第二話【御前試合】The Imperial Match
ミッドランド御前試合 The Imperial Match of Midland
ライルとティナは、ミッドランド城下町で、御前試合が行われる事を聞きつけた。伝統ある大会で、各地から腕利きの強者達が集うことで有名である。その賞金もかなりの金額だ。剣士であれば、誰もが一度は参加を夢見る大会である。
ライルが、この大会に参加してみたいと言い出した。ちょうど各地での戦局も小康状態であり、傭兵の口も少なくなってきていた時期で、その賞金額も二人には魅力的であった。
登録を済ませ、予備的な審査と試合を勝ち抜いて、見事にライルは大会に正式出場を果たした。そして本大会が始まる。ライルは並み居る強豪達を次々にうち破り、初参加ながら決勝戦にまで辿り着いた。無名のダークホースとして、皆の注目を集めたライルであった。
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決勝戦に臨む戦士達の入場を告げるラッパが高らかにコロセウムに響き渡ると、満員の客席から期待に満ちた大歓声が沸き起こった。
東の入場口からは、牛角飾りの鉄兜と重厚な鋼鉄の甲冑に全身を包み、信じられない程の巨大な戦斧、愛用の『剛爆斧』を背負った地元ミッドランド出身の遊歴騎士、ギリアム。立派な髭が一陣の風になびく。やや背は低いものの、肉厚のがっしりした体躯が、甲冑からはちきれんばかりである。甲冑の隙間から覗いている腕も、恐ろしい程に太い。若き頃より各地へ武者修行を続け鍛え上げられたその頑強な肉体は、とても齢五十に近づこうかという男のそれとは思えない。
過去9回、この御前試合で優勝しており、地元出身という事もあって、その実力と人気も大本命とされる。その豪快な腕力による圧倒的な攻撃力もさることながら、器用な防御技術にも優れ、ほとんど無傷でここまで相手を圧倒してきている。相変わらずの厳つい渋面をつくり、太い眉をぎゅっと引き締めて、栄えある10回目の優勝を目指し御前試合決勝戦に臨む。
西の入場口からは、放浪の剣士、ライル。重装備の騎士ギリアムとは対照的に、肩当てと鎖帷子のみの軽装備である。束が黒い色をした愛用のバスタードソードを背中に引っさげて、しなやかな歩みで進んでくる。状況に応じ瞬時に柔と剛、静と動が切り替わる柔軟性のある彼独特の剣技は、獣の如き素早さと躍動感に溢れ、勝ち進むごとに観客を魅了していた。漆黒の長髪を後ろで無造作に束ね、漆黒の瞳。なぜか、嬉しげな微笑みを浮かべている。この大舞台の雰囲気、その全てを満喫して味わっているのだろう。余計な堅さなど全く感じられない。
しかし、その足取りは慎重で、まるで今から死闘を演じるこの試合場の土の、わずかな地形の変化をぬかりなく確認しているかのようだ。その目に涼やかな闘志を燃やして、この死闘に臨む。
客席で見ていたティナは、そのライルの様子を見てやや安堵したが、ギリアムの信じられない程の豪快な勝ちっぷりをも目の当たりにしていたので、不安は消えなかった。
先程会ったばかりのライルの姿が浮かんでくる。ティナは不安な気持ちを抑えきれず、無理を承知で、色仕掛けまで使って、決勝戦前のライルと面会を果たしたのだった。
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~~選手控え室~~
誰も入ってこられないはずの控え室に、ティナが訪れた。ライルは眉をひそめた。
「ティナ、どうしたんだよ? こんなとこまで」
ティナは、おずおずとライルを見上げる。
「あのね、ライル。どうせあなたの答えはわかりきってるけど、言わせて。もういいじゃない。賞金だってこれで十分稼げた。次の試合、や、止めない?」
そう言うと、ティナはうつむいてしまう。ライルの視線を受け止める事ができなかったのだ。この傭兵剣士は静かに彼女に告げる。
「わかりきってる答えだと思うが、『No』だ。お前が心配してくれる気持ちは、ありがたく思おう。そりゃ、俺だってもう充分稼いだと思ってる。ここで棄権して、臆病者扱いされても、別に俺はなんとも思わねえ。傭兵やってて、馬鹿な名誉なんぞにこだわって、引き際を知らないでのたれ死ぬよりは、卑怯者呼ばわりされたって、生き延びた奴の勝ちだってことは、よくわかってるからな」
