第20話

 ギルド支部の前には冒険者たちが集まっていた。普段は騒がしい冒険者も、今は誰もが神妙な面持ちだ。そんな中、俺は目があう度に舌打ちされる。

 こんな時でさえ、俺は蛇蝎の如く嫌われるらしい。それだけでやる気が萎えてしまうのだが、それ以上に、もし今回の件が俺のせいだとバレた時が怖い。


 ほぼ確実にブチ殺される。


 あれ? やっぱり逃げたほうが正しかったか……?


『この程度の数で大魔嘯ガンドシュトロームに打ち勝つつもりなのかしら? 腹筋に候ですわ』

大魔嘯ガンドシュトロームってそんなのやべぇのかよ?)

『ダンジョン内のほぼ全ての魔物が一斉に外へ出てきますわね。ほぼ無限沸きですわ』


 こちらの冒険者の数は多くて二、三百と言ったところだろう。それでさえ、ほとんどが下級冒険者だ。


(あれ? つんでね?)

『だから逃げろと言ったのですわ』


 ファヴを瞬殺したこの悪霊なら、もしかしたら? と思わなくもないが、先ほど、勢いで罵倒してしまった手前、手のひらを返すタイミングではない。


 だが、本当に必要になったなら、俺はすぐにでも、この邪悪な怨霊に頭を下げるだろう。


 俺は都合よく過去のことを忘れることができる男だ。

 なんなら、今すぐ逃げ出したっていい。


「てめぇら、よく聞けぇぇぇっ!!」


 グリムワに五人いる上級冒険者の鉄桀のコーマックが叫ぶ。


「ダンジョンから魔物どもがグリムワに向けて押し寄せてきてる!! 俺たちの仕事は、騎士団が城壁の防備を固めるまで時間を稼ぐことだ!!」


 要するに俺たち冒険者は捨て駒ということだ。


 一応、グリムワにも領主が抱える騎士団があるし、普段は治安維持のために活動していた。ともあれ、グリムワは国境にある城塞都市ではあるが、峻険なオスロー山脈と面している。山脈の向こうにあるカーネルギア騎士連盟は傭兵国家であり、通商条約と軍事協定を結んだ友好国だが、オスロー山脈には山の民と呼ばれる者たちが住んでいる。

 この山の民とは小競り合いを続けているため、戦力を残しておかねばならない。


 そのため、こういうトラブルが起こると、先ず冒険者に仕事を振られる。


「魔物どもブチ殺した分、領主様から報奨金がもらえる! ここを乗り切れば、てめぇら大金持ちだぜ! 稼ぎ時だぁぁぁっ!!」

「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」


 粗野な歓声が響く。それほど単純な話じゃないし、露骨な扇動だとは思う。


「俺たち上級冒険者五人で部隊を五つに分ける! 命令きちんと聞きやがれ!!」


 というわけで、テキトーに班分けがはじまった。なんの運命のいたずらかはわからないが、俺はサティの旦那である撲殺剣のムスタグ班に入れられた。

 ていうか、捕まってたんじゃないのか? まあ、状況が状況だから釈放されたってことか……。


 筋骨隆々とし、分厚いナタのような剣を腰間に帯びるムスタグ。背はそれほど高くないが、筋肉でできた樽のような体つきをしている。昔、パンチ一撃で悪漢の頭蓋骨を砕いているのを見たことがある。

 グリムワ最強の前衛剣士だ。


「アイン……」


 人の陰に隠れてコソコソしてたのに、みつかってしまった。


「言っとくけど、俺はむしろ被害者だから!」

「ああ、わかってる」


 わかってると言う割には殺気を込めた目でにらまれた。


「余計なことを口走ったら、てめぇもあのクズども同様、あの世に送ってやるからな」


 要するにサティに関することを絶対に口にするな、と言いたいのだろう。妻が詐欺に加担したなどと知られたくはないのかもしれない。

 俺は勢いよく何度も首を縦に振った。俺の横でファヴの眼光が炯々と輝いていたが、ムスタグに襲い掛かる前に手で制した。


 だが、ムスタグはファヴなど意にも介さず、自分の班の連中へと視線を流す。


「俺の班は前衛だ。街の外に出て、魔物どもを迎撃する。逃げる奴は俺が斬る。ついてこい」


 それだけ言うと歩き出す。一言二言でイニシアチブを取ってしまう雰囲気がムスタグにはあった。逆らった瞬間、殺される。まちがいなく殺される。そう思わせるのだ。


「おい、アイン、お前は俺の近くにいろ」

「え?」


 普通に嫌だけど、おもっクソ睨まれたので、目を逸らしながら歩いていく。ムスタグ班は葬式のような空気の中、グリムワの街から外へと出て、大魔嘯ガンドシュトロームの元であるダンジョンへと向かった。そんな中、ムスタグが俺をにらんでくる。


「てめぇ……」


 ドスの効いた声に「なんすか?」とビクつきながら反応した。


「……俺の目はごまかせねぇぞ。いつの間にそこまで強くなった?」

「え?」

「歩き方からして違う。足音の無い歩法にいい意味で気の抜けた身のこなし。しかも、これから死地に赴くってのに、随分と腹が据わってやがる」


 まあ、たしかに自分でも驚くほど平常心だ。なぜだろう? こんな状況より地獄を経験した気がするのだが、思い出そうとすると頭が痛くなり「ゾンビは友達」という不思議ワードが脳内で鳴り響く。


「下級冒険者とか嘘だろ、てめぇ」

「そんなこと無いっすよ……」


 瞬間、嫌な気配を感じた。気づけば、勝手にムスタグから飛びのきながら、剣の柄に手を添えていた。


「……勘もいいしな。剣王くらいの実力はあるんじゃねぇか?」


 剣王とは称号のことだ。ダンジョン内ステータスにおける技術の位付けであり、下から<王><聖><天><神>となる。王の位をもらうだけでも、一流を起こせる実力があると言われていた。ちなみにムスタグも<剣王>の位を持っていると噂で聞いたことがある。


「いや、剣王なんて、俺がそんなわけないじゃないっすか」

『剣王ですわよ』

「え!? そうなの!?」


 驚きのあまり叫んでしまったら、ムスタグの眉間に皺ができる。俺はへつらうように「って、ノリツッコミしてみました。へへ」と頭を掻いた。


『わたくしの修行で鍛えましたからね。剣王程度の称号は持っていますわ』


 マジかよ……。


 これから魔物と戦う上で、強いのは助かる。だが、強すぎるのもどうかと思うのだ。


 俺は料理人になりたい。料理王、いや、料理神にはなりたいと思うが、剣王になりたいとは思わなかった。上級冒険者の剣王ともなれば、嫌が応でも前衛で引っ張りだこになるし、ギルドとの繋がりも深くなる。


 実際、ムスタグはギルドからの信頼も厚く、グリムワの冒険者指導の仕事などもしていた。そういう仕事は稼ぎが悪いが、強い冒険者はギルドへの奉仕精神が求められてしまうため、断れない。


 やりたくない仕事を振られるのだけは御免だ。可能な限り、実力は隠していこう。


「まあいい。てめぇを詰めるのは生き残った後だ。せいぜい働け」


 それだけ言ってムスタグは歩き出す。不意にファヴが俺の服を引っ張ってきた。


「あいつ、無礼。滅ぼす?」

「ダメに決まってるだろ。この程度で滅ぼしてたら、あっという間に皆殺しだろ」

「ひと、滅ぶ。望むところ」


 うん、やっぱりファヴは邪竜だ。


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