第25話
白髪混じりの髪の毛をオールバックにした中年男性が執務室で、腕を組みながら騎士の報告を聞いていた。男の名前はライネス・オルクト・グリムワ侯爵。辺境城塞都市グリムワの領主である。
ライネスは家臣であるファルクトの報告を聞きながらホッと胸をなでおろしていた。
「それで
「はい。報告によりますと、冒険者ムスタグの活躍と魔物の同士討ちで終息したようです。引き続き、調査は進めていますが、森林火災の消火に手間取っておりまして……」
一安心したのも束の間。新たに生じた問題にライネスは頭の中でそろばんをはじき始める。
森林はグリムワにとって重要な財産だ。オスロー山脈の麓にあるグリムワは、林業は重要な産業である。グリムワ産のオスロー杉は、河川を使ってアウレリア法王国聖都などに運ばれ、重宝されていた。
「どれほど燃えた?」
「まだなんともですが、ダンジョン周辺の管理区画はほぼ全焼です」
受注した量に応えられない。
アウレリア法王国はここ数年、隣国との戦が続いており、増税や戦時協力が地方にも求められていた。幸い、グリムワには材木があったため、税ではなく材木負担で、どうにかやりくりしていた。
オスロー山脈は広大だ。
いざとなれば、更に領地を拡大することも難しくはないが、山には法王国や王神教の光が届かない化外の民たちが住んでいる。いわゆる亜人種、魔族と呼ばれる山の民だ。
彼らは排他的で、それぞれの部族が独立独歩を旨としているが、ことアウレリア法王国相手となると、一斉に手を結んで抵抗してくる。
どうにか休戦協定を結び、今のところは落ち着いているが、下手に領地を拡大しようものならば、途端に戦争になりかねない。
戦争は金がかかるし、山の民を滅ぼして手に入るのは、峻険な山岳地帯。確かに材木は増えるかもしれないが、コストパフォーマンスが悪すぎる。
(どうしたものか……)
そのうえ、今回の対
(
死者に金を払う必要は無い。だからといって、理由もなく支払いを渋っては、今後に影響が出てきてしまう。
「なにかお考えで?」
ファルクトの問いかけにライネスはため息をついた。
「戦争支援とギルドへの支払いに関してだ。管理区画が焼けたせいで支援物資が滞る。そうなれば我がグリムワも戦争税を課されるだろうな。だと言うのに、冒険者たちが活躍してくれたおかげで、大金を払わねばならん」
ファルクトは自分のひげを弄りながら考え込む。この壮年の騎士は、考え事をする時、自分の顎髭を指で弄るクセがあった。不意にファルクトがヒゲから手を放した。
「
他国では<蟲>などとも呼ばれる者たちだ。当然、地方領主には嫌われるのだが、雑に扱っていい相手でもない。それに、
実際、現在、グリムワに着ている
「たしかにあの蟲どもはいるが、それがなにか関係あるのか? むしろ、森が燃えたことを隠しきれんぞ?」
「法王猊下に口利きしていただけるやもしれません」
「さすがに無理だろ。頼んだところで、こちらの思いどおり動いてくれる連中ではない」
「亜人種の女を拘束しました。
「それがなんだ? 追放処分でよいだろ?」
「調べたところ、冒険者の兄がいるそうで、その兄が今回の
「ああ、それは都合がいいな。報酬を諦めさせることで、妹の命を助けてやれ」
「いえ、むしろ、二人とも拘束すべきかと」
「さすがに冒険者ギルドを敵に回すだろ?」
冒険者にだって面子というものがある。成果をあげた者を罰していては、ギルドを敵に回しかねない。冒険者ギルドは国家を超越した相互援助システムだ。真に敵に回していけない組織と言ってもいい。
「そのアインという冒険者が最後までフレイムドラゴンを見ていたそうです。ドラゴンはダンジョンに逃げたそうですが、どうにも怪しくありませんか?」
「どう怪しいと言うんだ? たまたま
思いついたことを口にした瞬間、ファルクトがニヤリと笑う。その笑みにライネスも笑い返した。答え合わせをするようにライネスは自分の考えを口にする。
「兄妹揃って魔女だとしてしまえばいいんだな? 法王国に仇なす魔女を狩るのも
だが、結果的に冤罪も横行したため、昨今の魔女認定はいろいろと審査が厳しいらしい。少なくとも、
領主や地方貴族などが魔女狩りを依頼することで、初めて魔女と認定される。
ライネスに呼応するようにファルクトが微笑みながら口を開いた。
「
「なるほどな。連中も出世はしたいだろう。であるならば、奴らの出世を我々が後押ししてやる。その恩を売ることで、猊下に支援物資の遅延免除の口利きをしてもらうということか……」
「さすがは陛下。ご慧眼であらせられます」
「お前に導かれた気がせんでもないが、まあいい。乗ってやろう」
そう言いながら更なるアイデアが思いついた。
「そうだな、冒険者の中から魔女が出たならば、冒険者たちに連座で罰を与えることはできないか?」
ファルクトはヒゲを弄って考える。
「魔女兄妹が
ライネスは微笑みながらファルクトを指さす。
「この考えは俺のアイデアだぞ、ファルクト」
「はい。さすがは陛下」
ファルクトは苦笑を浮かべつつ目礼をした。
「冒険者と
「はっ! 仰せのままに」
敬礼をし、ファルクトは執務室を後にする。
大きな問題が解決したため、ライネスは改めて安堵の吐息をこぼした。
(今夜はぐっすり眠れそうだ)
そう思いながら、文官からあがってきた別の報告書に目を落とした。
既にライネスの中ではアインとソフィーの犠牲は決定事項であり、罪悪感も忌避感も存在していなかった。
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