第19話

 ――大魔嘯ガンドシュトローム


 ダンジョンから大量の魔物が飛び出し、周囲を飲み込む大災厄だ。そもそも、冒険者という職業は、この大魔嘯ガンドシュトロームを防ぐためにダンジョン内の魔物を間引くために始まったと言われている。


 俺は大急ぎでフレッドの酒場まで走っていた。

往来の人々は慌てて逃げる者もいれば、気にせず歩いている者もいた。俺のように大魔嘯ガンドシュトロームの警鐘だと気づいていない人も多いようだ。


 店に入れば、フレッドは店を引っ掻き回し、入れられるだけの貴重品を鞄に突っこんでいるところだった。ソフィーも困ったような顔で慌てていたが、俺に気づいて小走りで近づいてくる。


「お兄ちゃん!」

「アイン、お前もぼけっとしてんな! 大魔嘯ガンドシュトロームが来るんだぞ!」

「本当なのか? グリムワのダンジョンは大魔嘯ガンドシュトロームが起きないって話だっただろ?」

「そんなの知らん!! この鐘の鳴らし方は間違いねぇ!! 俺は昔、他の街で経験したことがある。大魔嘯ガンドシュトロームはシャレにならねぇんだよ!」


 俺だって噂話では聞いたことがある。

 街一つどころか国一つ滅んだこともあるらしいし、大魔嘯ガンドシュトロームによって人間が駆逐された場所を魔界と呼ぶ。王神教の教えでは魔界から亜人種が発生したとも言われていた。


「悪いことは言わん。お前らもすぐに逃げる準備しろ」

「店はいいのかよ? ここはあんたの……」

「死んだら店もクソも無ぇ! 誤報だったら、また戻ってくりゃあいいだけだ」


 ここまでの慌てようを見るに、本当に大魔嘯ガンドシュトロームは危険なのだろう。


『死の運命ですわね……』


(なにがだよ?)


 悪霊をチラリと見る。


『ですから、この大魔嘯ガンドシュトロームの原因ですわ』

(……いやいや、おかしいだろ。俺を殺すために大魔嘯ガンドシュトロームが起きたってのか?)

『でなければ、発見されて以来、一度も大魔嘯ガンドシュトロームが起きなかったのに今起きた理由を説明できませんわよ?』


 そんな言葉、信じるわけがないし、信じたくもない。


「それ、違う」

(ファヴの言うとおりだ! なんでも俺のせいにするんじゃねえ! ていうか、お前まで念話聞こえてるのかよ!?)

『グループ通話モードですわ』

(なんだ、それ)

『で、ファヴニール、なにが違うのですか?』

「これ、ファヴのせい」


 ファヴの言葉を受けて俺も口を開いた。


「いきなりなに言ってんだよ?」

『ファヴニールが魔物を外に呼んだということですか?』

「呼んだ、違う」


 フルフルとファヴが首を横にする。


「ファヴ、いなくなった。魔物、怖くない。外、出る」


 なにを言っているのかよくわからなかったが、ルリアが嬉しそうに『なるほどですわ』と声をあげた。


『要するに、ファヴニールはあのダンジョンの門番のような役割でしたのね』


「ファヴ、雑魚、嫌い。滅ぼす」


 ふふんと胸を張っていた。

 要するにだ……。


(てことは、あれかい? 君がダンジョンの中からいなくなったから、魔物たちが外に出てきたと、そう言いたいのかい?)


「それ、当たり。アイン、好き」


 ファヴに抱き着かれたが反応している余裕は無い。俺の代わりにソフィーが目をかっぴらいてファヴを凝視しているのが怖いが、それに反応している余裕も無かった。


 俺の働き者の脳細胞が、俺が望まない答えを出してくるからだ。


「ちょっと待ってくれ。ちょっと待ってくれ。ちょっと待ってくれ……」


 それってつまり、どのみち……。


「……俺のせいってこと?」


「違う。ファヴ、外に出た。理由」


 だから、それが俺のせいだということだ。


 そもそも俺がファヴを外に連れてこないで、あの場に置いておけば、大魔嘯ガンドシュトロームは起きなかったということになる。いや、待て。放置は放置で危険だろ。こいつ、見た目はファニーだが、中身はどこに出してもやべぇ邪竜だぞ?


 そうだよ! あの時の決断はまちがってなかった!


 まちがってなかったよね? そうだよね? うん、そう。だから、俺は悪くない!


『アインがファヴニールを連れてきたから、こうなったということですわね♪』


「ぎゃああああああ! ちがぁぁぁあぁう、俺のせいじゃなぁぁぁあい!!」


 そのままヘッドバンキングをして現実を拒絶する。でも、どれだけ頭を振っても目の前の残酷な状況は変わってくれない。


「お兄ちゃん! いきなりどうしちゃったの!? ファヴちゃんのせい!? ファヴちゃんのせいなんだね!! わかったよ、私が泥棒猫ファヴちゃんをどうにかするから!!」

「おい、ソフィー、俺の包丁を握ってなにする気だ?」


 フレッドがガシリとソフィーの腕をつかみ、凶行を止めてくれたので助かったが、ぶっちゃけそれどころじゃない。


『脳をシェイクしてないで早く逃げますわよ。なにをぐずぐずしてるのですか?』

「……え? ここぞとばかりに俺を責めたりしないのか? お前、悪霊だろ?」

『え? 罵られたいとか、マゾ……?』

「違うわ!」

「アイン、痛い、喜ぶ。ファヴ、噛む! 喜ぶ! 美味し!!」

「性欲と食欲のこもった目で俺を見るんじゃねぇ!!」

「私も普通にお兄ちゃんのこと性的に見てるもん! ファヴちゃんには負けないもん!!」

「お前も乗っかってくるんじゃねぇよ!!」


 ほら、見ろ。フレッドが心底呆れた目で俺たちを見てるじゃないか!!


