宿命 Destiny
ベッドから起き出したライルが外に出てみると、皆が今回の勝利の貢献者として、ライルを英雄扱いしてくれた。
ただの傭兵に過ぎなかったのだが、敵将を討ち取った武功として、かなりの報酬がライルに与えられた。ティナにも副官を倒した報奨金が渡されている。しばらくは無理せずのんびりできそうだ。体中のあちこちが悲鳴を上げており、歩くのも正直きついくらいなのだった。ライル自身は、頭痛がしてうずくまってから後の事はよく憶えていないのであるが、まあ、もらえる物はもらっておくにこした事はない。一仕事終えて、ライルとティナはその傭兵部隊を後にした。
「ティナ……俺、あの時どうなっちまったんだ? 全然憶えてねえんだけどよ」
「……そうなの。なら、いいわ」
ライルの横を歩くティナは、ライルの方を見ようとしない。
「よくはねえだろ。なんだか知らねえが、いつの間にか英雄扱いされてよ。気持ち悪いったらねえぜ。まあ、くれるってんなら、もらっとくけどよ」
ライルは、硬貨の詰まった革袋をポンポンと叩く。
「それでいいじゃない」
ティナは素っ気ない。その表情が硬い。
「ティナ、知ってるんだろ? 教えてくれよ」
黙然とライルの横を歩いていたティナが、その歩みを止めてライルの方に向き直った。
「わかった。でもその替わり、私にも教えて欲しい事があるの。それを話してくれるんなら、私も話す。……あなたが、それでいいなら」
ティナは思い詰めたような、真剣な眼差しでライルを見詰めている。
ライルは、そんな様子の彼女に、少し戸惑った。
「な、なんだよ、ティナ。マジな顔してよ」
「聞く? 聞かない? どっち?」
「……いいぜ。俺があの時、どうなったのか、どうしても聞きたい」
「わかった。あそこの宿屋で、落ち着いて話ましょう」
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その宿屋の食堂の一角に席を占めた二人。ライルはエール、ティナはワインを注文した。二人は無言で、軽く酒に口をつける。ティナは、ライルのほうを見ようとしない。何か、ためらっている感じがする。
「もういいだろ。さあ、話してくれ」
「……さっきの約束、忘れないでね」
「わかってる。何でも好きな事を訊けよ。構わねえ」
ティナは心を決めたようだ。ライルのほうを真っ直ぐに見詰めて、ティナはあの時自分が目撃した一部始終を、静かにライルに告げた。倒れたライルを、自分が涙しながら抱き上げた事は除いて。
黙然と、ライルはエールを一気に飲み干した。その目に暗い光が灯っている。
「わかった。今度はお前が俺に訊く番だ、ティナ」
ティナもまた軽くワインに口をつけた。しかし、心そこにあらずといった様子である。下唇を噛みしめると、ティナは言葉を切りだした。
「何があったの、ライル? 一体、何があなたをそこまで苦しめているの?」
ライルはその問いを予期していた。ティナの問いは、当然といえば当然である。黙然と黙り込んでいるライル。エールのジョッキを手にしたが、空になっている事に気が付いて、忌々しくジョッキを元に戻す。
「……ごめん。忘れて。もう、話さなくていいから」
ティナは、そんな様子のライルから顔を背けた。自分の問いが、ライルを苦しめている事に、ティナはやはり後悔した。でも、聞かずにはいられなかったのだ。
「『霧の華(きりのはな)』って、知ってるか?」
「え?」
不意にライルが口を開いたので、ティナは戸惑った。
「『霧の華』っていう麻薬だ。普通の麻薬より、ずっと気持ちがいいらしいが、何倍も依存性が強い。中毒になった奴は、その薬が切れると幻覚や幻聴、恐怖や狂気に犯される」
「かなり昔に流行った薬だって、聞いた事がある。でも、誰かがその製造方法を独占して、その流通量が減った……でも、今も裏で珍重されて、かなり高値で取引されてるそうね」
ライルは小さくうなずくと、また重々しく口を開いた。
「約束は、約束だ……いいぜ、ティナ。全てを話してやる。きっと、愛想つかして俺から逃げ出したくなるぜ。まあ、これでお前とも縁が切れるだろう」
「話して。それでもいいから。どうしても聞きたいの」
ライルはじっとティナを見詰める。ティナも真剣にライルを見詰めている。
溜息をつくと、ライルは語り出した。
