第5話

 高校生になっても、左腕の疼きは事あるごとに顔を出した。むしろその機会は多くなった。なぜなら高校からは女子生徒が入学してきたからだ。前にも言った通り、僕が通っていた中高一貫校は、中学が男子校で高校から共学になる。高校一年生になったとき、男子生徒が約300人、女子生徒が約40人ほどの割合だった。


 授業が終わって廊下に出ると、女子生徒がいるせいだろうか、ほのかに甘い香りがしている。中学のときにはなかったその甘い香りのせいで、僕の左腕はよく疼いた。女子生徒とすれ違うときには、左腕だけではなく心臓も頭もバクバクしていた。


 中学から高校に進学した僕のような内部組と、女子たちがいる高校から入学してきた編入組では、カリキュラムが微妙に異なる。つまり内部組は中学の頃に高校の内容を履修しているため、高校に上がる段階で高校二年の内容に入りつつある。そのせいで、内部組と編入組でクラスが分かれている。


 何が言いたいかというと、内部組の僕は女子とは同じクラスにはなれないのだ。男子しかいない教室は汗臭い匂いが充満している。あの甘い香りを嗅ぐには廊下に出るしかない。そして何か用事をつけては、女子がいる教室を覗いた。そして部活などを通じて編入組の男子たちと知り合いになり、女子がいる教室に入ろうと試みた。その作戦がうまくいった者たちは、その甘い蜜を吸う事に成功していた。

 僕はそんな器用な人間じゃない。生身の人間同士のコミュニケーションは苦手なのだ。だからネットでサキと知り合ったのだ。だから僕は大人しく自分の教室の椅子に座った。あの汗臭い男だけの空間から甘い香りは漂ってくる女子たちを横目で見ていいた。


 高校3年生になると、大学受験に向けて学校は臨戦態勢に入る。大学志望別にクラスが編成される。僕は国立文系志望だった。クラス編成に内部組と編入組の垣根はなかった。つまり高校3年になって、高校で初めて女子と同じクラスになったのだ。


 教室の扉を開けると、女子生徒が七人いた。男子は四十人以上いるが、教室の左端の席に縦一列女子生徒の席が設けられていた。それは丁寧に手入れされた西洋式の花壇のようだった。その花壇からは甘い香りが漂っている。授業中も休み時間もずっと甘い香りが教室を充満している。僕の左腕は前よりも疼くようになる。甘い蜜の香りと左腕の疼き、僕は必死に黒板を見つめ、参考書の問題を解いた。二次関数をどれだけ解いても、左腕は疼き続けた。

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