ティナ Tina

 足早に歩くライルの後ろに、ティナがぴったりとくっついて歩いてくる。ライルは背後のティナに、苛立ちながら黙然と歩いている。ティナはライルの背中をじっと見詰めながら、一心にその姿を追いかけている。気まずい沈黙が、道行く二人の間に流れている。




 いつまでも付いてくるティナに、苛立ちを隠せないライルが口を開いた。その歩みを全く緩めることなく、ティナの方を振り返りもせず、言い放つ。



「いつまで、そうやってついてくるつもりだ?」


自分を拒絶しようとするライルの苛立ちを感じ、ティナは堅い冷たい声で答えた。


「さあ。……私の気が済むまで」



再び、より気まずい沈黙が訪れる。

やや間を置いて、再びライルが口を開いた。



「言っとくがな、俺はお前が危なくなっても、見捨てるからな」

「私はそれで構わない」


 にべもなく、ティナはそう言い放つ。彼女の気の強さは相変わらずだ。ティナと組んで間もないライルであるが、このようになってしまうと、彼女はテコでも意志を曲げない事を身を持って味わってきている。




またもや沈黙がやってくる。ライルは溜息をついた。本当に、この女は……




「はあっ、強情な女だぜ、全く……」

「そうよ。今頃気づいたの?」


当然のごとくティナは告げる。

その事は、自分でも十二分に承知しているらしい。





 結局、やはり根負けしたのはライルの方であった。一つ大きく溜息をつくと、ポリポリと頭を掻き、背後のティナに軽く振り向いた。



「わかったよ。もうやめる。あきらめた。そろそろ、いつも通りでいいか?」


 ライルのその言葉に、険しい表情をしていたティナの顔が、パッと明るくなる。にこにこしながら、小走りにライルの横に並ぶ。



「フフッ、そうこなくちゃ! ねえ、お腹空かない? なんか軽く食べる物持ってないの、ライル?」



 先程までの事があったとは思えないくらい、言葉通りに、いつも通りなティナであった。ライルは少し戸惑った。ライルはまだ、先程のティナとの対立が頭に残っている。ライルの気持ちの切り替えが遅いのか、ティナの切り替えが早いのか?



「あのな、第一声がそれかよ!?」

「いいから、なんか持ってないの? あ~、もうダメ。歩けない。ライル、おぶって!」


「わかった、わかった……ほれ、干肉だ。俺もこんなもんしか持ってない」

「やった! ありがと。うんっ、なかなか変わったスパイスが効いてて、おいしいね、これ。どこで買ったの?」


「あのなあ。ふうっ。買ったやつに、俺が味付けしたんだ」

「へえ、すごいじゃない、ライル。レシピ教えてよ」


「内緒だ。こいつは特別の香辛料を使ってるんだ。誰にも真似されたくねえ」

「もうっ。変なとこで、ケチなんだから。……ふう、ごちそうさま。ねえ、もう一つないの?」


「あのな……太るぞ、ティナ。それとも、子供でもできたのか?」


その言葉にティナは、はっとした表情で、悲しげにうつむいて視線を落としてしまう。



「そう、ライルの子供がこのお腹に……。実は、あの時みたいに、正気を失ったあなたに前に無理矢理……。ほんとは、あなたに黙って、一人で産むつもりだったんだけど……」



「お、おいっ!? う、嘘だろ、ティナ?」


ティナのその言葉に、目を丸くして驚きを隠せず、動揺するライル。



「やっぱり……憶えてないと思った。身に憶えのないあなたに、いきなり子供ができたって言ったら、やっぱりかわいそうだと思って、あきらめてたの。あなたの負担になりたくなかった。でもひどい。あんなに激しく抱いてくれたのに……ううっ……」



ティナは両手で顔を覆って、うずくまって声をあげて泣き出してしまう。




「ま、マジなのか……俺は、俺は……そんな……」

ライルは呆然と立ちつくす。




 間合いを見計らって、ティナが泣き真似を止めて、顔を覆っていた両手を開くと、ペロリと舌を出す。



「べ~だ。う~そ!! フフッ。結構慌てたわね。面白かった」

「お、お、お前……ティナっ!!」


愕然としていたライルが、顔を紅潮させてティナに迫る。彼女は全く動じない。


「なによ。こんな美しいレディに向かって、太るだの子供がいるだのほざいたお返し」

「はあっ……全く、変な女だぜ」

「でも、もしそうなったら、ちゃんと責任とってくれるの? ライル」



 ティナは、いたずらっぽくライルの瞳を覗き込む。笑いに隠しているが、ライルの心の奥まで覗き込もうとでもいうような眼差しでもあった。ライルは、そんなティナに少し落ち着かず、腕組みをしながら答える。



「万が一にも無いだろうが、もしそうなったら、俺も男だ。きっちり面倒見てやる。まあ、絶対に無いけどな」


「さあ、それはどうかしらね~? あ、街だ! これでちゃんと食べられる。さ、早く行きましょ、ライル!」



 なぜかティナはにこにこと機嫌が良く、ライルの手をとってそうせかす。


「しょうがねえなあ。……ま、いいか」


肩をすくめると、ライルはティナに引っ張られるまま、その街の外門をくぐった。




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 通りは人々で賑わっている。ティナの後ろ姿をライルは眺める。長くはないその赤みがかった髪が陽に輝いてキラキラと揺れている。急いで歩いているティナの、その耳にあるサラマンダーを封じた紅玉のピアスが、時折顔を覗かせて煌めく。香水などつけている訳ではないのだが、ティナの身体からは、ほのかに良い香りが漂ってくる。ライルの手を握るその手は、驚く程柔らかく温かい。



