あれをやると疲れ切ってクタクタになる。外したら終わりの、最後の最後の大技さ。王様があそこで止めてくれて命拾いしたぜ。あのまま闘う余力は無かった。今だから言えるけどな、あの時本当は、立ってるだけでもかなりきつかったんだ。だから、本当は俺の負けだったのさ」


そう白状すると、ライルは肩をすくめてジョッキに残る酒を一気に流し込む。疲労した体と精神に染み渡るエールが美味い。



「そうは言うけど……。剣に気を送り込むなんて、精霊使いの私でもできない。多分、どれだけ腕の立つ精霊使いでも、鋼鉄に気を宿らせるなんて事できないと思う。どこでそんな事おぼえたの? そんなの今まで聞いたこともない」


迫るティナに、またもやライルがニヤリと笑う。


「内緒だ。すまねえな、ティナ。ちょいと訳ありでな」

「ちょっと、余計に気になるじゃない。少しくらい教えてよ」

「ダメなんだ。こればっかりは、どうしてもな。誰にも教えられねえんだ」

「もうっ、ケチ!」


ティナは口を尖らせて不満そうだ。



(本当の所は、長くなるので簡略にしよう。ライルが東方の地に傭兵をしていた頃、東洋の剣士に出会い、その命を救った。そしてその男から、感謝と友情の絆としてその技の一部を伝授してもらったのだ。本来は門外不出の技なので、ライルもその男との約束を守って、その事をあまりおおっぴらに言う事ができないのだ)



ギリアムが重々しく口を開いた。何やら納得のいかない顔つきをしている。



「おぬしは先程、自分の負けだと言ったが……。あの拳を構え合った時、おぬしの格闘の技量がわかった。とても適わぬと直感した。それに、おぬしの右拳に何やらあの剣と同じような、異様な雰囲気を感じた。あの拳を一撃受けたら、とても立ち上がる事などできそうにないと確信した。分が悪かったのはワシの方だ。命拾いしたのもな。だから、本当はワシの負けだ」


頑固な髭オヤジの言葉に、ライルが顔をしかめる。


「何言ってやがる。あれは最後っぺみたいなもんだ。もしあんたが喰らっていたとしても、そのあとフラフラの俺をやすやすと叩きのめしていたろうさ。だから、俺の負けなんだ」


そう主張するライルに対して、ギリアムは大きく首を振る。


「いいや、ワシの負けだ」

「俺の負けだっての」

「ワシだっ!」


ギリアムは、バッと立ち上がってライルを睨みつける。瞳に怒りの炎がちらつく。


「俺だっ!」


ライルも席を立って、ギリアムと睨み合う。かなり険しい表情をしている。


「ぬうう……」

「むう……」



 二人の間に、御前試合の時のように再び火花が散っている。互いの怒気が、傍らにいるティナにビリビリと痛いほどに伝わってきた。周りの人間もシンとなって、固唾を飲んでその成り行きを見守っている。


「ま、まあまあ、二人とも! あ、ギリアムのおじ様、ささっ、もっと飲みましょう。ライルも、お酒が止まってるじゃない。はいっ、どんどん飲みましょう!」


睨み合う二人をなだめながら、固い笑顔をつくってティナが二人に酒を注いでやる。


「さ、昨日の敵は今日の友。乾杯~!」


無理して明るくはしゃぐティナに、二人とも再びゆっくりと腰を下ろした。


「ま、よしとするか。それにしても頑固なオヤジだぜ」

「おぬしに言われたくはないぞ」


ライルとギリアムの目が合う。


「フ……ははははははっ」

「わはははははっ」


 屈託のない、ライルの心地よい笑いが響きわたる。ギリアムも、その立派な髭を震わせて、腹の底から豪快な笑い声を立てる。


「よし、小僧。今度は飲み比べだぞ」

「よしきた。受けて立ってやる」


 そんな二人を見て、ティナはほっと小さな溜息をついた。そのピアスが揺れて煌めく。


「(はあっ……よかった。この二人が暴れ出したら、こんな小さな酒場なんて簡単に消し飛ぶわよっ。全くもう。でも、男同士のこういうのって、なんかいいなあ)」


 

そんな三人に、一人の男が近づいてきた。

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