第9話 王女の願い
▷▷▷▷ニコエル◁◁◁◁
私はアスラーニ王国の王女、ニコエル・ロヘル・アスラーニ。
今日は私の15歳の誕生日。
国王である父と、王妃である母に前もって欲しいものを聞かれた私は、とある物をお願いした。
マルヴィン王国で空前のブームとなっているスウィーツ・・・。
マルヴィン王国の女王、エルマイナ様とは普段から懇意にさせていただいているのですが、最近の文のやり取りでは必ずスウィーツのことが書かれている。
見た目も可愛らしいそのスウィーツというものは、香り豊かで上品な甘みを有しており、とても美味なそうだ。
エルマイナ様には珍しく、文伝にも興奮しているのが分かる。
マルヴィン王国までは馬車で片道2週間以上かかるため、王女である私が訪問するのは容易なことではない。
道中、魔物や盗賊に襲われる可能性もある。
きっと、叶うことはないだろう
私は私室の窓から空を眺めながらため息を吐いた。
コンコンッ
「ニコエル様。時間となります」
「分かりました」
侍女に呼ばれ、私は誕生祭の会場となるパーティーフロアへ移動した。
私の挨拶で始まった誕生祭は、各出席者が贈答品を渡す催しに移った。
貴族達が列を成し、次々と私に贈答品を手渡していくも、どれも普段と変わらないドレスや貴金属ばかりだった。
裏感情が強い貴族とはいえ、贈答品はその人の気持ちが少なからず込められている物。
私は笑顔を作り、一人一人お礼を述べて行く。
私の要望が我儘なのは重々承知していますし、叶うことも期待はしていなかったのですが、やはり寂しいものですね。
列の最後になり、そこにいたのはアスラーニ王国のブレンカの街の領主、アモス・オルバン(貴族位B)だった。
アモスは何度断っても婚姻を望んでくる貴族で、会うたび私の体を食い入るように見てくるため、正直苦手だ。
今日もその汚らわしい目で上から下まで見てくると、満足気に笑い、複数の簡素な箱を渡してきた。
「ふふふ。美しいニコエル王女のために、アスラーニで話題のスウィーツを用意しました」
「スウィーツ?」
汚らわしいアモスの目線も忘れ、私はその言葉に歓喜する。
私が知らないだけで、我がアスラーニにもスウィーツがあったのですね。
毒感知スキルを持つ従者から許可が出ると、私は一つの箱を開けた。
中に入っていたのは、見た目は土の塊で、甘い香りなどまったくしないものでした。
「これがスウィーツ?」
「左様でございます。さぁ、お召し上がり下さい」
やや下品ではありますが、パンのように直接手に取ると、一口分切り離し、口に入れた。
「ゔっ!!」
表情に出ていなければいいが、恐らくは無理だっただろう。
あまりにも酷い味に、声までではなく、顔も顰めてしまったはずだ。
「に、ニコエル王女?」
「失礼しました。こちらの食べ物、アモス様はお食べになったのですか?」
「い、いえ、それは・・・」
「そうでしたか、ありがとうございました」
恐らく、他の箱の中身も同じようなものでしょう。
本人は買い占めていい気になっているのでしょうが、他の貴族は予め自らが口にし、贈答品には相応しくないと判断したのだ。
「しかし、まだ開けてない箱が・・・」
「もう、結構です」
思わず語気が強くなってしまい、アモスを含め、他の貴族達からも不穏な空気が流れてしまう。
父と母が心配して駆け寄ってくれましたが、会場の雰囲気は悪いままだ。
「遅れて申し訳ありません」
その時、1人の男性が煌びやかに輝く綺麗なガラスの箱を持って私の前に現れた。
「あなたは、確か・・・」
「はい。ルーベンの領主、フレデリク・シュミット(貴族位C)と申します」
顔は何度か見たことがありますが、貴族位Cには多くの人がおり、名前までは失念してしまっていた。
フレデリクは気にする素振りも見せず、煌びやか箱を私に渡してくる。
「こちらは、スウィーツになります」
「スウィーツ・・・」
少し前の土の塊が頭の中に蘇り、力無く呟いてしまう。
「私自身が口にし、感動した本物のスウィーツです。どうか一口だけでも」
フレデリクは急いで来たのでしょうか、額からは汗を流し、少し衣服も乱れていた。
きっと、街を探し回り、懸命に探してくれたのかもしれない。
「貴様、何という格好で私のニコエルの前に!!」
「お黙りなさい!!いつから、私があなたのモノになったのかしら?」
「あ、いえ、つい・・・」
信じられない言葉を発したアモスを窘めると、私は従者に合図をもらい、箱の蓋を開けた。
「き、綺麗・・・」
薄い茶色の食べ物はよく分からなかったが、その隣には赤色や黄色、薄緑色の綺麗なスウィーツが入っていた。
私は赤色の小さな丸いスウィーツを手に取り、一口齧った。
口に入れた瞬間、15年間で食べたことがない香りと甘みが口中に広がり、心地よく喉を通って行った。
「お、美味しいですわ!!」
私は皆の御前ということを忘れ、恥を覚悟で次々とスウィーツを食べていく。
「皆様の分も用意しましたので、是非ご賞味下さい」
フレデリクが持参したスウィーツが配られると、周りから歓声が上がった。
フレデリクは、皆の視線を私から逸らすために他の貴族に配布してくれたのかしら?
「少し前、私自身、このシュークリームとマカロンを食べて我を忘れてしまいましたから」
フレデリクは照れながら小声で話してきた。
何でしょうか。
失礼ながら、見た目は好みではないのですが、心が騒めいているのを感じます。
と、いいますか、今、何と?
「シュークリームとマカロンとおっしゃいましたか?」
「はい」
「もしや、その店の名は?」
「スウィーツのマルティナです」
フレデリクの言葉を聞いた私は、自身の願いが叶った嬉しさから思わず涙してしまうのでした。
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