「ね、何食べよっか?」



振り向くティナ。時折、ふとライルは思うのだが……やはりティナは綺麗だ。



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最初にティナに出会った時は、戦場だった。


 その時はお互い傭兵として、敵同士であった。炎の精霊達を自在に操って戦うティナの姿に、ライルは目を奪われた。戦っているティナは、より気高く美しく目に映る。その時味方の軍の中でただ一人、ティナの精霊をうち破ったのが、ライルなのであった。負傷したサラマンダー達を目にして、激しい怒りに燃えるティナの瞳が、ライルの心に鮮烈に焼き付いた事を憶えている。憤りに身を焦がし、ライルを睨みつけるそのティナの姿は、息を飲む程に美しかった。


 その戦いを後にして、怒りの炎を滾らせたティナがライルを捜し出した。再びサラマンダーを召還して、ライルに襲いかかろうとするティナ。ライルはその時、剣を抜く事も忘れて、紅蓮の炎に囲まれたティナを惚れ惚れと見詰めて立ちつくした。



『なぜ、その剣を抜かない! 女だと思って、なめるんじゃない!!』

『ああ……悪りい。あんまり綺麗だったもんで、つい忘れちまった』



 心の底からライルはそう言う。ティナは眉をひそめる。なんだか、この男を前にすると、いつもとは調子が狂うような感じがする。



『さあ、早く抜きなさい! もう一度勝負よ!』

『まあ、いいや。お前の気が済むまで、好きにしてくれていいぜ』



そう言うと、ライルはどさりと腰を落とし、またティナの姿をボーッと見詰めている。


『ホント、綺麗だなあ……』


ぼんやりと、ライルはティナのほうを眺めている。


ティナは再び、何かが予定とは狂っている事を感じる。


『ちょっと、あなた一体どういうつもりなの!? 私が今この指を少し動かすだけで、あなた間違いなく焼き殺されるのよ!』



 ティナはライルのすぐ近くまで、サラマンダー達をちらつかせる。しかし、ライルの表情は全く変わらない。座りながら相変わらずティナの姿を、うっとりと眺めている。そんなライルが、そっとティナに問いかけた。



『なあ、お前、なんていう名前なんだ?』



 何かの策略なのかと疑ってしまうティナであったが、以前対峙した時とは違って、ライルからは全く殺気が感じられない。本当に、自分の名前が知りたいだけのようだ。戸惑いを押さえる事ができなくなってきたティナは、なんとなくライルにつられてしまう。



『……ティナ』

『そっか……なあ、その炎の精霊達は、なんていうんだ?』

『サラマンダー。右がフレキ。左がキリー』


『うん、わかった。ありがとよ。ずっと気になってたんだ。じゃ、好きにしていいぜ』


 ライルは、屈託無くにっこりとティナに笑いかけ、そんな事を言う。そんな様子のライルに、ティナはどうしていいのかわからなくなってしまった。この男ともう一度闘う気が、たちまち体中から抜け出してゆくのを感じる。溜息をつくと、ティナはサラマンダー達を再び両耳のピアスに封じ込んだ。


『もう、いいのか?』

『ええ……負けたわ、あなたには。ホントに変な男。名前は?』

『ライルだ』



こうしてライルとティナ、二人の旅が始まったのだった。


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「何? どうしたの、ライル? ボーッとしちゃって」


「あ、いや…なんでもねえ。ちょいと、昔のお前の事を思い出してた」

「いつの?」

「お、アレうまそうだな。あそこの店にしようぜ、ティナ」


ライルは足早にその店を目指す。



「ちょっと、待ってよ、ライル! ねえ、いつの頃なの?」

「内緒だ」

「もうっ」

「お前と出会った時の事さ」


「ふうん、そっか。……フフッ。あの時、私かなり怒ってたなあ。きっと、目がつり上がってて怖かったでしょ?」


「ああ。それが、とっても綺麗だった……」

遠い目をしながら、ライルがそっと言う。




 ティナは、まじまじとライルを見上げる。懐かしげに視線を遠くにさまよわせている様子を見ると、お世辞などではなく、ライルが本気でそう思っている事が感じ取れる。彼女は自分の顔がみるみる火照ってくるのを感じる。心臓の鼓動が早い。



「な、何言ってるの!? ……ダメなんだから。騙されないからね」



 ライルから顔を背けるティナ。歩みの遅くなったティナを放っておいて、ライルはとっとと先に料理の品定めをしている。




『おい、ティナ、これ喰おうぜ!』




そういう空気の全くわからないライルであった。思いっきりがっくりするティナ。


「……もうっ!!」


「何怒ってるんだよ?」

「怒ってないっ!!」


「怒ってるじゃねえか」

「うるさいっ! もう、食べまくってやる。ライル、あんたのオゴりだからねっ!!」


「な、なんでだよ?」

「男がつべこべ言うなっ!!」


「はいっ!?(なんだか知らねえが……ここはおとなしくしといたほうがいいみてえだな……)」





怒りに燃えてガンガン食べているティナに、何かと気を遣いながら細々と料理を口にしたライルであった。



「(馬鹿、馬鹿っ、ライルの馬鹿っ!! あ~、ムカツクっ!)」


「(なんなんだよ……俺が何したっていうんだ? ニコニコしてたと思ったら、急にプリプリ怒り出しやがって……女って、全然わからねえぞ)」









~~~~第一話【ライルとティナ】終幕~~~~


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物語全体の方向を決めるエピソードです。

これから、ライルとティナに更に仲間が加わって参ります。


次回は【御前試合】。

満員の観衆の目の前で、死闘を演じる事になります。

そして……ライルの必殺技が飛び出します!

さて、死闘の結末は?


どうぞ、お楽しみに!

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