第38話

 惚けたルリアに問いかける。


「なんだ、知り合いか? まさか、十勇士セフィラってことは無いよな?」

十勇士セフィラではありませんわ。聖都の学び舎でともに学んだ友人ですわね』


 どうにも声に覇気が無い。


「復讐対象じゃないのかよ?」

『彼は――』


 ルリアの声を遮るように背後の岩が爆発四散した。その衝撃につんのめりながらも、受け身を取る。無意識のうちに魔術障壁リジェクションを発動し、光弾を弾いた。すごいな、俺。いつの間に、こんなことができるようになってんだよ……。


「下級冒険者と聞いていましたが、随分と反応がいいんですね」


 ヴォルフと呼ばれた聖騎士パラディンは、この状況とは不釣り合いなくらい爽やかな口調だった。手に持つ二又の槍の穂先は魔力が集まり、輝いている。

 ファヴを撃ったのも、あのアーティファクトなのだろう。


「ソフィーは魔女じゃない。俺たちは何もしてない! 見逃してくれ!!」

「先ほど、壁を破壊したじゃないですか」


 言葉と同時に光弾が放たれる。魔術障壁リジェクションで弾こうとしたが、今度は魔術障壁リジェクションを撃ち抜かれた。とっさに体をよじったが、左肩を抉られる。


「どうせ死ぬなら、衆目監視の下、くくられて死んでくれませんか? せっかく魔女を処刑するんです。派手に楽しくやらないと!」


 大きな声で語り掛けてくる。


「楽しくだと?」


 なに言ってんだ、あいつ……。


「久しぶりなんですよ、魔女の処刑。せっかくですから、近隣の都市にも宣伝して、派手なショーにしたいんです。どうせなら、兄妹二人で違う処刑方法ですね。妹は首吊り。兄は火あぶり。関係者の男は首を刎ねる。いいガス抜きになるんですよね」

「ガス抜きってどういう意味だよ!!」


 右手だけで剣を構えつつ会話をする。少しでも時間を稼がなければ……。

 ヴォルフとの距離は遠い。100マトルくらいはあるだろう。ついでに、あの光の弾がヤバい。ただの魔術とは思えなかった。


「ガス抜きはガス抜きですよ。数千人が幸せに生きるためには、一人二人の犠牲は常に必要なんです。人の残虐性や暴力性、未来への恐怖。それら全てを魔女に向けさせ、処刑と共に人々の感情を天に捧げる。王神の御業ですね」


 さも当然と言いたげな顔で言っているあたり、狂信者らしい。


「だから、あなたたちのことは殺したくないんです。というか、あなたがたに自由に死ねる権利なんて無いと思ってください」

「ふざけるなっ!!」


 叫びながらも考える。

 俺の使える戦闘向けの魔術は屍骸操作ネクロマンシー屍肉腐蝕クロージョン身体強化オーガメント慣性操作イネルコン魔術障壁リジェクション魔力感知サーチ火球操炎フレイム風力爆破ウィンドプレジャーなどの魔術だ。


 まあ、屍骸操作ネクロマンシー屍肉腐蝕クロージョンは、基礎というレベルじゃないが、他は一般的な魔術である。


 普通に考えたら、アーティファクトを装備した聖騎士パラディンに勝てるとは思えない。だいたい、聖騎士パラディンってのはアホみたいに強いというのが通説だし、実際、ファヴをノしている。


「大人しく投降してください。死なれると困るんですよね。私、手加減とか苦手なので」


 ――相手の身になって考えろ。


 先ず間違いなくヴォルフはこちらを舐め切っている。でなければ、話し合いなどに移行しない。これまでの戦闘で、こちらの戦力を把握し、実力行使で制さずとも勝てると判断したのだろう。交渉で解決しなければ、容赦なく葬れるという余裕が見て取れた。


「投降しても、どうせ殺すつもりなんだろ!」

「しばらくは生かしておきますよ。そうですね、一月は保証しましょう」


 実際、真っ当な戦闘力では、こちらが不利だと思う。

 いくら修行して強くなったとはいえ、俺の冒険適性値レベルは中級冒険者程度。騎士との戦いも、基本は近接戦闘特化であり、遠距離での魔術の撃ちあいは敵のほうが圧倒的に有利だ。