「じゃ、じゃあ……」
ティナはライルをまじまじと見上げた。しかし、男の視線は身を案じる女性の頭上を越えてゆき、遙か遠くを見詰めている。
「でも、さっきから血が騒いで仕方ねえ。今、あそこに信じられないくらい強い男がいる。あの闘い振りみて、鳥肌が立った。あいつと、思いっきり力を出し尽くして闘ってみてえ。そう思った。だから、もう金や名誉なんかじゃねえんだ。ただ、俺自身の心が、あのギリアムのおっさんと闘ってみてえって狂ったように叫んでいて、どうしようもねえんだ。悪い、ティナ。大丈夫だ。もし負けても、必ず生きてお前の所にもどる。そういうのだけは、俺の特技だからな。……もう、時間だ」
そう告げると、ライルは薄暗い通路の奥へと歩み去っていった。ティナは溜息をついて、この男の闘いを最後まで見守る覚悟を決めた。
「(無事に戻って来て、ライル。私、待ってるから)」
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~~勝敗の行方~~
ミッドランド王が立ち上がり、右手を挙げる。
死闘に臨む二人の男達は向かい合い、それぞれ愛用の武器を構えた。それを見た群集が、シンと静まりかえる。
一瞬の静寂の後、王がその手をバッと振り下ろし、ミッドランド第38回御前試合決勝戦の幕が切って落とされた。ものすごい歓声の渦が沸き起こる。
両者渡り合うこと、数十合。腕前は全くの互角と言ってよい。その激しい攻防の末、ついにギリアムの剛爆斧が、ライルの首筋を捕らえたと皆が思った瞬間、上体だけを信じられない程後ろに仰け反って、ライルは紙一重でその必殺の刃先をかわしている。ライルの喉元に真横に一本血の筋が走った。
その状態から、身体を支える後ろの左足を軸にして回転をつけ、バスタードソードを片手ですくい上げるようにして、ライルはギリアムの頭部を狙い打つ。ものすごい柔軟性とバランス感覚である。
その迫る刃に、なんとギリアムは、向かってくるライルの刃の方に一歩踏み込んで腰を沈め、兜の端で刃を受け止めたかと思うと、ぐるりと刃の向かう方向に首を捻って、その刃の勢いを受け流してしまう。実戦で鍛え抜いた、非常に高度な防御技術である。慣れない者が不用意に真似などしたら、首が一発で吹き飛んでしまうだろう。ギリアムの兜の角飾りの一部が撥ね飛んだ。
お互い体勢を整えるため、バッと後方に飛びすさる。固唾を飲んで見守っていた群衆から、大きなどよめきと、もの凄い歓声が沸き上がる。
「やるな、おっさん!」
「小僧が……やりおるわ」
睨み合う両雄。
ライルはニヤリと笑うと、バスタードソードを束を上にして斜に構える。呼吸を整え、精神を研ぎ澄ましているようだ。何かをしようとしている。やがて、ライルの長剣が、淡く静かな輝きを放ってくる。
ティナの脳裏に、傭兵時代に対峙した時のライルの姿が浮かんできた。ティナのサラマンダー達をライルが一刀のもとに重傷を負わせた時も、その前に確かこのような構えをしていたライルだ。
「(あれは……あの時と同じ! ライルの体中の気が凝縮して、あの剣に注ぎ込まれてる。どうしてあんな事ができるの!? それにしても、信じられないくらい凄い気の高まりと集中……)」
ティナは、万物に宿る気を感じ取れる精霊使いとしての能力がある。ライルの異様な気の高ぶりは、かなり離れた所にいるティナにもビリリと感じ取れる程だ。
好敵手と認めた男の決意を察したギリアムも、それを真正面から迎え撃つ覚悟を決めた。深々と息を吸い込むと、目を針のように細めて腰を落とし、その愛用の剛爆斧を静かに後方へ下げてゆく。
みるみるうちに、両者の間にビリビリと気合いが充満してくるのが、見ている人間にも伝わってくる。観衆は手に汗握り、生唾を飲み込んだ。
ライルとギリアムは、その構えを崩さずに、ジリジリと間合いを詰めてゆく。両者の間合いが縮まるにつれて、緊張感が高まってくる。その静かな張りつめた空気に耐えきれなくなった婦人が一人、気を失って倒れた。
その瞬間、両者が同時にバッと間合いに飛び込んできた!