「俺は八歳の時、親父をこの手で殺した……。俺の親父は、あの薬のせいで中毒になって、薬が切れると暴れた。俺や妹、母をよく殴った。ある日、親父は刃物を持って暴れ出した。母は親父に斬りつけられた俺を必死で守ろうとして、親父に刺されてぐったりした。俺の目の前で……。親父は、血まみれのナイフをかざして、今度は妹を刺した。俺は母と妹を助けようとして、親父を突き飛ばした。そうしたら、親父は階段を踏み外して、そのまま下に落ちた。母を助け起こしたけど、もう死んでいた。妹の血を止めようとしたが、妹の体からはどんどん血が溢れ出してきて、止まらなかった。俺の手が妹の血で真っ赤に染まって、その身体はどんどん冷たくなっていった。下に落ちた親父を見に行ったが、ナイフが首に刺さって死んでいた……」
ライルは言葉を切った。ティナの視線から、顔を背ける。明かされたライルの過去。その悲惨なライルの体験に、ティナはただ沈黙を守るしかなかった。ライルはうつむき、その両手を見下ろして、堅く堅く拳を握りしめる。
「だから、だから俺は……俺はあの薬を作って、売っている奴らを絶対に許さねえ。その薬を作って金を稼いでいる奴等を、いつか、いつか必ず皆殺しにしてやる。裏で独占してるクソ野郎を地獄へ叩き落としてやる。俺はそのためだったら、なんでもやってやる。俺が子供の頃から戦場で生き抜いてきたのは、その為に強くなりたかったからだ。俺は眉一つ変えずに奴等を殺せる。奴等にどれだけ大事な家族があろうとも、たとえその子供がそいつらの前に立って命乞いしても、俺はその子供ごと、ためらいなく殺す。……そういうことだ。これで気が済んだか? 俺は本当はこんな人間だ。さっさと愛想つかして、離れたほうがいいぞ」
ライルに無理矢理この話を迫ったティナは、視線を落とし沈黙している。
そんな様子の彼女を見て、ライルは一つ、溜息をついた。
まあ、仕方ねえよな。当たり前だ。
隠すつもりは、無かったはずなんだけどな。
こいつといると、結構楽しかった。
一緒に闘うと気心が通じた。
それを余計な事で壊したくない。
いつの間にかそう感じていた。
こいつは、いつもよく怒って……
それで、よく笑ってなくちゃならねえ。
こんな顔をさせちまうような人間は、居ちゃいけねえよな。
「わかったみてえだな。しばらくの間だったが、世話になった。じゃあな」
席を立ち、去ろうとするライル。
そのライルの背中に向かって、ティナは声をかけた。
「ちょっと、私を置いていく気?」
ライルが振り向くと、腕組みをしたティナが立ち上がって見詰めていた。
「何のつもりだ?」
「あなたの胸の内は、わかったわ。無理言ってごめんなさい。でも、どうしても聞きたかったの」
「だったら、わかったろうが。俺はもう、こういう生き方しかできん。あの時からな……。行き着く先は、わかってる。血の海だ。それが他人の血か、俺の血か……。でも、そうせずにはいられない。おまえがこれ以上俺につき合うと、必ず命を落とすことになる。俺はお前などどうなっても知らん。それに、足手まといだ」
ライルは苛立ちながら、彼女を睨みつける。
しかし、ティナは全く怯まない。
「あなたの気持ちがわかったから、ますます放っておけない。私だって、そんな奴等許せない。あなたが生きて戻ってこられるようにしたいの。このままだとあなた、のたれ死ぬだけじゃない。憎い奴等に笑われながらね……」
斬りつけるような彼女の言葉が、ライルの心に飛んでくる。
「それでも構わねえ!! できるかできないかじゃねえ。やるか、やらねえかだ!!」
その瞳に深く暗い光を湛えて、ライルがドンとテーブルを叩いて叫ぶ。
「それよ……その考え方。あなたね、この薬を生み出している根元を永久に滅ぼしたいって、本気で思っているなら、一人じゃ絶対に無理。それはあなたもわかってるはず。あなたには仲間が必要だわ。とりあえず、私が第一号って訳。嫌って言っても、勝手についていくから」
腰に手を当てて、ティナはライルにウィンクする。
ライルは苛立ちを隠せない。
「勝手にしろ!! 俺は忠告はしたからな」
「ええ、勝手にさせてもらうわ。じゃ、そういう事で、またよろしくね、ライル」
ティナはにっこりとライルに手を差し出す。ライルはその手を無視した。
「俺は、よろしくしたくない」
「もう、つれないわね。こんな美人が側にいるだけで、何かと役に立つってもんよ」
「ふん。勝手に言ってろ!」
傲然とライルが出てゆく。銀貨を一枚、宿屋の親父にピンと親指で弾き飛ばす。そんなライルの背中を、ティナが追いかけてゆく。
「(あんな事聞いたら、もう絶対離れられない。ライルの痛み、私にはわからないけど……でも、一人ぼっちの気持ちならわかる。親兄弟のいない寂しさなら、私も理解できる。ライルの憎まれ口の裏には、優しさと寂しさが隠れてる。私は感じる。だから、私は彼についていく)」
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