1-3 わたあめギャップ

「えー、名前教えた程度じゃまだ“知らない人”かよ…………あ、そういうことか!」

 そっけない態度をとる彼女の横で、彼は何かを察したようです。

「俺は9月11日生まれのB型。好きな食べ物は羊羹。得意教科は理科。趣味は映画とかゲームとか。特技は折り紙。父さんは大阪で飴屋の社長やってて——」

「いや名前以外の情報知りたいって意味じゃないから。」

「えっ!? 『知らない人に名前を教えない』って話なら、俺が詳しく自己紹介すれば“知ってる人”カテゴリに入れてもらえて、名前も教えてもらえると思ったんだけど違うの?」

 前言撤回。何も察せていなかったみたいです。

 これには彼女も呆れ顔。今のはどう考えても『あなたとお友達になりたいとは思ってないので名前は教えません。』という意味なのですが、予想の斜め上の解釈をされちゃってますね。全然逆の意味です。

「……あんたズレてるって言われない?」

「言われたことはないな。」

「思われたことはあるのね。」

 ため息混じりにそう言うと、彼女は逃げるように去っていってしまいました。




 (付き合ってらんない。ママには『高校では友達と仲良くしなさい』って言われたけど……あいつ別に友達じゃないし。)

 彼女は心の中で言い訳をしながら体育館のほうへ歩いていきました。

 幸い入学式が終わった様子はまだありません。中に入ったら、自分の席の場所を先生の誰かに聞こうと思います。たとえ担任でなくてもなんとかしてくれるでしょう。

 あ、でもまたちょっとお腹が痛くなりそうです。人見知りするだけならともかく、人がいると緊張してこうなってしまう体質はどうにかしたいです。

 とりあえず緊張を紛らわせないと……おや? ちょうどいいものを持ってますね。

 彼女はそれを口へと放り込みました。自然ないちごのフレーバーが口いっぱいに広がります。

 (あ、これおいしい……)




 (仲良くなれると思ったけどなぁ。)

 コンクリートを背に一人になった彼、すなわち太介は、頭の後ろで手を組みながらちょっとだけいじけました。同時にふと、父の言いつけの事を思い出しました。

 (父さんの言いつけもあるからなぁ……ぶっちゃけ全部めんどいけど、一応家のためにもなるしやるだけやってみるか……。)

 何を言いつけられたんでしょうね? 彼女と仲良くなりたかった理由もそこにあったりするのでしょうか?

 太介は今後の動き方を勘案しながら空を見上げます。

 彼が胸ポケットに忍ばせている小包に入った飴玉たちは、わたあめのことを同胞だとは思っていないでしょう。

 たとえそれが、この爽やかな春空に浮かんでいるやつでも、円形の機械の中で棒を回すとくっついてくるやつでも。

 そんな、遠くの空を孤独に流れていくわたあめをエモい感じで一人見つめるそこのあなた。自分の何が悪かったのか、お天道様にでも聞いてみてください。

 さてそんな彼も、飴玉のように硬いコンクリートの壁と床で背中とお尻がちょっと痛くなってきました。

 わたあめよろしく柔らかいソファなどこの学校では校長室や医務室くらいにしかありませんが、どこにあろうと入学式を抜け出したはぐれ者が座っていいものではないでしょう。もっとも彼は入学初日なのでそんな快適な場所など知りませんが。

 (あ、そうだ。)

 太介は何かをひらめくや否や立ち上がると、自分のクラスである1-3の教室に向かって歩き出しました。

 ちょうどその頃、入学式が終盤に差し掛かっていたことを彼は知りませんでした。

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