第34話

 俺は思わずフレッドに駆け寄った。ファヴに「もっと明るくしてくれ!」と頼んだら、火が大きくなる。フレッドの指は全て折られており、爪がはがされ、そのうちのいくつかは切り落とされていた。

 左目には眼帯がされ、血がにじんでいる。もしかしたら、目を抉られているのかもしれない。


 駆け寄って抱えながら名前を呼んでも、うわ言を繰り返すばかりだ。


「アインのことは……なにも知らな……い……」


 もしかして俺のせいで巻き込まれたってことか……?

 フレッドは関係ないだろ……? どうして、こんな……。


治癒魔術ヒール


 ケガを治す魔術を発動するが、それでは足りない。多少の沈痛効果はあったようで、表情は和らいだが、失った指も目も元には戻らない。


「おい、悪霊。フレッドの指を元に戻すにはどうしたらいい?」

治癒魔術ヒールでは無理ですわね』

「こいつは料理人なんだぞ!! これじゃあ、もう包丁も持てないじゃないか!!」


 そんなの、あまりにも残酷だ。


『わたくしの魔術なら欠損の再生も可能ですわ。ただ、急がないと間に合いませんわね』


 言いながらしゃがみこみ、俺の顔の真ん前でニコリと微笑んだ。


治癒魔術・改参ギガ・ヒールで身体欠損を回復させるには、ケガをしてから三日程度が限度ですわ。急がないと治せませんわよ?』


 治癒魔術・改参ギガ・ヒール治癒魔術ヒールの上位互換の魔術だ。魔術は、その情報量や効果によって名前が変わる。一般的にキロ、メガ、ギガ、テラ、となるのだが、治癒魔術・改弐メガ・ヒールを使える者でも、引く手数多の治療術師になるらしい。


 らしい、というのは治癒魔術・改弐メガ・ヒールを使える冒険者がグリムワにはいないからだ。それだけ治癒魔術ヒールの魔術は修得が難しく、重宝される。治癒魔術・改参ギガ・ヒールともなれば、冒険適性値レベル500を余裕で越える勇者クラスの実力者となるのだろう。


『わたくしなら、救えますわよ? ほら、急がないと』

「……道標看破メティス・ロゴスを使え。覚えるまで修行する」

『オススメしませんわ』

「なんでだよ?」

治癒魔術・改参ギガ・ヒールの習得には、才能があっても数十年はかかると言われていますもの。あなたは魔術の才がありませんから、普通に生きていたら寿命が尽きる前に修得は不可能ですわね』

「百年くらいかかるってことか?」

『それ以上かかるんじゃなくって? 仮に百年だとしても一日一秒換算で、ざっと35600秒。10刻近くかかりますわよ? 明日の朝になってしまいますわね』


 そう言ってから邪悪な笑みを浮かべる。


『さあ、考えるまでもありませんわ。わたくしに、その体を差し出しなさい。あなたに代わって、フレッドもソフィーもわたくしが救ってあげますわ』


 こいつ……。

 人の弱みにつけこんできやがったか……。

 感情的に今すぐフレッドを助けてやりたいのはやまやまだが、流されてはいけない。


「……ファヴ、フレッドを運べるか?」

「ファヴ、余裕」

「だったら運んでくれ」

『あら、この場で助けなくていいのですか?』

「フレッドも連れて逃げればいい。ここで修行は無理でも、逃げた先なら可能かもしれないだろ? それでも無理なら、お前に頼るかもしれないけど、それは今じゃない」

『二人も足手まといを連れて逃げられるとでも? 辺境とは言え、騎士団を舐めすぎですわよ?』

「うるせぇ。やってみないとわかんないだろうが」


 そう言って俺は牢屋を後にし、もう一つの反応がある場所へと向かった。その間、ファヴがズリズリとフレッドを引きずっていたので、結局、俺が背負うことになった。


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