第33話

 夜陰に紛れながら俺は通りを駆けた。

 目指すは警邏隊の詰め所だ。犯罪者を収監したり取り調べる場所のため、中央通りから少し離れた場所にある。城壁近くにあるため、年中日当たりが悪く、夜になったせいもあって周囲の空気まで湿っていた。


 居並ぶ建物から少し離れた場所に塀がある。詰め所の敷地は広い。

 建物は三つあり、執務や市民の訴えを聞くための事務所と、牢屋など犯罪者を収監するための建物だ。最後の一つは騎士の装備などが置かれた武器庫。その近くには馬房もある。


 当然、俺が向かうのは牢屋のある建物だ。建物の構造や巡回の時間などはムスタグから聞いている。


 俺は気配を殺しながら詰め所に近づく。門の前には篝火が焚かれており、槍を持った番兵が立っていた。


『さあ、行きますわよ!』

「いきなり突っこむバカがいるかよ……計画があるって忘れたのか?」

「計画? なに?」


 ファヴが尋ねてくる。


(もう少し待ってれば分かる)


 しばらく息を殺して待っていたら、遠くで爆発音が鳴った。

 番兵たちもその音に気づき、何か話はじめている。更に立て続けに爆発音が響く。しばらくすると、伝令役と思われる騎士が馬に乗って現れた。報告を聞いた番兵が急いで詰め所の敷地へと入っていく。


 しばらくしたところで、松明を持った騎士たちが何人も外へと出てきて、駆けだしていく。


「ひと、減った……」

「これが俺の計画だよ」


 城壁の外に時限爆発用のアーティファクトを設置しておいたのだ。大魔嘯ガンドシュトロームがあってすぐのタイミングで、こんな騒ぎが起きれば、警邏の騎士団も動かざるを得ない。その隙に忍び込み、ソフィーを助け出すという寸法だ。

 ちなみにアーティファクトはムスタグに用立ててもらった。


 俺は魔力を察知する魔術である魔力感知サーチを使う。自分を中心に半径100マトルに魔力が拡がり、周囲の魔力を走査。うまくやらないと、魔力の波長で魔力感知サーチを気づかれてしまうのだが、幸い、番兵は気付いていないらしい。


 番兵以外の騎士はいない。


『詰め所の中には門以外から入らないほうがいい。魔力感知のトラップがあるはずだ。塀を無理に乗り越えれば気づかれる』


 と、ムスタグが言っていたので、番兵を無力化して門から入らなければならない。


 さて、一応、練習はしたけど、本当にうまくいくのかね……。

 修行の記憶は無い。だが、自分ができるようになったことに対する自信と実感はある。


「ファヴ、お前は後からついてこい。静かにな」

「わかった。ついてく、ついてく」


 ファヴは邪竜だが、俺の言うことは聞いてくれる。そこが悪霊との大きな違いだろう。


身体強化オーガメント


 天慶スキルで身体能力を強化し、地面を蹴る。


慣性操作イネルコン


 蹴った勢いで加速し、一瞬で番兵まで距離を詰める。番兵が目を見開き、槍で反応しようとした瞬間、右手で首を、左手でコメカミを叩いた。脳震盪を起こすための当て身技だ。

 どうして使えるのかわからないが、死ぬほど同じような技でぶっ叩かれたような気がする。それで覚えたのだろう。


 ガクンと膝から崩れ落ちた番兵の首をつかみ、指で頸動脈を押した。


 それで終わりだ。


 意識は既に無いが、目覚めた時に騒がれても困るので、事前に用意しておいた猿轡とロープで両手両足を縛っておく。遅れてやってきたファヴに「ひと気の無いところに隠しといて」と頼むと、ファヴは番兵を頭上に持ち上げながら跳ねた。ジャンプで近くにある建物の屋根に飛び乗り、そこに番兵を置いて戻ってくる。

 俺が屋根の上に隠れていたから「ひと気の無いところ=屋根の上」みたいな認識になっているのかもしれない。


 再度、魔力感知サーチを使い、気配を探る。誰もいない。既にクセになってはいるが、足音を殺す歩法を更に意識して敷地の中へと入る。そのまま駆け、牢屋のある建物へと向かった。


 小さな石と木で作られた建物だ。だが、牢屋だけあって作りはしっかりしている。建物の壁にひっつきながら、また魔力感知サーチ


 一人いる。

 なにやら椅子に座っているらしい。見張りか何かだろう。

 音を出さないように扉を少しだけ開き、隙間から中をうかがった。


 テーブルの上にランプが一つ。その前の椅子に座る騎士はうつらうつらと首を傾げている。どうやらうたた寝しているらしい。一気に部屋に入り込み、背後から騎士を羽交い絞めにし、意識を奪う。番兵と同じように猿轡にロープで縛り、部屋の端っこのほうに転がしておいた。


 八畳程度の広さの部屋には入口以外の扉が二つある。魔力感知サーチで確認すると、人の気配が二つあった。


 一つは右。

 もう一つは地下だ。このどちらかがソフィーだろう。


 両方の扉には鍵がかけられていたが、テーブルの上に鍵が置かれていたので、これで開くはずだ。


『順調すぎてつまらないですわね……』


 そういうことを言うから悪霊なのだ。

 とりあえず、牢屋は地下にあるから、地下にいるだろうと思い、左の扉を開けて階段を降りていく。灯りが無いので前が見えない。


「暗っ……」


 とボヤいたら、ファヴが人差し指を立て、指先に火を灯した。「助かる」と言いつつ降りていく。いくつかある扉の前に立ち止まり、鍵を開けた。


 暗闇の中で倒れていたのは、ソフィーではなかった。


「フレッド!?」


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