1-15 飴弾フライアウェイ

「ハァ? どういう意味だぁ?」

「そのままの意味です。あ、でもこれは彼女に聞いたほうが早いですね。どうですかな?」

 太介が彼女の方を向いて訊きました。

「邪魔ね。」

 彼女は即答しました。

「じゃあそういうことなので、どいてあげてもらってもいいですか?」

 太介は淡々とその場からの退去を要求しました。

「ナメてんのかテメェ!」

 大河が太介の胸ぐらを掴んで凄みます。

 危険を察知したのか、太介の胸に抱かれたドグマが彼に向かってしきりにガルガルと吠えました。今にも噛みつきにいきそうな彼女をなだめながら、彼は淡々とある疑いを否定しました。

「……い、いやいやナメてないですよ。あ、飴なら舐めてます。おひとついかがです?」

「いるかボケェ!」

 バシィ! 太介が片手でドグマを抱えたまま胸ポケットから差し出したアメ玉の包みは、大河の手で弾かれ、向こうへ飛んでいきました。

 まさにアイキャンフライ、アイ“キャンディー„イット。なんでもありません。

「……ハッ。仮にオレサマがコイツの邪魔をしてたとしてもテメェには関係ねぇ。さっさと失せろ。」

 大河は胸ぐらを掴んでいた手で太介を前方へ押し出しながらその手を離しました。すなわち放り出しました。

「……分かりました。でも最後に1つ、彼女に聞きたいことがあるんでいいですか?」

「あぁ? 失せろっつったろが。」

「…………。」

 太介は顔色を一切変えず、その目は大河を睨みつけるでもなく、しかし静かに彼の瞳孔の奥を見つめました。

 そしてその視線は、何を考えているか分からない不気味さと、何をしてくるか分からない恐怖心を僅かにでも彼に植え付けるには十分でした。

「……すぐ終わるんだろうなぁ?」

「善処します。」

「チッ、勝手にしろ。」

 すると改まったように太介が彼女に尋ねました。

「名前、聞いてもいいか?」

「…………早乙女さおとめリコ。」

 太介があまりに真っ直ぐな目で見てくるので仕方なく答えてあげました。なんか恥ずかしいので目を逸らしながらですが。

「オーケー。これで俺らは知り合いだなっ!」

「は?」

 リコは『何言ってんの?』と言わんばかりに怪訝な顔をしましたが、その真意は彼からすぐに明かされました。

「早乙女さんは俺の名前とその他の情報を知ってる。つまり俺のことを知ってる。俺は名前さえ分かれば『知ってる人』扱いとするので早乙女さんを知ってる。だから知り合い。」

「……はぁ……もう好きにすれば? てかさっさと行きなさいよ。」

 ため息混じりに、手の甲で払うような『あっちいけ』の仕草をするリコ。おそらく大河のイライラした様子が見えたためこの場を離れるように誘導しているみたいです。

 そしてそれは太介にちゃんと伝わっていました。

「お待たせしてすいませんね……じゃまた。」

「ったく、長々話してんじゃねぇぞザコが。」

 太介は犬を連れて、今にも言われた通り去っていきそうです。

 そう、これでいい。

 自分の事に他人を巻き込みたくない。

 自分のせいで誰かが傷つくのは嫌。

 どうせあいつじゃ何もできない。期待なんかしてない。

 だから私には近づかないで。そのままどこかに行って————そう思っていたのに、大柄な怖い男を前にした自分を置いていく彼の背中を見ると、そこはかとなく心細さが込み上げてきました。ついでにお腹も痛くなりそうです。

 もうこうなったらしょーがないじゃない! 首突っ込んできたんだから最後まで責任取りなさいよ! じゃなくて————


「りんどうたすけ! こいつが『知り合いでもない奴は失せろ』って言ってたでしょ! 私たち知り合いじゃないの!?」


 オレンジ味の炭酸ジュースの空に、少女の振り絞るような甲声かんごえが響き溶けていきました。


「……毎度ありっ! さあいけ、ドグマ!」


 太介はそれに応えるように、大河のほうへ向けてドグマを低く勢いよく投げました。

 ドグマは彼に突進するように走り寄ると、

「またテメェかよ! クソが!」

高い跳躍力で何度も彼に飛びかかりました。腕などもたまに噛んでいきます。

 その隙に太介はリコの手を握り、

「こっちだ!」

「ちょ、ちょっと!」

狼狽する彼女をよそにそのまま手を引いて走り出しました。

 大河はドグマを振り払って彼らを追いかけようとしますが、犬の走力には勝てずたちまち追いつかれ、警察犬から逃げる犯人のようになってしまいます。

「やめろクソ犬! ンガッ! 痛ってなんだこりゃ!?」

 彼の額に何かが当たったようです。それが眼前を落下していったのを彼がすかさず目で追うと、地面に落ちていたのはおもちゃの銃の弾。

 身長百九十センチはあろうかという大柄な彼をひるませたのは、こんなに小さなプラスチック製の、先端にスポンジが付いた筒状の弾丸でした。

 よく見るとこれ、真理愛が太介にあげた銃の弾ですね。彼はなんであれを持ち歩いてたんでしょうか? なんて細かい事を気にしている場合ではありません。

 二人はその隙に曲がり角へと消えていきました。

「クソッ! お前ら代わりに追え!」

 大河は取り巻き女子二人に指示を出しますが、

「もうよくなーい?」

「ぶっちゃけめんどくさーい。」

スマホをいじるばかりで聞く様子はありません。そうして大河は彼らを見失いました。

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