第6話
中に入るとその奥に一匹の獣がいることに気づいた。七色の毛色を持つ猪のような獣がこちらをギロリと威嚇している。
桃志朗は父の後ろに隠れるようにして獣を見る。
「おまえ、獏だな」
すると、父がいつものように落ち着ききった声でその獣に尋ねる。
「ばく?」
桃志朗は父を見上げた。
「夢を食う物の怪といったところだな。しかし、これはやりすぎだろう?」
父がいうも漠と呼ばれた獣はうなり声をあげるばかりだった。
「うまかったか?」
父がさらに尋ねる。されど応えるつもりはないらしい。やがて漠は父目掛けて突っ込んできた。
「人の話を聞きなさい!」
父は札を取り出すと遅い来る漠の額に張り付けた。たちまち大人しくなった漠はきょとんとした目で父をみつめる。それはまるで主人の命令を聞こうとしている犬のようだと桃志朗は思った。
「うまかったか?」
父はもう一度尋ねると漠が首を縦にふる。
「美味だった。やはり、子供の『夢』はうまい」
そういいながら、うっとりした顔で桃志朗のほうへと視線を向ける。すると父が桃志朗を自分の後ろに隠す。
「おれの息子には手出しさせないよ」
父獏を睥睨する。
「邪魔をするのか?」
「当たり前だ。お前はやりすぎだ。子供たちは、廃人になっているじゃないか」
「知れたことよ。わしが食らったぐらいで廃人になるぐらいだから、子供もたいしたことがないだけだ」
「どういう意味だ?」
父が一瞬眼を大きく見開いたのちに、目を細めて獏をみた。
「昔がもっと美味だったということだ。最近の子供も昔と変わらず美味なのだが、足りないのだよ。以前は、食らっても食らっても
子供の中で『夢』がうまれておったのに、
いまは、一度食らえば、すぐになくなってしまうのでなあ」
「なるほど」
父は獏の言葉に納得したようにうなずく。そのようすに桃志朗はどういう意味なのかと首をかしげる。
「しかし、その子供は、大丈夫そうだな」
そういって、桃志朗に狙いを定めた。
「桃志朗?」
「ああ。その子供は、『夢』で満ち溢れている。どうだ、その子供の『夢』をわけてくれぬか。そうしれば、元に戻してやる」
「どうやって?」
「しれたことよ。われは『夢食い』であり、『夢を操る獣』だ。子供に別の『夢』を与えるだけだ。さあ、どうする?」
だったら最初からそうすればいいのにと思いながら桃志朗は父の方をみる。父はしばらく考え込んでいた。いったいなにを思っているのか、その表情からは読みとれない。
桃志朗が不安に思っていると、父の表情がなにかひらめいたかのように目を上を向いたかとおもうと、桃志朗を見た。
「たしかに、桃志朗はは夢いっぱいだな。っていうか、よく張りだから、獏に食われてちょうどいいのかもしれない」
「へ?」
桃志朗は父の言わんことがわからずにまばたきを何度もする。
「食っていいぞ」
「とっ父さん?」
桃志朗は、思わず叫んだ。
「お前は、みんなを助けたいのだろう?」
「そ……そうだけど……」
「大丈夫。ちょっと、『夢』をこの獏に与えるだけだ」
「そ……そんな……」
もしも自分の『夢』を食われてしまったらどうなってしまうのだろう。
桃志朗は昼間のクラスメートたちの曇った表情を思い出す。あんなふうになってしまうのかと思うと不安で仕方がない。
すると父がぽんぽんと桃志朗の頭を叩く。
「だから、大丈夫だって……ちなみにお前の『夢』は?」
「えっと、サッカー選手、あっ。野球選手もいいなあ。父さんみたいな小説家もいいし……」
「確かに『夢』の宝庫だな」
獏があきれたようにつぶやいた。
「だから、一つや二つなくしても大丈夫さ。
俺に似て立ち直りが早い。……というわけで交渉成立だ」
父は漠の方をみる。
「勝手なこと決めるな」
「いいじゃねえか? これも人助けと思って、快く犠牲になれ」
桃志朗はどうも腑に落ちない気持ちでいながらもシブシブ承諾した。
「わかった。じゃあ、約束だからね。絶対にみんなを元に戻して」
「ああ、わかった。それじゃあ、いただくとしよう」
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