第27話

『飛び出したのはかまいませんがどうなさるのですか?』


 ひと気の無い裏通りを歩いていたら、ルリアに尋ねられた。


「犯罪者は警邏隊の詰め所に放り込まれるから、ソフィーはそこにいると思う」


 詰め所の地下に牢屋があるのだ。直接見たことはないが、石造りの狭い部屋で真っ暗らしい。三日も放り込まれると精神的に追い込まれて、大人しく全てを話すようになるのだとか。

 ただでさえ、メンタル弱者のソフィーをそんなところに放り込んでおけない。


「警邏隊の詰め所には常に騎士が詰めてる。元冒険者だったりなんだったりする腕自慢だ。全員、中級冒険者クラスの冒険適性値レベルだ」


 冒険適性値レベルの上で言えば、俺は400ある。相手の能力次第だが、一対一の勝負なら、そうそう負けないとは思う。


「タイマンでやれば、負けはしないとは思うけど……」

『まあ、勝てませんでしょうね』


 バッサリと切り捨てられた。

 その意見に俺も同意だ。

 冒険適性値レベルという概念はあくまでダンジョンでの攻略適性値である。身体能力や所持天慶スキルなどを総合的に見て決められる数値だ。


 対人戦において、冒険適性値レベルという概念は参考になれども、完全にアテになるかと言われるとそうではない。対魔物と対人では戦闘方法は違うし、求められる能力も変わってくる。


『騎士は人殺しのプロですわ。使う天慶スキルも、戦争や闘争に特化したモノになってるでしょうね。対して、あなたの天慶スキルは、御脳みその出来を疑いたくなるほど使い勝手の悪い構成ですもの』

「うるせぇな。メシ屋には有用なんだよ」


 肉の保存とか熟成が自由自在なんだぞ!


『あなたの屍肉腐蝕クロージョンも相手に触れなければ使えませんし、効果の発動まで時間がかかりますわ。一対一でしたら、奇襲で首でも腐らせれば勝てるでしょうけど、多数相手の場合、二人目からは対応されるでしょうね』


 騎士は冒険者より戦闘知能指数が高い。

 魔物は事前に習性や行動パターンがわかっていることがほとんどだし、しょせんは獣程度の脳みそだ。だが、人間である騎士は、所持天慶スキルを把握できない状態で戦闘になる上、いろいろ考えて行動を変えてくる。敵の手札を推測し、こちらもすぐさま対応しなければ死んでしまうのだ。


 と、魔術の師匠が言っていた。ついでに「十人くらい人を殺すまでは騎士とは絶対戦わないほうがいいよ」とも言われている。十人どころか一人も殺したことが無いので、場慣れという意味でも俺は不利だろう。たしかに今の俺の剣術は剣王級かもしれないが、人殺しの覚悟と気概があるかと言われると無いし、そんなモノを持ちたくはない。


 更に俺の使える魔術が戦闘向きじゃない。屍骸操作ネクロマンシーだって、そもそも死体が無ければ無意味だ。どこかで用立てることも可能だが、その場合、穏便に済ませるということができなくなる。ついでに一日一回という限定付き。


『ですから、あなたの元パーティーメンバーを殺しておくべきだったのですわ。殺人なんて要は慣れですもの』

「うるせぇ、悪霊。元勇者とは思えん発言だな」

『勇者なんて、そもそも戦争の道具ですわ。何千、何万と殺した者に贈られる称号のようなものですわね……』


 無表情に言っていた。本人は誇りに思っていないのかもしれない。


『これから先、わたくしの復讐のために、あなたは何万もの人間の命を奪うのですもの。さっさと最初の経験を終わらせとくべきですわよ?』

「だから、俺は復讐なんてしねぇよ」

『でしたら、わたくしは協力しませんわ』


 ニコリと微笑みながら言われた。思わず、絶句してしまう。


『あなたはわたくしが協力してくれると思っているようですが、わたくしの目的は復讐。そのためなら力を貸しましょう。でも、あなたの妹はわたくしの復讐に必要ありませんわね』

「てめぇに人の心は無ぇのかよ? ソフィーがなにしたって言うんだ? かわいそうだと思わんのか?」

『憐れだと思いますが、それを言うなら、わたくしの妹だって憐れですわ。でも、誰も助けてくれませんでしたわよ?』


 言い返す言葉が、すぐには出てこなかった。


『人の善意なんてものを信じていては、いつか裏切られますわ。当然、わたくしもそんな感情、殺された時に捨てましたもの。ですから、なんの得にもならない協力はいたしません』

