第37話

 ファヴが城壁に衝突した瞬間、慣性操作イネルコン身体強化オーガメントの魔術式を頭の中に並べる。勢いのまま壁に叩きつけられそうになったが、慣性操作イネルコンによって力学を操作し、ぶつかる衝撃を和らげる。ぶつかる瞬間、ソフィーとフレッドを抱えたまま壁に向けて足を向け――


 ――思い切り踏ん張りながら蹴飛ばした。


 そのまま空中で回転。あとは重力の赴くまま地面に向かって落ちるのだが、今度は風力爆破ウィンドプレジャーで風を巻き起こし、落下速度を下げる。どうにか、着地。


 脇に抱えられたソフィーは大きな目を更に大きく見開き、俺を見ていた。


「お兄ちゃん、すごい……」

「ケガは無いか?」

「うん」


 惚けたような顔で俺を見ているが、今は相手をしている余裕はない。フレッドを地面に下ろし、自分の体を確認。


 うん、足が死ぬほど痛い。


 壁を蹴った時に無理しすぎて負傷したらしい。治癒魔術ヒールを使ったところで、多少痛みが緩和した程度だ。そもそも治癒魔術ヒールは小さな傷を治したり、止血や消毒、鎮静作用しかない。使い手次第では、大きな傷も治るようだが、俺にできるのは、誤魔化し程度のものだ。


「ファヴ、失敗」


 瓦礫の中から素っ裸になったファヴが現れる。ソフィーが「ファヴちゃん、服! 服!」と慌てていたが、ファヴは無視したまま俺に近づいてきた。


「ファヴ、アイン、服、もらった。もう無い。悲しい。ひと、滅ぼす」

「人は滅ぼすな。また飛べるか?」

「しばらく、無理……ファヴ、翼、穴、開いた。許さない。滅ぼす」

「怒ってるところ悪いが、逃げるぞ」


 不意にファヴが俺の腕をつかみ、そのまま俺を投げ飛ばした。

 光の弾がファヴに直撃し、瓦礫へと叩きつけられる。


「ファヴ!!」

『アイン! 魔術障壁リジェクション!!』


 ルリアの声に「魔術障壁リジェクション!」と叫ぶ。不可視の壁が光弾を弾くが、逸らすだけで精一杯だ。肩を光弾がかすめていく。


 魔術弾丸バレットにしては貫通能力が高すぎるし、なによりファヴを傷つけることなどできるはずがない。


「なんだ、これ……!!」


 ソフィーとフレッドが危ない。混乱しているヒマも無い。土砂操作サンドスウォームで咄嗟に地面の土を隆起させ、簡易的な障壁にした。


 ズキリとコメカミが痛んだ。

 魔力疲れだ。魔力の枯渇が近い。俺は俺で大きな瓦礫の背後に隠れながら、ファヴのほうへと視線を向ける。ファヴの気配がない。


まさか、先ほどの光弾で死んだのか? 勇者でもいなきゃ倒せないフレイムドラゴンだぞ?


「ファヴ! 生きてるか! ファヴ!!」


 叫んだところで返答は無い。

 嘘だろ……。


「ファヴ!! 返事をしてくれ、ファヴ!!」


 俺を庇ってくれた。

 邪竜のくせに俺を――


「ファヴ!! 頼むから返事をしてくれよっ!! ファヴ!!」


「うるさいですねぇ……」


 その声に視線を向ける。法衣をかけた甲冑騎士が現れた。右手には短い二股の音叉のような槍らしきモノを手にしている。


 あの得物も気になるが、それ以上にあの法衣は……。


「……聖騎士パラディン


 どうしてグリムワに巡回説教者サーキットライダーどもがいるんだよ?


『あれは、まさか……ヴォルフ……?』


 その声に視線を向ければ、ルリアが呆然とした顔で、聖騎士パラディンを見つめていた。

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