第32話
日が沈む時、まるでしがみつくかのように太陽が空を焼く。眼下にある石造りの建物は赤銅色の日差しと、真っ黒な影で切り分けられ、昼と夜の境界がそこかしこに横たわっていた。
俺は酒場の屋根の上で腹ばいに横たわりながら、街を見下ろしている。
行きかう人々の中に警邏の騎士をよく見かけるのは、俺を探しているせいだろう。証拠は無いが、確信めいた予感があった。そんな俺の背中の上には、ファヴが乗っかっている。いつの間にか寝ているらしく、寝息とよだれのせいで首筋がこそばゆい。
『動くとしたら夜ですわね』
フレッドの店から出たあと、俺はルリアの提案を受け、こうして屋根の上に隠れていた。日中は日差しで暑かったが、さすがにこんなところに俺が隠れているとは騎士団の連中も考えなかったようだ。
そのおかげでルリアの
「なんだろう? 修行を終える度、理由の無い怒りをお前に感じるよ。何か思い当たることでもあるか、ルリア」
『ありませんわ。これ以上ないくらい丁寧に修行してあげてましたわよ!』
直観的に嘘だと思ってしまうのは、こいつが悪霊だからだろうか?
『ですが、わたくしが丁寧に鍛え上げたとはいっても、肉体へのフィードバックは時間がかかりますわ。本当に今夜動くのですか?』
「ああ、早い方がいい」
魔女は人として扱ってもらえない。ましてやソフィーは
『存外、落ち着いていますわね。これも修行の成果ですわね』
「……落ち着いてるわけないだろ。今回のことは絶対に失敗できないんだから、俺だって我慢はするさ」
今日ほど早く夜になれ、と願った日は無い。
『絶対に失敗したくないなら、肉体の変化を待ったほうがよいかと思いますわよ? 現状、あなたの変化は精神面。魂の部分だけですわ』
「新しい魔術をいくつか覚えたんだからいいだろ。単純な剣術なら、俺だって騎士並みには使えるんだしさ」
騎士とはいえピンからキリだ。剣王級の腕前の者は、そうはいない……と思う。
『魔術というのは体術と違って近接戦闘向きではありませんわ。平時に魔術式を構築できても、戦闘中に同じことができる人はそうはいませんわよ。だから
「わかってるよ」
魔術は魔術式を頭の中で思い描くことで行使することができる。これを古式魔術と言う。対して
古式魔術と
そのうえ、
また技術や魔術の難易度や情報量によって、
まあ、ルリアの
ただ、俺の魔術の師匠は
『ま、修行中は古式魔術も使いこなしてましたし、こちらでもうまくやってほしいものですわね』
「わかってるよ。うまくやるさ」
最悪、この悪霊に体の使用権を譲るという選択もある。
まあ、次も前回同様元に戻れるとは限らない。実際、この悪霊は俺に体を返す気は皆無だったし……。
それでもソフィーの命くらいは救ってくれるだろう。それくらいの慈悲や分別はあるはずだ……と思う。そう思いたい。
いや、でも、どうだろう? こいつ、邪悪だしな……。
『なにかとても失礼なことを考えてる顔ですわね。いくら、あなたがモテないからと言って、わたくしを視姦するのはやめてくださいますか!!』
さっと胸元を押さえるように隠した。すげぇカチンときた。
「なんだ、お前、俺に喧嘩売ってんのか? よし、わかった買ってやる。俺はお前を視姦などしたこと無いが、お望みどおりやってやるよ!!」
『え?』
俺は腹ばいのまま、ルリアをおもっくそ凝視する。その気になれば、素っ裸にしてやれるが、今回はしない。
全力で視姦する!!
「お前の乳首、そんな色してんだ……へぇ、エッチじゃん……」
『や、やめてくださいまし!!』
顔を真っ赤にしてテンパりはじめていたが、俺はやめない。
売られた喧嘩は買うし、なによりこいつは悪霊だ。
いろいろわからせてやるしかない。
「お前、けっこう毛深いんだな。へぇ、髪の毛と同じ色してんだ……ふ~ん、エッチじゃん」
『毛深くなんかありませんわああああああああああ!!』
半泣きで丸まっていた。服を着ているのに。
「……覚えとけ、悪霊。俺はな、煽られたら全力で返す。ごめんなさいするまで、俺はお前を揺り籠から墓場まで全力で視姦するからな!!」
『ご、ごめんなさいですわ!!』
わかればいい。
必要以上のわからせは、ただのセクハラなので、ここまでにしてやる。
「アイン、エッチ……」
不意にそんな声が聞こえ、背中のほうへと振り向けば、ファヴが頬を赤らめながら俺を凝視していた。
こいつ、まさか、俺を視姦してやがるのか……?
「……アイン、特上カルビ、エッチじゃん」
「頭ん中で俺を食うなっ!!」
とても怖かったので、視姦をするのはよくないなと思った。
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