第22話

 ムスタグは思考しない。


 戦闘において考えていれば死ぬからだ。己の筋肉に染み込ませたルーチンで、命ある肉の塊を、物言わぬただの肉の塊に変えていく。


 殺す、と規定した瞬間、ムスタグは夢想の境地に達する。

 過程に対する意識は消え、殺した、という結果だけがついて回るのだ。


 妻に手を出したオウルたちを殺した時もそうだった。


 妻から話を聞いた時、そのバカな振る舞いに殴りそうになったが、その怒りの全てをオウルたちにぶつけることにした。そう決めた瞬間から、ほぼ記憶が無い。

 覚えているのは、愚かな十代の男女の死体が足元に四つ転がっている光景だ。頭を砕かれ、腹を裂かれ、四肢を引きちぎられた肉塊に対して、なにも感じなかった。

 後悔も達成感も無い。命乞いの記憶でもあれば、それを肴に勝ち誇れるのかもしれないが、それすらないのだ。


 あるのは、面倒なことになるな、という憂鬱だけだった。

 実際、その後、警邏の騎士たちに拘束され、投獄された。最悪、極刑だとは思うが、それでもいい。

 客観的に見て、自分の容貌が優れているとは思えないし、口下手で女心を理解できない。そんな自分にとって、サティは過ぎた妻だと思っていた。自分の命以上に大切なモノだ。


 それを傷つけた阿呆どもに、それ相応の恐怖と苦痛を与えられたなら、満足だった。


 そう思っていたら、大魔嘯ガンドシュトロームだということで釈放された。罪を放免する代わりに戦えということらしい。二つ返事で了承し、死地へと赴いた。


 生き残るつもりなど特に無い。


 今の妻を信じたいと思う反面、信じれ切れない自分も確かにいた。妻とこれまでのような生活を送れるかもわからないし、もし妻が過去に放埓に振る舞っているのだとしたら、そんな事実には気づきたくもなかった。なにより嘘をつかれていた、というのがムスタグには悲しかった。


 過去の行いなど受け入れるべきなのだろうが、今はまだそれができない。思いのほか狭量だった自分に辟易しながらも、ひたすらにナタを振るい、魔物を肉塊に変えていく。

 いつものように過程は覚えていない。


 最速最短で体を動かし、ナタを振り回す。どれだけ戦っただろうか。

 明確な状況を意識するということは、これまでのように戦えない状況か、戦闘に勝利したということだろう。


(ここまでか……)


 息があがっていた。左肩には傷があり、腕に力が入らない。右手に持つナタがヤケに重かった。だというのに、武器を構えたゴブリンナイトやオークナイトが、ムスタグを取り囲んでいた。

 助けも無さそうだ。自分はここで死ぬ。


(かなり殺したな……)


 辺りに転がる魔物の死骸は、土塁のように積み重なっていた。


(サティ……)


 妻の顔が脳裏を過ぎる。


(お前は全て忘れて幸せになれ)


 ナタが右手から落ちた。もう握力が残っていない。それを察した魔物たちの目の色が変わる。濃密な殺意の視線が、死の気配となってムスタグの肌を刺す。


 魔物たちが一斉に動こうとした瞬間、なにかが動いた。


(まだ生き残りがいたのか……?)


 折り重なった魔物の死体が、その身を起こしたのだ。


(まあ、なんでもいい……)


 さっさと自分を終わらせてくれ、とヤケになっていたが、すぐに考えを改めた。


 異常だった。


 一匹二匹討ち漏らしていたならわかる。

 だが、そんな数じゃない。一斉に、まるで草木が芽吹くように死骸が起き上がる。


「なんだ……」


 かすれた声が漏れてしまう。その光景に魔物たちも凝然と固まっていた。


「ゾンビは友達。ゾンビは友達。ゾンビは友達……」


 どこからともなく呪詛のような言葉が聞こえてくる。その聞きなれた声に「まだ生きていたのか」と驚き呆れる。


 アインだ。


(そうか、あいつは屍術師ネクロマンサーか……)


 その事実を思い出し、ムスタグは疲労のあまり、その場にへたりこんだ。


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