第16話 赤鳥
▷▷▷▷アダミャン◁◁◁◁
マルヴィン王国の王女、エルマイナの実の弟であるアダミャン・イヘル・マルヴィン(貴族位A)。
高貴なる我は、今、不釣り合いな場所に来ている。
マルヴィン王国とアスラーニ王国の国境近くに位置する街、ララーナ。
豊かな土壌と綺麗な川が流れるこの街は、主な財政源は農業となっており、領民もそれなりに多い。
だが、所詮は田舎街・・・。
なぜ高貴な我がここに来ているか、それは、ララーナの領主の娘が婚約者だからだ。
娘の名はウルラ・ララーナで、見た目は悪くないが如何せん、貴族位がCランクと低すぎる。
王族であり貴族位Aの我が、なぜこんな田舎娘を婚約者とせねばならないのだ。
初めは、他国の王女や高ランクの貴族との婚姻話もあったのだが、全て破談となった。
国政はもとより、商業でも類い稀なる才能を持つ我との婚姻を断るなど、馬鹿にも程がある。
だからといって、田舎娘の低ランク貴族では尚更話にならない。
コンコンッ
「入れ」
待たされていた応接室の扉がノックされ、返事をする。
「お、お待たせして大変申し訳ありませんでした」
入って来たのは、婚約者のウルラだ。
一緒に入って来たメイドが、我のカップに紅茶のお代わりを淹れる。
「構わん。突然来たのだしな」
紅茶を一口啜ると、心底鬱陶しそうに杓子定規の言葉を返す。
何の約束もないまま、数ヶ月前に書面で決まった婚約者の家に来た理由は、祝い、だ。
婚約の祝いなどではない。
『スウィーツのマルティナ』を王都から排除することに成功し、我の店、『アダミャン』の発展が約束された祝いだ。
「それで、アダミャン様。ほ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「なーに。婚約者の顔でも見ておこうかと思ってな」
「そ、そうでしたか・・・」
気に入らない女だ。
我が会いに来たと嘘でも言ってやったのに、笑顔ひとつ見せず、顔を引き攣らせるなんてな。
我を前に緊張しているのか?
なら、まだ可愛げがあるがな。
まぁ、我とて、こんな田舎娘に会いに来たのではない。
祝いに、馴染みの娼館に来ただけだ。
我程高貴な身分になると、女遊びもある程度離れた街に来る必要がある。
どの道、王都ではなぜか出入り禁止となっているのだがな。
「今晩は泊めてもらうぞ。夕食は不要だ」
「・・・、分かりました。直ぐに部屋を用意いたします」
それにしても、この田舎娘、なかなか良い体をしているな。
出るところがしっかり出て、腹も引き締まってる。
「夜は我の部屋に来い」
「ひっ。そ、それは・・・、何卒、ご容赦を」
「我に逆らうのか!?」
ウルラは恐怖に慄き、ソファーから滑り落ちると、後ろに控えていたメイドがすかさず守るように抱きしめた。
カツンッ
カツンッ
メイドを引き離そうとした時、部屋にある窓が何者かによって叩かれる音がした。
素早く窓の方を向くと、そこには赤鳥が2羽いた。
「せ、赤鳥だと!!」
赤鳥は伝鳥の種類のひとつ・・・
伝鳥はあらかじめ個人の魔力子を覚えさせた特殊な鳥に文や音声を届けさせるもの。
その中でも赤鳥は、急を要する事態が発生した際に飛ばされる鳥だ。
急を要するといっても、余程のことがなければ飛ばせることはなく、我も初めてとなる。
窓を開けると、2羽の赤鳥は迷うことなく我の肩に止まった。
ウルラ宛の可能性もあったが、貴族位C如きで赤鳥がくるはずもないか。
1羽の赤鳥は首輪部分に文が挟まっており、もう1羽はどうやら首輪部分が光っているため、音声データのようだ。
▪️赤鳥1羽目:文
直ぐに戻れ。これは王命だ。
女王、エルマイナ・イヘル・マルヴィン
▪️赤鳥2羽目:音声
『ガミルだ。スウィーツのマルティナの件、女王に勘付かれた。至急対策を講じるように』
1羽目は女王からで、2羽目は予算管理を主に担っている大臣のガミルだった。
「くそ!!我の計画が!!」
ララーナの領主邸にいることも忘れ、テーブルの上にあったティーカップを投げ飛ばした。
ウルラとメイドが悲鳴を上げる。
「まずい、まずいぞ!!なぜこんなにも早く足がつくのだ!!あの姉妹は所詮、ただのスウィーツ屋だろう!!どうして拘るんだ!!」
このまま戻っても追求されれば終わりだ。
王国宛の書状をガミルに頼み、勝手に使ったのだからな。
こうなれば、あの姉妹を攫うか・・・
我は領主邸を飛び出すと、待機していた護衛と宿屋で休息していた御者を呼び、すぐさま出発した。
あの姉妹の居場所は、アスラーニ王国の王女の生誕祭の噂が真実であれば、王都アスラーニしかないだろう。
アダミャンは知らないが、この数日後、今回のララーナ領主邸での出来事を領主並びにラウラが女王に訴え、婚約話は破談となった。
アダミャンの悪評は、王都以外の街にも知れ渡っている。
だからこそ、破談になったことをラウラが心の底から喜び、安堵したのは言うまでもない。
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