第8話

 8月になると大学は夏休みに入った。僕は奈良の実家に帰ったとき、リエさんにメールを送った。アドレスは卒業式のときにクラス全員で交換したものだ。

「お久しぶりです。もしよかったらご飯でも行きませんか?」そんな内容のメールを送った。一時間後にリエさんからちゃんと返事が来た。「ぜひ、ご飯行きましょう」と快諾してくれた。メールの文面を見ると元気そうだった。数日後の夜に大阪難波で会うことになった。僕は居酒屋の個室を予約した。店の予約も緊張せずにできるようになっていた。


 難波駅に現れたリエさんは少しだけ大人になっていた。髪型は高校と変わらないが、薄く化粧もしているし、しかも私服だった。制服姿の彼女しか僕は知らなかった。黒い半袖シャツに、白い水玉模様が入った黒の膝丈スカートだった。リエさんと向き合ったとき、また右腕が温かくなった。


「東大合格おめでとう」とリエさんは言ってくれた。「ありがとう。そっちは現役で受かるんだもん、尊敬しかない」と僕は言った。「浪人生活はどうだった?」と彼女が訊ねたところで、注文したお酒が運ばれてきた。僕らは乾杯した。

「浪人生活は意外と楽しかった。勉強に集中できたし、毎日充実してた」

「へー楽しいんだ」と彼女は意外そうな顔をした。「うちの兄が浪人してたんだけど、かなりしんどそうだったんだ。だから驚いた」

「高校のときの方が辛かったな。成績も伸びないしさ。リエさんみたいに成績良かったら楽しかったんだろうけど」

「私も成績良くなかったよ。模試も真ん中の判定で、合格確率50%以下だったもん」

「え!てっきり余裕で東大受かったのかと思ってた」

「まさか!三者面談でも言われたもん、浪人が嫌なら他の大学にしたら?って」

「ああ、あの担任なら言いそう」と言って、僕は担任の口真似をした。それ見てリエさんは笑っていた。人生で初めて僕らはちゃんと会話をしていた。


「ねえ、記念に写真撮らない?」僕はリエさんに言った。家からインスタントカメラ「写るんです」を持参していた。サキと撮ったのと同じカメラだった。

「いいよ、そっち行くね」リエさんが僕の真横に来た。リエさんは僕の腕を握ったりはしなかった。少し離れたところからピースサインをしていた。

「東京でもご飯に行こう」と僕らは約束した。また右腕が温かくなってきた。右腕を思いっきり振って、リエさんを見送った。

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1+1は2にはならないことを、僕は証明した Kitsuny_Story @Kitsuny_Story

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