第31話
ヴォルフ・ニゲル・コルネシウスは、机を挟んだ向かいで泣きじゃくる少女を見ながら彼女をどう処刑すべきか考えていた。
(火あぶり、磔刑、石打……見せしめになる方法にしなければなりませんね……)
魔女狩りとは、ある種のガス抜きの意味もあるのだ。
ここ数年の間、アウレリア法王国はアドラステア王国とモルガリンテ獣王国と東部国境沿いで戦を続けている。三つ巴の様相を呈しており、一進一退の攻防を続けていた。
当然、戦費は嵩み、国民の税負担が増える。
その不平不満を魔女の処刑という見世物で発散させる必要があった。恐怖と安心と嫉妬から来る爽快感。これらの感情を観衆に提供する必要がある。
大事なのはエンターテイメント性だ。
(酒場の美しい看板娘。女の嫉妬をくすぐり、処刑によって発散させる。そうですね、半裸のような襤褸切れを着せ、磔刑にしてしまえば、吊るされた美女の死体で男の目を楽しませる。この流れでいきましょう)
となれば、通常のような拷問はダメだ。
地下牢の暗がりでは、その容姿を確認できず、いつものように乱暴に扱ってしまったが、ソフィー・ダートの処刑演出上、傷をつけないほうがいい。
魔女ソフィーは美しい生娘のままでなければならない。その容貌が整っていればいるほど、憐れみを誘い、嫉妬を買い、亜人種への嗜虐心をくすぐり、ひるがえって教会への恐怖に繋がる。
「悲しむ必要はありませんよ。あなたは既に魔女として確定しました。ですから、神の許しが施されるまで、危害を加えるつもりはありません」
それでもソフィーはすすり泣くのをやめない。泣こうがわめこうが、結末は変わらないのだから、静かにしているほうが合理的だと思う。だから、亜人種は劣等なのだろう。黙らせる意味も込めて、爪の一枚でも剥いでやってもよかったが、やめておいた。
(久しぶりの魔女狩りですし、盛大なイベントにしないといけません)
魔女狩りの執行方法が変わってからは、
そして、かつては忌避された魔女の処刑も、最近は求められている風潮があった。教会の権威付けには役立つし、何より評価があがる。派手にやって噂になればなるほど、ヴォルフの出世も近づくのだ。
「一応、聞きますが、あなたの兄が逃げるとしたら、どこか思いつく場所はありますか?」
ソフィーは気が狂ったように泣くだけで言葉に反応しない。これまで何度も尋問や拷問を続けてきたヴォルフにはわかる。この涙は一種の嘘泣きだ。泣き叫ぶことで会話を成立させないための手段でしかない。
黙らせる方法はいくらでもあるが、企画の方向的に暴力は可能な限り避けたい。
(兄妹揃って処刑のほうがわかりやすくていいんですよね。妹を置いて逃げようとした兄というフレーズで喧伝し、亜人種には家族愛すら無い、みたいな演出でいけばいい)
とはいえ、既に逃げているだろう、とヴォルフも思っている。
ソフィーたちの関係者である酒場の主人フレッドには、ソフィー分の拷問をしたが、本当に何も知らないようだった。グリムワの騎士団も行方を探しているが、今のところ情報は上がってきていない。
(まあ、この娘一人でもかまいませんね。兄に見捨てられた娘ということにしておけばいい)
とはいえ、泣き声は癪に障る。
笑顔のままソフィーの頬を張った。ソフィーは勢いのまま椅子から転げ落ちるが、ヴォルフは視線を向けもしない。
「手加減はしたんですが、いけませんね。自分が勇者だということを忘れていました」
床に転がるソフィーはそれでも泣くのをやめなかった。
ため息が出てくる。
どうして、自分が面倒なことをしなければならないのか? と
かつて、聖都の学び舎で
自分が堕ちた理由はわかっているし、その選択と行動を今では全力で後悔しているが、それでも己の不幸を呪わざるをえない。
(あんな魔女のことなど庇わなければよかった)
余計なことを言ったせいで、権力者の勘気に触れ、こうして魔女狩りと異端審問を司る
(まあ、しかたがありません。与えられた現場で与えられた勝負をするだけです)
自分には、その能力がある。
結果としてヴォルフは勇者の叙勲も受けている。
(あの魔女さえ生きていれば、私はもっと強くなれたのに……)
かつての学友だった貴族令嬢を思い出す。
「……あなたを拷問する気は無かったのですが、昔の知り合いを思い出して、少し気分が良くありません」
言いながらヴォルフは椅子から立ち上がり、部下の
「水責めや魔術で責めましょう。準備してきてください」
ヴォルフの命令に二人の法師は「はっ」とうなずき、尋問部屋を出ていった。
「いつまで泣いていられるか見ものですね」
自然と笑みを浮かべてしまう。
この仕事をしていて気づいたことが、もう一つある。
それは自分が人を壊すのが好きな異常者だということだ。
あの魔女が、今の自分を見たら、どう思うだろうか? あの愚かで向こう見ずで正義感の強い少女は、きっと悲しげに自分を責めるだろう。
そうなれば、その時は、手馴れた所作で初恋の相手でさえ、拷問に処してやれる。むしろ、そうしたい。そんなことを妄想し、己を慰めることさえあるほどだ。
(人って変わってしまうものですね、ルリア様)
笑いながら拷問の邪魔になりそうなテーブルを部屋の脇へとズラした。
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