第23話

「ゾンビは友達。ゾンビは友達。ゾンビは友達……」


 なぜか、そんな言葉が勝手に口から出てくるし、屍骸操作ネクロマンシーを使おうとすると吐き気と忌避感に襲われてしまう。不快感を相殺するために「ゾンビは友達」というフレーズが必要になるようだ。


 修行中にいったい何があったのだろう? 記憶にないトラウマを抱えているというのもおっかない。


 頭の中にある鳥観図には、当然、生み出されるゾンビたちも並ぶ。数で言うと、まあ、千二百五十四体と言ったところだ。


 普通、屍骸操作ネクロマンシーは一体のゾンビを作るだけでも骨が折れる。それを一度に千以上となると、客観的に言ってデタラメだし、使う魔力量もシャレにならない。

 一日一回こっきりの大魔術。

 なんか知らないが、俺は屍骸操作ネクロマンシーそのものを一日一回しか使えなくなっていた。それが一体でも一万体でも変わらない。

 そのため、ここまで戦力を溜める時間が必要だったのだ。


「進撃開始」


 魔術でつながったパスで指令を出す。

 瞬間、死者の軍勢が魔物の軍に襲い掛かっていった。濁流を濁流で押し返す。それこそ、死体に恐怖は無い。命令のままに単調に。体が壊れても臆することなく、死体を増やしていく。


『決断が早いですわね。敵を倒すには、まだ足りませんわよ?』

「しかたがないだろ、ムスタグが死にかかってたんだし」

『あんな匹夫のために? 愚かな決断ですわよ?』

「サティには世話になってたし、元パーティーの連中が迷惑かけたしさ、見捨てるわけにはいかないだろ?」

『わたくしのお金が返ってこない原因を作ったのに?』


 それはそうなんだが、ムスタグの行為を非難できるほど俺は人間ができていない。俺だってソフィーがサティのように傷つけられたら、全力でオウルたちを殺していただろう。


『本当に甘いですわね。そんなんだと利用されて死にますわよ? 現に、このままだと最終的に魔物に押されて敗北ですわ』

「利用されて殺されたお前に言われたくねーよ」

『……ですから、同じ轍を踏まないためのアドバイスでしてよ? それに、忘れないでくださいまし。あなたには死の運命が刻まれてることを』


 実際のところ、敵の数は死者の軍勢の三倍以上いるので、劣勢である。


『まあ、わたくしがあなたに代われば、一瞬で終わらせられますけど? どうなさりますか?』

「なんだ、俺に手を貸さないんじゃなかったのか?」

『ですから、あなたがわたくしに無礼を詫びて、泣いて懇願すれば力を貸してもいいと言っているのですわ。謝罪を受け入れても良くってよ?』

「謝罪のチャンスなんていらねぇよ。おい、ファヴ」


 帰り血で全身真っ赤なファヴが抱き着いてきた。血のにおいで臭いし、べたべたしてて気持ち悪い。


「なに? つがう?」

「発情するな」

「血、好き。ファヴ、興奮」


 血を好むなんて、本当に邪竜だ。


「もうこっちの連中はほとんど逃げたし、森の中まで攻めてけ。そこで竜になって暴れろ」


 にんまりとファヴが邪悪な笑みを浮かべる。


「皆殺し、ファヴ、楽しい!」

「人には絶対手を出すなよ」

「……残念。雑魚、滅ぼす」


 多少、不満げな顔をしていたが、すぐさま跳ねるように魔物の群れへと突っこんでいく。しばらくしたところで森の中で炎の柱があがり、木々の上に火焔竜の首が伸びてくる。


 座り込んでいたムスタグが絶望するようにうなだれる。


 まあ、フレイムドラゴンなんて、グリムワの冒険者では到底倒せないし、騎士団総出でも厳しいだろう。

 なにも知らなきゃ俺だって絶望している。


『あらあら、派手にやっていますわね』


 炎で森ごと魔物を焼き殺しているのだろう。それどころか、俺の用意した死者の軍勢も巻き込んでやがる。爆発は起きるわ、火柱があがるわで、ひどい有様だ。あいつ、森を全て消し炭にでもするつもりなのか?


 ため息まじりにファヴの凶行を見ていたら、ムスタグが立ち上がり、ヨロヨロした足取りでこちらに近づいてきた。


「おい、あれは無理だ。勇者でも連れてこないと勝てない。逃げるぞ」

「……しばらく残ってるよ。逃げるなら、先にどうぞ」


 ムスタグは驚いたような目で俺を見た。


「お前、本当にあのアインか?」

「どういう意味だよ?」

「さっきの屍骸操作ネクロマンシーはてめぇだろ?」

「え? なんのことだ? さっきのあれって誰か別の人がやったんじゃあ……」


 ムスタグは短く笑う。


「まあいい。そういうことにしとく。てめぇもサティのことは許してやれ」

「許すもなにも、なんのことを言ってるのかさっぱりだね……」

「それでいい」


 と言いながらムスタグは立ち去っていく。俺は大暴れするファヴを見ながら、かなり引いていた。


 あいつ、超バケモノじゃん。超強いじゃん。

 なんなら死者の軍勢とかもいらないレベルじゃん。


 それが人類に対して害意を持つ邪竜となれば、ますます放置するわけにいかなくなってくる。それどころか、そんな邪竜を瞬殺してしまう悪霊まで俺の中にいやがる始末……。


 このままではダメだ。

 邪竜を滅ぼし、悪霊をブチ祓わなければ、俺は安心してメシ屋を開業できない。


 どうにかしなければ……!!


「うわぁ……めんどくせぇ……死にたくなるほどめんどくせぇ……」

『生きるのが嫌でしたらソッコーで代わりますわよ? ファヴニールも復讐の駒として少しは使えそうですし』


 真正面に立たれ、ニッコリと微笑まれた。その背後の森は燃え盛り、炎の中でファヴが楽しげに声をあげながら火焔を吐いていた。


 まさに地獄絵図……。


 結局、俺が用意した死者の軍勢と、ファヴの大暴れで魔物たちはダンジョンの中へと撤退していった。


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