第35話

 ソフィーは椅子に縛られたままうなだれていた。

その全身は水で濡れており、服がペッタリと肌にくっつている。寒かった。水責めと魔術による電撃のせいで、疲れてきっているせいもあるのだろう。


 体が震える。寒さのせいか恐怖のせいか、自分にもわからない。

 だが、心はまだ折れてはいなかった。


 何度も何度も濡れた布を顔にかぶせられ、その上から水をかけられた。溺れるように苦しくてたまらなかった。意識を失えば、魔術によって電流を流され、強引に覚醒させられる。


 泣く気力さえ失い、ただただ「助けて」と懇願することしかできなかった。

 それでも、アインのことは何も話さなかった。

 自分を拷問していたヴォルフもため息をつきながら「強情ですね」と楽しそうに笑った。


「愛の力というものですか? 私、好きですよ。そういうの」


 言いながらソフィーの首をつかむ。


「そういう崇高なモノが崩れる瞬間を見るのが大好きなんです。処刑までの間、がんばってくださいね」


 最後に電流を流され、ソフィーは意識を失った。気づけば、椅子に縛られたまま、こうしてうなだれているのだ。


(お兄ちゃん……)


 アインのことを考える。それだけで耐えられる。何度も何度も自分は死にかけたし、アインに救われてきた。だから、耐えられる。その恩義を返さず、死ぬことだけはできない。


「ソフィー!!」


 幻聴かと思った。


「しっかりしろ! ソフィー!!」


 いくら正義の味方のアインだって、こんなところまで自分を助けに来るはずがない。夢か何かだろう、と朦朧とした意識の中、思う。


「今助けてやるからな!!」


 その声と同時に自分を拘束していた何かが外された。体が自由になり、前に倒れかけた瞬間、あたたかな気配に抱き留められた。


「もう大丈夫だからな! 安心しろ、ソフィー!」


 皮鎧越しに感じる温かさ。背中に回される腕は、これまで何度も自分を抱きしめてくれた優しさの形をしていた。


「お兄……ちゃん……?」


 目を開ける。兄の匂いがした。

 大好きな人の汗の香り。


「どうして……?」


 なんて馬鹿な人なんだろう、と目頭が熱くなる。背中に感じる抱擁の熱が、そのまま胸の奥まで温かくする。


「お前を助けに来たんだよ」

「どうして……?」


 逃げてよかったのだ。だって、二人で逃げるのは無理だと思ったから。


「お前を置いて逃げるわけねぇだろ!」


 アインは変わらない。なにがあっても、ずっとあの頃から同じだ。

 涙が出てくる。


「お兄ちゃんの……バカ……」

「うるせぇ」


 こういう時、自分がアインの妹に産まれたことを心から嬉しく思い、同時に悔しくも思う。


「……大好きだよ、アイン」

「ああ、俺もだ」


 耳朶をくすぐる優しい声音。

 きっと自分とアインでは好きの意味は違うのだろう。それでもいい。

 今は、それでもいいのだ。


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