第10話 開店初日
『スウィーツのマルティナ』の新たな門出の日を迎えた。
お店の外には、商業ギルドのミレルさん、昨日来たフレデリクさん、誕生祭がうまくいったのか、アスラーニ王国の王女様直々の名で届いた祝いの花が飾ってある。
開店初日の客足は期待していなかったのだが、花の効果なのかオープン1時間前から既に行列が出来ていた。
マルヴィン王国の時も初日の来店は殆どなかったのだが、嬉しい悲鳴とはこのことだ。
「稼ぎ時」
「もう、リリったら。けど、行列が凄いことになってるから、オープン早めようか?」
「その案、賛成」
リリは営業中の定位置であるショーウィンドウまで走ると、ピースサインを見せる。
私はお店の扉を開くと、立て札を『Open』にした。
「スウィーツのマルティナ、予定より早く開店します。いらっしゃいませ」
「ご足労、感謝する」
オープンと同時にお客様が次々とシュークリームとマカロンを買って行く。
「シュークリーム30個お願い」
「マカロン、40個」
「シュークリーム50個頼む」
一人一人、注文する量がかなり多いのだが、皆、身なりの良い服を着ていることから、貴族かその使者であることが容易に分かった。
「シュークリームを4個お願いします」
「マカロンを2個でも大丈夫かしら?」
貴族の波が終わると、次第に私達と同じ平民のお客様も増えて安堵する。
「し、信じられない!!ポ、ポーションも売ってるのか!!この色、品質もかなり良いい」
ポーションは通常市場に出回らない希少品のため、以前、ミライさんからアドバイスをもらい、1本5万Gと高めに価格設定している。
冒険者風の格好をした女性は、ポーション棚の前で悩んでいたが、最後には2本買って行った。
「ポーションは高利益」
リリが満足そうに笑みを浮かべる。
確かに、スキルのお陰でほぼ原価はかかってないからね・・・。
オープンから2時間経過し、少しづつ行列が短くなってきた時、横柄な男が護衛を引き連れてお店に入って来た。
「光栄に思うがいい。アスラーニ王国、ブレンカの街の領主、貴族位Bのアモス様がこの店を買ってやる」
店内に入ってくるや否や、大声で意味の分からないことを叫んだ。
周りのお客様の冷ややかな目線はまるで気になっていないようで、自身に陶酔しているような、気持ち悪い顔をしている。
「割り込みはダメ。買うなら並ぶ」
リリの言葉に店内のお客様がクスクス笑い出す。
「生意気なガキが。本来なら不敬だが、もう一度チャンスをやろう。この店を私に渡せ!!」
「それは、レシピを含めて全て渡せと言う事でしょうか?」
「そうだ!!お前達が望むなら、そのままここで働かせてやってもいい」
アモスと名乗った男は、真っ当な売買を結ぶ気はないらしく、乗っ取りが目当てらしい。
私は深く溜息を吐くと、感情なく言った。
「お断りします。他のお客様の迷惑になりますので、お引き取り下さい」
「な、なんだと!!貴様、高貴族に対する不敬は厳罰対象なんだぞ!!」
「商業ギルドの規定に則り商いをしております。それを、売買契約もなしに渡せとは、不敬になるとは思えませんが?」
「生意気なガキめ!!おい、捕まえろ!!」
5人の護衛が私を捕らえようと距離を縮める。
倒すのは容易だけど、後々のことを考え、私はポケットからある物を取り出して見せた。
「これが分かりますか?貴族位Bに引けを取らないと思いますが」
「な、何!!商業ランクCだと!!」
私がポケットから取り出したのは、商業ギルドカード。
以前にも話したが、商業ギルドは国直轄組織であり、国への貢献によってランク分けされる。
Cランク以上は高ランカーで人数自体が少なく、国としても丁重に扱うべき存在。
「しかも、その子達は今日、Bランクに昇格予定よ」
「えっ?」
「聞き覚えのある声」
店内の人だかりを掻き分け、現れたのはミレルさんだった。
「行列が進まないから来てみれば、いたいけな少女達を虐めてるとはね」
「誰だ貴様は!?」
「あら、貴族なのに知らないのね。私は王都の商業ギルドマスター、ミレルよ」
「ギルマスだと・・・」
アモスが狼狽え、護衛達も額から大量の汗が噴き出ている。
国直轄組織のギルドマスターならば、貴族ですら蔑ろにできない存在なのだろう。
「ギルマスが何故こんな場所に!?」
「何故って、期待のお店の開店初日だし。お店の外には私が宛てた花もあったんだけど、気づかなかったかしら?」
「ぐっ・・・」
「王女様からの花もあったのだけれど、その意味、理解できるかしら?」
「なっ、ニコエルが花を!?」
「王女様を呼び捨てとはね〜」
王族が特定のお店に花を贈るのは稀であり、正式ではないが『特別な場所』という意味があると、後でミレルさんに聞いた。
『特別な場所』を害されれば・・・、容易に想像ができる。
「くそが!!行くぞ!!」
私達を睨みながら、アモスと護衛は他のお客様を乱暴に払いながら店を出て行った。
私は慌ててお客様に謝罪をする。
「今日は、マカロン一つ、サービス。もってけ、泥棒」
リリの一声で、店内の雰囲気は何とか良くなり、また、ミレルさんが手伝ってくれたため、無事、初日の営業が終わった。
「終わったわね」
「ミレルさん、ありがとうございました」
「感謝の意を告げる」
「いいのよ。それじゃ、商業ギルドに行きましょうか」
ミレルさんのその言葉に、休む間も無く商業ギルドへ連れて行かれることになった・・・
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