第17話

「私がお兄ちゃんの分までがんばるよ!」


 ソフィーはソフィーでフレッドの店で給仕や調理の仕事を手伝っていた。貯金が消えたと聞いても、ソフィーは怒ることなく「また一緒にがんばろう」と優しく微笑んでくれる。


 できた妹だと思う。


「お兄ちゃんはもっと私に甘えていいんだよ。もっともっと甘えて、私がいないと何もできない赤ちゃんになればいいんだよ」


 できすぎて怖い妹だとも思う。


「……お前は俺をどうしたいんだよ?」

「普通に依存させたいだけだよ」


 普通ってなんだろう? ソフィーの朗らかな微笑に、なぜだかものごっつい圧力を感じてしまった。


「それに冒険家なんて危ないんだしさ。また、倒れたりしたら嫌だよ」

「次からは気をつけるよ」


 さすがにパーティーメンバーに呪われていたとは言わない。


「とにかくお兄ちゃんはしばらく休んでて。でも、食費とか諸々私とお兄ちゃん二人分が限度かな……」


 と言いつつチラリとファヴを見る。


「ファヴを放逐するのはダメだ。こいつは、いろいろあって、俺が面倒見ないと危険なんだよ……」

「ファヴ、自由、ひと、滅ぼす」


 このクソ邪竜め……。


「まあ、ファヴの食費くらいは俺で用立てるさ」

「お兄ちゃんが私以外の女のために働くとか、耐えられないんだけど?」


 瞳から輝きを消すのはやめて欲しい。


「とにかく俺だって働くさ。ソロでできる依頼だってあるしな」

「……わかったけど、あまり無茶はしないでね。疲れたら、休んでもいいんだよ。お兄ちゃん一人食べさせてくくらい、私にだってできるんだからね」


 そう言って、ソフィーは準備を終え、部屋を出ていった。


『仕事をするのはかまいませんが、いつになったら、わたくしの復讐を手伝っていただけるのかしら?』


 などとのたまうルリアに「うるせぇ」と悪態をつきながら、俺はベッドの上でうなだれる。


「復讐は無意味だったじゃないか!! なにがざまぁ展開だ!! 俺の四百万は戻ってこないだろ!! 結果、妹のヒモになってるじゃないか!!」


『お店を開くのを諦めればいいだけですわ。さあ、レッツ復讐ですわ♪』


 バチコンとウィンクをしてくる悪霊をぶん殴りたかった。だが、殴っても実体が無いので無意味なことは既に実証済みだ。


「復讐、正義、ひと、滅ぼす」


 ファヴが背中から抱き着いてきながら、邪竜発言をかましやがる。夜になると何かと体をひっつけて俺を誘惑してくるのだが、手を出したら、その後に物理的に食われるのだから、シャレにならない。

 そもそも、俺は子供に興味は無い……。


 娼館に行きたくても、悪霊がついてくるし、一人で隠れて処理したくても、ファヴとソフィーがひっついてくる。ここ数日、俺はずっと性欲を持てあましていた。


「俺がいったいなにをしたって言うんだ……」


 仲間に裏切られ、呪われ、死にかけた。生き返ったと思えば、悪霊に憑りつかれて、死の運命で常に全方位から殺意を向けられる。情にほだされ助けたドラゴンは、全力で邪竜だったし、仲間に復讐かました結果、奪われた四百万は返ってこない。そのうえ、強引な禁欲生活……。


「誰もパーティー組んでくれねぇしよぅ……」


 ただでさえ屍術師ネクロマンサーという職種は嫌がられる。

 それに加えて、オウルたちのやらかしたことは噂となって拡がっていた。なぜか、俺も連中と一緒に悪事を働いていたという噂に変化しており、新しいパーティーを組もうとしても唾を吐き捨てられる始末。

 あの時は一緒にいたファヴがブチギレかけたので、それを止めることが大変だった。


「アイン、一緒。ひと、滅ぼす」

「滅ぼさない!!」

『レッツ復讐ですわ♪』

「復讐もしない!!」


 俺は自分の店を持ちたいだけなんだ……。


『そもそもあなたは冒険適性値レベル400ですわよ? わたくしから見ても上級冒険者程度の実力はあるかと思いますわ。どうしてパーティーに入れてもらえませんの?』


 そりゃあ確かに冒険適性値レベル400の冒険者なんて引く手数多だ。

 だが、それを喧伝するつもりはない。


「あのな、つい最近まで冒険適性値レベル100代だった奴がいきなり400なんておかしいだろ? それに、そんな冒険適性値レベルだって知れたら、ソッコーで領主の耳に入って、騎士やら何やらで取り立てられるっつーの」