『まあ、わたくしがファヴニールを殺していても、同じ結果でしたし、アインを罠にハメたオウルたちが諸悪の根源でしょう? あなたを責める気はありませんわよ』

「あ、まあ、たしかに……じゃあ、俺は悪くないか……」

「お兄ちゃん、さっきから誰と喋ってるの? これもファヴちゃんのせい? そうだよね? やっぱり私がやるしかないんだよね……」

「だから、それ、俺の包丁だぞ」


 ここでもフレッドがソフィーの腕をつかんでくれた。ファインプレイである。


『とにかく逃げましょう。大魔嘯ガンドシュトロームにつきあう意味もありませんし』


 実際、そのとおりだと思う。そもそも俺に大魔嘯ガンドシュトロームをどうこうできる力は無い。そう、俺には無いけど……。


(……でもさ、本当にそれでいいのか? 一応、あんた、腐っても勇者なんだろ?)


『元ですわよ。それに、施し続けた結果、裏切られたのですもの。もう同じ轍は踏みませんわ。だいたい、ギルドや他の冒険者があなたを助けてくれましたか? 自分たちの都合を理由に斬り捨てたでしょう? 救う価値、ありませんわよ』


 まあ、たしかに、そうだと思う。


 俺はなにもしてないのに、パーティーには入れてくれないし、誰も助けてくれない。求人書には名指しで拒絶してくる奴らまでいた。


 フレッド以外に懇意にしてる人はいないし、そのフレッドが逃げ切れるなら、正直、どうでもいいとさえ思う。


『それに、僻地とはいえ、ここもアウレリア法王国の一部。滅んでしかるべきですわ。まさか、こんな形でわたくしの復讐を手伝っていただけるなんて――』


 ルリアが満面の笑みを浮かべた。


『――あなた、復讐の才能、ありますわよ♪』


「ひと、滅ぶ。楽しい♪」


 こいつらの邪悪さのおかげで、冷静になれた。


 あぶない流れだった。勢いのまま邪悪な考えに流されるところだったじゃないか!

 俺まで、こんな復讐マニアな悪霊と邪悪な竜と同じ存在になってはいけない!!


「俺はお前らとは違う!! 絶対に違うっ!!」


 叫んだら、ソフィーがビクっと反応した。そんなソフィーとフレッドに向けて声を張りあげる。


「ソフィー! お前はフレッドと一緒に逃げろ! フレッド、ソフィーを頼む!」

「え!? お兄ちゃん、どこ行くの!?」

「俺は可能な限り大魔嘯ガンドシュトロームを止める!! ファヴ! お前も来い!」


 言いながらフレッドの店を飛び出した。そんな俺と並走するようにルリアとファヴがついてくる。


『勝手なことを言うんじゃありませんわ! 冒険適性値レベル400と言っても、あなたの天慶スキルは、そもそも死体が無いと使えませんわよ! それとも自ら死体になるつもりですか!?』


「うるせぇよ、悪霊! 俺の夢はな、誰もが笑顔でメシ食える店を開くことなんだよ! ここで逃げて、罪悪感抱えながらメシ作っていけるか!! 作ってる奴も食う奴も笑ってなきゃ嘘なんだよ!!」


 ヤケクソになりながら覚悟を決める。我ながら自分で自分をめんどくさいと思う。

 でも、大好きだった師匠と別れてまで料理の道を選んだんだ。

 ここで理想を諦めるわけにはいかない。ここで諦めたら、過去の俺に申し訳が立たねぇ。


「ああ、ほんとにもう! めんどくせぇぇぇえっ!」


『めんどくさいなら、やらなければいいのに……』

「俺はやりたくないことはやらない! でもな! やりたいことのためなら、死ぬほどやりたくないことでもやるんだよ!!」


 だから、復讐みたいなことはしない。

 俺の人生に必要無いから!!


「あと、俺はお前が嫌いだから! お前の考えには絶対乗っかりたくないだけだ!!」


 走りながら叫んだところで、ルリアがため息まじりに笑った。


『今のあなた、昔の知り合いを見ているようで反吐が出そうですわね……』


「うるせぇ、悪霊!」

『ま、わたくしの体を壊さない程度に好きになさりなさい。瀕死にでもなれば、あなたの魂も摩耗して、わたくしが支配権を手に入れられるでしょうし……』


「俺は死なねぇぇっ!! うめぇメシ屋を開くまでぇぇぇえぇ!!」


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