第3話 個サルには中二病がいたの巻

 生徒が全員下校した沢江蕨高校のナイターがぼんやりと光る午後6時45分頃。私達は三原君に沢江蕨高校まで誘導してもらっていた。


 この日の私は「Seaside」と胸元に書かれた紫色の半袖ウェアに白色のサッカーパンツ、紫色のソックスと黒と赤で構成された脛当てを着用していた。かなちゃんは中学校指定の体育ジャージに運動靴、三原君は「祭」と背中に書かれた緑色のウェアに白色のサッカーパンツ、青色のソックスに白色の脛当てを着用していた。


 今日の為に小学校で使っていたウェアを持ってきていたため入らなくなっていないか心配だったが特に問題なく着れたためほっとしていたのは私の心に収めておこう。


 そんなことはさておき、私達は三原君と共に沢江蕨高校の正門から中へ入る。

 直後、目の前に広がるのは柔らかな人工芝で構成されたサッカーグラウンドだ。


「お、おぉ……!」

 

 私は頬を高揚させつつ感嘆の声を出した。今までプレーしてきたグラウンドは砂ばかりだったからだ。何より、私がサッカーを始めるきっかけになったグラウンドの材質に似ているのだから気持ちが昂るのも当然だろう。


「こんにちは、水上先生」


 そんなことを考えていると、三原君が1人の男性に声をかけた。若干生え際の勢いが減少しつつある眼鏡をかけたオジサンだ。背丈は高く、肩幅が広い。また、服は黒色のジャージで整えていた。


「こんにちは三原君。今日はみんなと一緒じゃないんだね。そちらの二人は?」


「こちらの2人は私のクラスメイトで霧原接那さんと市城香苗さんです。本日の個サルに参加したいと聞いたため、一緒に来た感じです」


「ほぅほぅ、成程ねぇ――」


 水上さんはメガネの黒縁をくいっと上げてから私達の方へとやってくる。そして笑みを浮かべながら私達に対して自己紹介を始めた。


「初めまして、市城さんに霧原さん。私は水上茂みずかみしげるです。沢江蕨高校ではサッカー部顧問をやってます。教員として指導している科目は現代文です。本高校に入学する際はどうぞよろしく」


「よろしくお願いします!」


 私達は水上先生からの丁寧な自己紹介を受けた後、自己紹介を軽く行った。その際私は緊張のせいか自己紹介でたどたどしくなってしまった。そのせいで、かなちゃんが自己紹介をするときに顔が茹蛸ゆでだこ色に染まったのは言うまでもない。


「大丈夫だよ、接那! そんなに気にすること無いって!」


「そ、そうですよ! 先生は困惑していましたが立派でしたよ!」


「や、やめて……羞恥心に潰れちゃうから……」


 水上さんとのやり取りを終えた後、少し離れた位置で軽く準備運動を私がしていると、2人から優しいフォローが送られてくる。それは私にとってナイフに近かった。


 どうやって羞恥心から解放されるか私が必死に考えていると、三原君が正門前まで小走りをし始める。どうしたものかと思いそちらを見ると、ガタイの良さそうな生徒4人が立っていた。


 三原君は私をフォローするために軽く私達を紹介してくれた。

 ほっとしつつ私は彼らの自己紹介を聞いた。


 彼らは同じサッカー部員でアニメ好きの眼鏡をかけた小野、筋トレ好きな田戸。ラーメンオタクの宇田川に、補欠の2年である神田らしい。


 本当にサッカー部員なのかと思ってしまう面々が揃っているが、ついつい変なことを口走る私は舌を自分の歯で何度か噛んで心を落ち着かせた。

 

 何とか平常心に戻った私は引き続きストレッチを開始する。膝の屈伸から始まり、浅い伸脚に上体の前後屈と淡々と行っていく。サッカーやフットサルをする上で接触プレーによる怪我は避けることが難しい。


 故に、ストレッチをして体を伸ばすことによって怪我をするリスクを減らすのが重要だ。私は入念にストレッチを行っていく。


「霧原さん、ちょっとパス練習手伝ってもらってもいい?」


「分かった。ただ、かなちゃんも一緒でいい?」


「私はいいよ――まだストレッチ終わっていないし――」

 

 三原君に誘われた私はかなちゃんを誘ったが、かなちゃんは長座体前屈の格好をしたまま90度のポーズで固まっている。中学校指定のジャージに書かれた名前がしっかりと判別できることから体が動いていないことは明白だ。


「分かった。かなちゃん、もし私が手伝えることがあったら言ってね」


「ありがとう、接那。私も終わったらそっちに入るよ!」


 そんな会話を交わした後、私と三原君は人工芝のピッチでボールを蹴り始める。最初のパスは7m程度離れた位置からだ。私は三原君からボールを受け取ってから左足をボールの横に添え、右足のインサイドでボールをコンパクトに振り切る。

 軸足の安定したパスは真っすぐ三原君の右足へと進んでいく。


 三原君はそのパスを足裏で軽く前に転がるようにトラップしてから同じようにインサイドでパスを返す。私はそのパスを左足でトラップするが、苦手な逆脚であるためボールが3m程度離れてしまった。実際の試合であればこのミスだけでカウンターを受ける可能性がある。


 に追いつくためには絶対にしてはいけないプレーだ。そんなことを考えていると、三原君が「お――い、パス頂戴!」と声をかけてくる。私は「ごめんごめん!」と軽く謝ってから左足の裏でボールを転がした後に右足でパスを出す。


 右足で出したパスはバウンドしたりする事無く三原君の足元へと収まった。一瞬だけ三原君は驚いたような表情をしたが、直ぐにパスを返してくる。そうして13本パスを通した後、三原君が「次は10m距離を離してパスを行おう!」と声を出した。


 私は「分かった」と声を出したうえで後ろに下がる。そして一定間距離が下がったことを確認してから三原君は右足でパスを出した。バックスピンのかかったロブパスは、私の足元に落ちてくる。私は右足の甲を用いてトラップしようとしたが、バウンドするボールは私の予期せぬ方向へと飛んでいく。


 私はやっちゃったなと思いつつも、みっともない姿を晒さない為に直ぐにボールを回収しにいく。そんな時、私はボールを止めてくれた方がいることに気が付いた。


 その人物は赤色に光り輝くつり目とつやのある白色の肌が特徴的な女性だった。服装は私と異なり白と黒で構成されたストライプ柄のジャージを着ていた。


「すみません、ボールを取っていただきありがとうございます」


「……ふん」


 私がお礼を言ってボールを受け取ろうとすると、その女性は突如振りかぶりボールを蹴る。そのボールは三原君のパスよりも荒く、強烈だった。悪く言えば思いやりが無いとでもいうだろうか。

 

 トップスピンのかかったパスは落下点から急激に落ちる軌道を見せて三原君に向かっていく。これは三原君も反応していなかったため取れないかと思っていたが、予想外にも彼はトラップして見せた。

 しかも寸分の狂いもないトラップだ。私は彼のプレーに度肝を抜かれた。

 同時に、この強烈なパスを放ったキッカーに対してもだ。


「貴方の……名前は?」


「フン……まぁいいだろう。私の名前は國岡暦くにおかこよみ。二つ名は、女帝エンペラーガールとでもいうべきか」


「へ、へぇ――そうなんですか」


 私は決めポーズを取りながら笑みを見せる女性に対しこの様に感じていた。


 この人、中二病かしら?

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