『たしかにわたくしが滅ぼそうとしてる国に取り立てられるのも困りますわね……』

「お前、マジで国ごと滅ぼす気なのか?」

『当然マジですわ』

「そこに暮らしてる奴らの生活とかどうするんだよ?」

『仮初の平和の上で利用され搾取され飼いならされることを幸せとは、わたくしは思いませんけど?』

「人間なんざ、うまいメシ食えて、愛する家族がいれば、それで充分幸せなんだよ」

『でも、その幸せは王とか言う個人のお気持ちで、ある日、突然壊されるものではありませんか? 例えば今もアウレリア法王国は、二つの国と戦争をしていますけど、平民にとってどうでもいいことではありませんか?』

「そりゃ、まあ、そうかもしれないが……」


 まあ、言ってることは正しいんだが……。


「あんた、そんなことを仲間の貴族様たちに言ってないだろうな?」


『え? 普通に言ってましたけど?』


「どうして自ら殺されるようなムーヴかますんだよ? あんたの言ってることは、王や貴族の利権を奪うってことだぞ」


 ルリアは一瞬、なにか考えるように虚空へと視線を流した。不意にハッと気づいたような顔になってから『ありえませんわ!』と叫ぶ。


『わたくしの知る異世界転生モノは、古くて粗暴な考え方を否定して、みんなが幸せになる方法を提示してハッピーエンドでしたわよ! 民主主義とか人権意識とか、倫理観無双で超論破でしたわ! そ、それにシュナイザーたちだって賛同してくれましたし!』


「なに言ってんのかよくわかんないけど、利用できる間は乗っかるんじゃないのか? あんたに賛同しとけば強くはなれるんだし」


『では、シュナイザーたちはわたくしの天慶スキルを利用するためだけに、わたくしをチヤホヤしていたということですか?』


 愕然としていた。


「貴族ってそういうもんだろ? 利用できるモノはなんでも利用するって聞くし、結婚も政治的な意味しかないとか、そういう連中だろ? 平民を人間とも思っちゃいない奴もザラだしな」


 平民的には率先して関わりたい人種ではないのだ。


『あんなにわたくしをチヤホヤしていたのも、わたくしに告白してきたのも! 全てわたくしの天慶スキルを利用するためだったと言うんですか!?』

「いや、そうと決まったわけじゃあ……」

『じゃあ、なんで裏切ったのですか!!』

「そんなの知らねーよ。でもな、よく考えてみろ。才能限界値レベルキャップ取っ払って、しかも短期間で強い奴を何人も作り出せる奴が、君主制を打ち倒そう! みたいなこと言ってたらさ、全力で脅威じゃん? 例えばあんたが傭兵団とか作ったら、それこそ勇者クラスの連中がわんさかいる集団になるんだぞ。そりゃ、そういうことされる前に潰そうって考えるよね?」


 ルリアの目から光が消えた。


『え? じゃあ、わたくしが悪かったってことですか?』


「いや、悪いとまでは言わないよ。あんたの考えが間違ってるとは思わないし、正しい部分もあるんだと思うぞ。ただまあ、貴族様の前で言うことじゃねーな……」

『表現の自由!!』

「なんだよ、それ?」

『わたくしの世界には誰でも自分の主義主張を表現する権利がありましたの!』

「いや、そんなもん、アウレリア法王国であるわけないだろ。法王や王神を侮辱したら、最悪、極刑だぞ?」


『これだから未開の文明は嫌なんですわ!!』


「あと、そういう風にマウント取るからじゃね? だって言われてムカつくもん」


 ルリアが目に涙を浮かべて黙っちゃった……。


「いや、まあ、ほら、全部俺の推測だしさ。仮にそうだったとしても、裏切って殺すまでのことじゃないとは思うぞ。話し合いなりなんなりで……」


『そのとおりですわ! わたくしだって別に本気で言ってたわけじゃありませんもの! 未開の蛮族を啓蒙するつもりで、ちょっとノリと勢いで言ってたことを本気にされても困りますわ!』


「せめて信念は持っとけよ……」


 それすら無ければ、本当の無駄死にじゃないか……。


「ひと、邪悪、滅ぼす。手伝う」

『そうですわよ、ファヴニール! わたくしと共に全ての人に復讐しましょう!! 死をもって未開の蛮族どもに正しい倫理観を啓蒙するのですわ!』

「しれっと復讐対象ひろげてんじゃねーよ」


 やっぱり、こいつら、おっかない。


 別に国とか貴族とか、正直どうでもいいが、この二人を暴走させると俺のように無関係な人間まで巻き込まれる。クソ厄介なことに、こいつらはそれができる能力を持っているんだよな……。

 幸せを売るメシ屋を目指す俺としては、微妙に看過しがたい邪悪さだ。


『復讐はやめませんわ!』

「ひと、滅ぼす!」


 心の底からめんどくさいけど、俺ががんばって、この邪悪な怨霊と竜を止めなければならないのかもしれない。


「めんどくせぇ……」


 ボヤきながらため息をつくことしかできなかった。


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