「おおおっ、喰らいやがれっ! ソウル・ブレード!! 」
「ぬうあっ! 剛爆円舞!! 」
ライルのバスタードソードの刀身が淡く青白く輝いている。肩に乗せるように振りかぶったその大刀を、突進しながらギリアムに向けて一気に袈裟懸けに叩き降ろそうとする。
ギリアムは突進して大きく踏み込んだ足を軸足に、後方に控える剛爆斧をライル目がけて全体重を乗せて投げ放つ。巨大な剛爆斧が唸りを上げて回転しながら、ものすごい速さでライルに襲いかかってくる。
ライルがそれにピクリと反応して、狙いをギリアムから、自分に向かって飛びかかってくる剛爆斧へと瞬時に切り替えた。
ライルの打ち込みと、その剛爆斧がぴったり同時に叩きつけ合う。淡く光るライルのバスタードソードは、信じられないことに、回転して飛び込んできた剛爆斧を真っ二つに切り裂いた。ライルの左右の後方に、斬り割られた剛爆斧が飛んでゆく。その片割れの一つが、選手の入退場口にある鉄柱に当たり、なんとその太い鉄柱を斬り倒してしまった。
そのままライルはさらに一気に踏み込んで、長剣の切っ先を水平にギリアム目がけて素早く突き出す。剛爆斧を投げ飛ばした直後で反応が遅れたギリアムの喉に、その切っ先が真っ直ぐ吸い込まれてゆく。
しかし、ライルのバスタードソードがギリアムの喉元に達しようかとする直前、淡く光っていたライルの剣に縦横に亀裂が走り、粉々に粉砕されてしまった。根本だけ残った長剣を突きだした状態のライルだったが、その剣が無事であれば確実にギリアムの首を串刺しにしていた体勢である。
二人はお互いにその結果に目を丸くして驚く。しかし、やがてライルもギリアムも、ニヤリと笑い合った。ライルが役に立たなくなった長剣を投げ捨てる。バッと間合いをとり、今度は拳を構える二人。
『そこまで! この決勝戦、引き分けとする! 両者見事であった!!』
ミッドランド王が、右手を挙げて高らかにそう宣言する。大歓声の渦が沸き起こった。これが後世、歴史に名高く記憶されたミッドランド御前試合第38回決勝戦の幕切れであった。
王は二人に、折れた武器を新たにミッドランド最高の武器職人達に至急作らせる事を約束し、十分な金銀を与えた。
士官として登用してもよいとの王の言葉であったが、二人とも丁寧に断った。ギリアムはやはり、更なる高みを目指して武者修行を続ける気でいる事を告げ、ライルは宮仕えは自分の性に合わず、今のような立場で自由に世を見ていきたいと告げる。ミッドランド王は残念がったが、やがて大きくうなずいた。
「そなた達の心のままにせよ。それぞれ己の道を究めるがいい。また、その資格がおぬし達にはある。おそらくはそのほうが、世のためとなる気がする」
二人は慇懃に王の前から退出した。
やがて、このミッドランド王の言葉が正しかった事が、後に証明される事となる。ライルとギリアムを含めた6人の一行が、各地に語り草となるような活躍を成し遂げてゆくのである。ゆくゆくはギリアムは、自分の故郷でもあるこのミッドランド城下へと帰り、騎士団長に就任する。まだまだ、先の話であるが。
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