第26話

 フレッドは伏し目がちにアインを見ながら、経緯を話し始める。


「お前と別れたあと、広場に集まったんだよ。そこで、ソフィーが転んじまってな。耳が……」


 妖人エルフ耳を見られてしまったらしい。


 アウレリア法王国は王神教を国教とする宗教国家だ。王神教は亜人種を魔族と定め、神に仇なす者としている。その差別は、ソフィーのような半妖人ハーフエルフなどの混血にも向けられるのだ。


大魔嘯ガンドシュトロームってことで、みんな、ビビっちまってるだろ? それで、魔女だって……すまない……」

「フレッド、あんたはなにしてたんだよ?」

「すまない……」

「だから、なにしてたって聞いてんだよ!!」

「なにも……できなかった……」

「見てただけってことかよ……?」


 フレッドは「すまない」としか言わない。

 俺だって理性の部分では理解している。

 亜人種を庇えば、人間だろうと異端者と呼ばれて村八分にされる。この街で酒場をしているフレッドが保身に走らざるを得ないのは理解している。当然だ。フレッドは家族じゃない。


「どうして……」


 それでも俺は許せない。裏切られた、という思いが強い。自分勝手だとわかっている。

 だって、フレッドはソフィーが半妖人ハーフエルフだとわかっても気にしなかった。庇ってくれた。隠してくれた。ああ、充分、やってくれた。わかってるんだ。

 わかってるけど……。


「……ひどいことはされてないよな? 殴られたりとかさ」

「ああ、たぶん……すぐに警邏の騎士が連れてったから、リンチとかはされてない」

「そうか……」


 言いながら、近くにあった椅子に座る。悪い冗談だと思いたい。思いたいが、これまでもソフィーは半妖人ハーフエルフだというだけで差別されてきた。俺たちは差別から逃げるように辺境のグリムワまでやってきたんだ。

 うなだれ、手を組みながら傍でフヨフヨ浮いているルリアに意識を向ける。


(なあ、悪霊、さすがにいきなり殺されるってことは無いよな?)


『ありえると思いますわよ。平時なら追い出される程度でしょうけど、今は大魔嘯ガンドシュトローム直後ですわ。大きな被害は出ませんでしたけど、領主の財産である森は焼けましたし、何かしら理由をつけてあなたの妹に責任をおっかぶせるくらいはするでしょうね』


 ああ、本当に俺と同じ推測で腹が立つ。


(今回、俺はそこそこ働いた。その報酬とかを拒否する代わりにソフィーを助けてもらうって言えば、聞いてもらえると思うか?)


『無理でしょうね。むしろ、あなたも魔女の関係者ということで、報酬が無かったことにされるかと思いますわよ。最悪、魔女と共謀したとして、一緒に縛り首でしょうね』

(ムスタグは許されたのにか……?)

『タイミングと損得勘定ですわ。大魔嘯ガンドシュトローム前なら、あなたにも交渉の余地はあったでしょうけど、ピンチが過ぎた今、あなたのご機嫌を窺う必要、領主にはありませんわね』


 残酷な現実を淡々と突き付けてきやがる。

 要するに、このままだとソフィーは今回の大魔嘯ガンドシュトロームの原因ということにされ、縛り首なり火あぶりにされる可能性が極めて高い。


『これがアウレリア法王国と王神教。そして貴族という生き物ですわよ』


 冷然と無表情に言い捨てる。


『あなたがわたくしの復讐を手伝うと言うなら、今すぐ手伝ってあげてもよくってよ?』

(具体的になにするんだよ?)

『まずは領主と騎士団を血祭にあげ――』

(却下だ、バカ野郎!)

『ば、バカですって!? わたくしがスマートかつインスタントに、ざまぁできる展開を教えてあげましたのよ!!』

(別に騎士だからって全員が悪いってわけでもねぇだろ……連中も仕事でやってんだしさ)

『領主は?』

(グリムワの領主は賢君だって噂だ……)

『あなたがた二人の犠牲で、いろいろ利益を得られる選択をする程度に頭は回りますわね。平民なんて、同じ命だとすら思っていませんわよ?』


 実際、そうだとは思う。

 だが、こんな状況でさえ、俺は感情的に動くことができない。昔からそうだ。一歩引いて物事を見てしまう。父が死んだり、ソフィーの母親が死んだ時でさえ、すぐには泣けず、俯瞰して考えてしまっていた。


「……ソフィーを助ける」


 言いながら立ち上がった。フレッドはなにか言いたげに俺を見たが、なにも言わずに視線を落とした。


「フレッド、さっきは怒鳴って悪かったよ」

「いや、いいんだ……俺が悪い……」

「あんたはいい奴だよ」


 だから、これ以上、迷惑をかけるわけにもいかない。


 ルリアの言うことが正しければ、俺もソフィーの関係者として騎士に拘束されるだろう。罪をでっちあげれば、その分、報酬が浮く。

 人の命より自分の得を大事にするのが貴族や領主というモノだというのは、これまでの人生で嫌というほど学んできた。


「俺とソフィーのことは知らなかったで通してくれ」

「アイン……」

「じゃあな。元気でやれよ」


 鞄をひっつかみ、俺はフレッドの店を後にした。


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