 逆に近づけば、やりようがあるかもしれないが、腐っても聖騎士パラディンならば近接戦闘の能力も高いだろう。それでも、近づく他無い。


「俺は投降してもいい。でも、妹は逃がしてくれ」

「お兄ちゃん、ダメ!!」


 土砂の壁にはりついて隠れながらも、ソフィーが叫ぶ。


「妹のほうこそ逃がせないですよ。そうですね……」


 なにか考え込むようにヴォルフが黙る。


「むしろ、ここで妹を見捨てると、あなたが言えば、あなただけは逃がしてもいい」


 なに言ってんだ、こいつ……。

 などと考えず、テキトーに会話に合わせながらどうするべきか考える。


「そんなこと俺が言うわけないだろ!!」


 叫びながら考える。このまま遠距離で狙い撃ちされたら、絶対に勝ち目は無い。

 それなら近づくほかなかった。


「麗しい兄妹愛というやつですね。でも、そういうの、魔女には要りません」


 槍が光った瞬間、右腕を撃ち抜かれた。思わず「あぐっ!」とうめいてしまう。


「左肩、右腕、次はどこを撃ち抜きましょうか?」

「お兄ちゃん、逃げて! 私はいいから!!」

「うるさいですねぇ」


 光った瞬間、ソフィーにも光弾が放たれる。


「やめろ! ソフィーに手を出すな!!」

「あなたが見捨てると宣言すれば、うまくまとまりますよ。あなたは助かり、妹は吊るされる。現状、お互いに得しかないと思いません?」


 おそらく、俺の心を折りたいのだろう。

 さっさと暴力で解決したら早い話なのに、そういうことをしないところが、本当に性格が悪い。


「ふざけるなっ!!」


 と、怒った振りをしつつ俺は魔力感知サーチを飛ばす。一瞬、目の前が暗くなる。俺の魔力切れも近い。マジでやべぇな……。

 でも、今の魔力感知サーチでファヴが生きていることはわかった。死んでいたら、魔力も消えている。


(ファヴ、起きろ! ファヴ!! 起きてるなら声を出さずに念話で応えろ!!)


 ルリア曰くグループ通話モードの念話ならば、俺の思念が聞こえていたファヴにだって同じことができるはずだ。


(アイン、痛い……)


 ファヴは生きているようだが、思念も悲しそうな口調だった。こいつも強いくせに、案外、メンタルが弱いらしい。バケモノなら、メンタルもバケモノであれよ、まったく……。


「さあ、どうしますか? こうして待っていると、いずれは騎士団の方々もやってきますよ? そしたら、あなたは絶対に逃げられない」


 葛藤する振りをしながらファヴに思念を飛ばす。


(お前、あいつと戦えるか?)

(……ファヴ、墜とされる前、勝てた。今、ファヴ、弱い。痛い。勝てない)


 ベストコンディションなら勝てるが、現状は無理ということなのだろう。邪竜でごり押し作戦も無理そうだ。となれば、残された手段は悪霊に全てを任せるくらいだが、頼りの悪霊も、相手が知り合いのせいなのかテンションが低い。

 邪悪なくせにメンタル弱いのは、やめてほしいよ、まったく……。


(じゃあ、お前は、逃げろ)

(アイン、置いてく。無理)


 俺のことを最終的に食おうと思っているくせに、こういうことを言いやがるから困る。本当に困る。邪竜だってのに切り捨てにくいじゃないか……。


(違う。これは作戦だ。お前が派手に逃げてくれれば、俺がお前を撃ったクソ野郎に一発入れてやる)

(……本当? アイン、死なない? アイン、死ぬ。ファヴ、悲しい。ひと、絶対、滅ぼす)

(俺が死んでも人類を滅ぼすんじゃないよ)


 やっぱり邪竜なんだよなぁ……。


「さあ、どうしますか? これが生き残る最後のチャンスですよ? お兄ちゃん」

「てめぇにお兄ちゃん呼ばわりされる筋合いは無ぇよ!!」


 叫んだ瞬間、ファヴに「やれ!」と思念を送った。

瞬間、瓦礫が大爆発を起こし、火炎をまとった竜が現れる。

 ヴォルフが凝然と驚き、視線を向けた。


 頭の中で魔術式を並べる。身体強化オーガメントで地面を蹴る。脳を直接ぶん殴られたかのような痛みに襲われるが、無視して慣性操作イネルコンを発動。


 一気に距離を詰める。

 ヴォルフが凝然と目を見開く。胸を狙った剣の刺突を、槍の柄で上に弾かれた。剣も飛ばされてしまう。とっさに、この反応。やはり近接戦闘能力も高い。

 その勢いのまま槍をクルリと回し、石突きが俺のコメカミを打った。俺は膝から崩れ落ちる。


「本当に雑魚のくせに愚かですね」


 そんな声を聞きながら俺は必死にヴォルフの腰辺りをつかんだ。


「高そうな鎧なのに、もったいねぇ……」


 瞬間、屍肉腐蝕クロージョンを発動。腐蝕の魔術で一気に鎧を腐らせ、そのまま体も破壊する。


「ぎゃああああああああ!!」


 ヴォルフは絶叫をあげながら俺から逃げようとするが、俺は放さない。


「この雑魚がぁぁぁぁっ!!」


 必死に俺を引っぺがそうとするが、放すわけにはいかない。

 このままこいつを俺の魔術で腐らせて――


 ――目の前が真っ黒に落ちていく。


 ああ……魔力が……切れ……嘘……だろ……。

 まだ……敵……生きて……。


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