第3話 猫の忍者に狙われる




 猫カフェのモニターには事故のニュースが流れていた。

 まだ客が来ない室内を店員たちが掃除している。

 掃除機のスイッチが入れられ、音に反応して猫たちが逃げまどう。

 来日していた姫がテロに遭ったとったと、アナウンサーが報じた。

 負傷者は二人。一人は行方不明だという。

 興味がないのか、カウンターにいる猫カフェの店主は大きな欠伸をした。

「言わんことじゃない」

 テーブルの上に寝そべり、マクベスは呟いた。

 

 目を開けると、曇った空が見えた。

 大使館の車が道路を隔てた反対で横転していた。

 体の下にはゴミ袋が詰まれている。

 体重の軽いジェシカだけが遠くまで飛ばされたようだ。ゴミ袋のおかげで大きな怪我はない。

 マンホールからは煙が上がり、遠巻きに人だかりが出来ている。

「あの――」

 声をかけようとして彼女は息を飲む。

 人だかりの中に、昨日見かけた黒服の男を見つけたからだ。

 男はこちらを見つけてまっすぐに歩いてくる。

 ジェシカは打撲の痛みに耐えながら、男から逃げ出した。

 身を隠すように路地に入る。

 ――声を上げればよかった。そうすれば、やじ馬の誰かが助けに来てくれたかもしれない。

 そう思っても後の祭りだ。

 路地からの出口は、先々で車が塞いでいた。

 罠を張るように道を塞がれ、どんどん狭い路地に追い込まれてゆく。

 ジェシカは息を切らしながら、助けを求められそうな場所を探した。

 だが、目につくのはシャッターの閉まった古い商店ばかりで、人の気配はない。

「誰か!」

 声を上げるが、返答する者は居ない。

 ただ自分を追いかけている複数の気配だけが感じられた。

 やみくもに走り続け、やっと人影を見つける。

 狭い公園のベンチで背広の男が傍らに缶ビールを置いて座っていた。

「助けてください!」

 声をかけるが返事はない。

「すいません!」

 必死に肩に手をやると、男はベンチから崩れ落ちた。

 背中から大量の血が流れている。

 男はすでに殺されていた。

 ジェシカは悲鳴を上げる。

 道の奥から黒服の男たちが現れる。

 退路を断ち、無言で拳銃を構えた。

 ジェシカは恐怖で悲鳴を上げることもかなわず、ひきつけを起こしたようにヒューヒューと息をした。

 引き金がしぼられるられる。


「おい、小僧」


 雨除けの上から野太い声がして、黒服たちは目を見張った。

「意見の合わねえ相手を排除したら、お前は正しくなれるのか? なれねえよ。そんな事、猫でも知ってる」

 太ったロシアンブルーが雨除けの上から彼らを見下ろしていた。

「マクベス……?」

 マクベスは喉を鳴らし、おあーんと大声で鳴いた。

 遠吠えのようなその声に、遠くから別の猫の反応があった。

「殺せ!」

 男たちは猫に銃を向けた。

 それよりも早く、マクベスのクナイが飛んだ。

 手に刃が刺さり男たちは悲鳴を上げる。

「狭い場所で銃は投擲武器に敵わない。狙いと投射が同時に出来るからだ。教官に教わらなかったのか?」

 マクベスは音もなく地面に降りた。

 銃を取り落とした男たちに近づくと、容赦なく顎を蹴って昏倒させた。

 残った一人をマクベスは睨んだ。

「――馬鹿野郎!」

 任務を優先したのだろう。男はジェシカに銃を向けた。

 マクベスは走って彼女を突き飛ばす。

 彼の脇腹を銃弾が襲った。

 跳ね飛ばされたように彼は転がる。

「マクベス!」

 ジェシカは悲鳴を上げた。

「何がこいつは……」

 黒服の男は顔に皺を寄せて銃を構える。

 マクベスは顔を上げる。

「こいつは――じゃねえ。こいつらは、だ。〈猫の忍者〉が一匹だと思うのか?」

 猫の目線を追うように黒服は屋根の上を見て、言葉を失う。

 商店街の屋根に、所せましと猫がひしめいている。

「それに、年上は敬うもんだぜ、小僧。俺はお前が想像もしねえ体験をしているんだ」

 血を滴らせながら立ち上がると、マクベスは黒服を睨む。

 黒服は慌てて発砲する。

 それを避け、マクベスはクナイを拾って距離を縮めた。

「例えば――金玉を取られるとかだ。お前も体験しな」

 男は悲鳴を上げる。クナイを裏返し、マクベスは取っ手で股間を殴った。

 か細く悲鳴が消え、男は昏倒した。

 ジェシカはただ驚いた顔で争いを見ていた。

「なんで、助けてくれたの?」

「猫好きだから」

 自分の傷を確かめながらマクベスは答えた。

「それだけ?」

「当り前だ。猫を愛する。そういうのを〈人間らしい〉って言うんだ。それが少しだけこのくそみてえな世界をマシにする」

 それだけ言うと、マクベスは屋根に飛んだ。

「待って!」

 ジェシカは声をかけたが、マクベスは無言で屋根を走って視界から消えた。

 屋根にいた猫たちもいつの間にか姿を消していた。

「…………」

 王女は一人残され、呆然と屋根を見上げた。

 さっきの争いで外れたのか、転々とした血の横に首輪が落ちていた。


      〇


 保護猫カフェの店主は重いケージを下ろしてため息をついた。

 朝店に来てみたらマクベスが大怪我をしてうずくまっていたので、慌てて獣医で処置をしてきた。

 とりあえず命に別条はないという事なので、一安心だ。

「――しかし、これで完全に貰い手は無くなったな」

 ただでさえ好かれないのに、大きな傷まで作っては、貰い手が付くはずもない。

 同情した目線で見るが、当のマクベスは気にした様子もなくふてぶてしい顔をしている。

「やれやれ」

 店主は首を振っていつものカウンターに戻った。

 カランとなって店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

 言って、店主は瞬きする。

 目の前に、昨日テレビで見た王女が立っていた。

「猫を引き取りたいのですが」

 店のロゴが入った首輪を片手に、ジェシカはほほ笑んだ。


      〇


「退屈だな」

 マクベスは車の座席に寝転んで呟いた。

 渋滞に巻き込まれ、しばらく車は動いていなかった。

「猫とは退屈を楽しむ生き物でしょう?」

 ジェシカは手を伸ばしてマクベスを撫でた。

「こら、年上を敬え」

「敬っています」

 ジェシカは口を尖らせる。

「ならいい」 

 マクベスは間を瞑り、黙って撫でられた。

「しかし、動きませんね」

 ジェシカはずっと続く車列を眺めた。

「駅の方でテロがあったようです。また被害が出たそうです……」

 渋滞の先で煙が上がっていた。

「そうですか――マクベス?」

 空になった座席を見て、ジェシカは声を上げた。

 マクベスは窓の隙間を抜けて、屋根に上っていた。

「マクベス!」

 王女は窓から彼を呼んだ。

「ちょっと馬鹿どもを教育してくる」

 そう言うと、マクベスは渋滞の車の上を走った。

 ――この国には猫の忍者が必要らしい。

 駅に向かってマクベスは駆けて行った。


                おわり

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猫の忍者と青い姫君 Baqu0078 @baqu0078

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