「……どうしたら力を貸してくれるんだ?」

『力なんて貸しませんわ。むしろ、ここであなたは妹を失うべきだと思っています』


 闇より暗い瞳のままに、ニンマリと微笑んでいた。


『あなたがここで理不尽に妹を奪われれば、あなたの怒りは騎士へ、貴族へ、国へ向かうでしょう? でしたら、わたくしと同じ』


 ルリアは俺に顔を思い切り近づけ、邪悪な笑みを浮かべる。


『あなたもわたくしと同じモノになればいいのですわ。そしたら、一緒に復讐できるでしょう?』


 本当にこいつは心底悪霊だ。


『今から、無力な自分に絶望するあなたの姿を想像するだけで、ゾクゾクしてきますわね♪』


 フフンと勝ち誇ったような目で俺を見下していた。なんてムカつく煽り顔だ。

 こんなクズに慈悲や遠慮は必要無い。


「……いいんだな、それで。お前、本当にそれでいいんだな?」


 声にドスを効かせてにらんだら、ルリアがかすかにたじろいだ。


『い、いいに決まってますわ! そうやって睨んでも、わたくしには通じませんわよ!! あなたも喪失の痛みを知るべきですわ!!』

「最後の忠告だぞ。悪霊」

『ふん! ハッタリで脅しても無意味でしてよ!! わたくしは絶対に力を貸し――』


 瞬間、素っ裸にしてやった。ルリアは慌てて胸を隠しながら、その場に縮こまる。


『は、破廉恥ですわ! セクハラですわ! ケダモノ!! 淫獣! 性獣!!』

「安心しろ、悪霊。お前の羞恥心もすぐに消える」

『な、なにを言ってますの!!』


 ケツを向けながらしゃがみこんでいるルリアの背中がある。俺は鞄の中から、数日前に買った粗塩と聖水を取り出した。


「悪霊退散!!」


 ダブルでぶっかけた。


『ぴぎゃああああああああ!! いだいだいいだい痛いですわあああああ!! なんですの! なんですの! なんですのぉぉぉっ!!』


 胸と股間を手で隠しながら飛びのいた。


「どうやら粗塩と聖水はお前に効果があるみたいだな」

『セクハラだけじゃ飽き足らずパワハラですか!? あなた、わたくしのいた世界だと秒で炎上案件ですわよ!!』

「うるせぇ! 役に立たない悪霊ならいらねぇんだよ!! 悪霊退散っ!!!」


 叫びながら粗塩をぶっかける。


『ぽぎゃあああああああ!! どうして、婦女子にこんなことができますのぉぉぉっ!』

「ああ? 女だろうと男だろうと関係ねぇよ!! 男女平等だ、おるあぁっ!」


 二本目の聖水を取り出し、ぶっかける。


「妹を失った痛みを知ってるくせに自分と同じモノになれだぁっ!? だから、お前は悪霊なんだよっ!!」


 更に粗塩を叩きつける。


『や、やめてっ! やりますわ!! 協力しますわ!! ですから、ブチ祓うのはやめてくださいましっ!!』


 半泣きで震えていた。

 わからせは成功したらしい。


「いいか、覚えておけ、悪霊。俺はな、ソフィーと夢のためならなんだってする。そこが俺の譲れないモノだ。俺を煽るなら、もう少し煽り方を考えろ」

『わ、わかりましたから、早く服を!!』


 無事、わからせられてくれたようなので、服を元に戻してやった。そしたら、ルリアは歯噛みしながら俺を睨んできやがる。


『セクハラにパワハラ……本当、どこに出しても恥ずかしいクズですわね、あなた!』

「ソフィー助けられるなら、クズにでもなんにでもなってやる。ゴチャゴチャ言ってないで俺に力を貸せ」


 涙目のまま膨れっ面で俺を睨んでくるが、相手にしない。無言のまま粗塩を構えたら、ビクッと反応し、目をそらされた。怯えながらルリアが口を開く。


『……ぐ、具体的になにをすればいいのですか?』

「前と同じだ。俺を騎士相手に戦えるようにしろ」


 修行内容を覚えちゃいないが、全力で修行はしたくないと思っている。魂が叫んでいる。提案したことを、すぐさま後悔した。


 それでも、ソフィーのためにやるしかないんだ。


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