第3話 ヤバいとこに来ちゃった

 そのあと、生田目さんは、通常の無表情顔でもなく、はたまた「ベンザイテン様」と接する時の満面の笑みでもなく、煽るような━━けれど瞳の奥にはどこか、悲しみを帯びているようななんとも言えない顔でいう。


「あなたは、私を満足させることができるかな?」


 そう言うと、すぐさまいつもの無表情顔に戻り、物の怪を祓う言葉、祓語はらいごを唱え始める。


「ほととぎす、鳴くや五月のあやめ草、あやめも知らぬ恋もするかな」


 その瞬間、その言葉によって祓術はらいじゅつが出た瞬間、本当に、それと同時に

 、俺は立ちながら吐いた。それこそ、朝と昼の食べた物がありったけ出るくらい。

 え?え?なにこ……

 動揺していると、だんだんめまいもして、意識が遠くなってくる。

 だが、こんな時でも生田目さんの平坦な声が脳内に響く。


「この人も私を満足させられないね。やっぱり私を満たせるのは……」


 ここで声は途切れた。


         ◻︎▪︎◻︎


 俺は目を開けた。白い板が見える。

 あれ?この板は……天井か?じゃあ俺は寝てる?なんで?え?これまずいやつ?

 そんな風に動揺する俺の耳に聞いたことのある女の子の声がする。


「セイリョーくんが起きたよ。愛ちゃん。対応してあげな。」

「はぁーい。ただいまぁ。」


 今度は聞いたことのある甘ったるい声がしたかと思うと、俺の左横から人がかけ寄ってくる気配がする。

 俺は考える。

 愛ちゃんって誰だ?あっ!


「性欲の薔薇だ!」

「そうですけど?」


 たった今俺を覗き込んできた無表情顔が、そう言う。


「しばらく安静にしていてくださいね。」

「あっ、は、はい。」


 自分を気絶させた相手にねぎらわれている不思議さとあのバケモンと今話しているという怖さで、俺はついつい不自然な返事をしてしまう。

 だが、生田目さんは、このあからさまに不自然な対応も別に気にする様子はなく、俺に聞いてくる。


「ベンザイテン様が弟子入りしていいといっていたから、私も別にしてもいい気になったんですが、どうしますか?」


 俺は迷った。今日数時間いただけで、これだ。今後も身体を壊す場面なんて数えきれないほどあるだろう。

 だけど、強くなってから抜け出したい。それに━━


「母さんが悲しむ姿はもうみたくないです。なので、全力でしごいてください!!!」


 昔から無駄にうるさいと言われてきた声を最大限にしぼり出す。玄関前での弟子入り志願では出ししぶってしまったけど、やっぱり俺はこうでないと。


「はい。わかりました。」

「お母さんのためだなんて偉いね。セイリョーくん。」


 ベンザイテン様がそういって褒めてくれた。

 自分より年下の女の子にこんな風に褒められて、俺はまたもや不思議な気持ちになる。……まぁ、さっきまでも自分より年下の女の子に弟子入り志願してたんだけど。


「じゃあ、妾もよろしくね。セイリョーくん。」

「あぁん。ベンザイテンさまぁ。弟子なんてどうでもいいですから二人で遊び歩きましょお。」


 といった感じで、今日、生田目さんの家に弟子入り志願をしに来た俺は、誠陵実せいりょうみのる。落ちこぼれ祓い屋の祓い屋育成学校へと通う高校生だ。


 そして、生田目さんはあの通りとっても強い。母さんの言葉もあるし、能力面だけ見れば、よかったといえるだろう。でも━━


「ベンザイテン様ぁ!!好きです。愛しい。愛してます」

「妾は、今から録画した昼ドラ観るんだ。集中したいから話しかけないでくれるかい?」

「え〜〜。ベンザイテン様はドロドロ昼ドラ系恋愛がお好みですかァ?じゃあ、私とも……」


 ぶっちゃけ結構後悔している。

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