第16話
『甘いですわ。甘々ですわ! 甘くて胸やけして死にそうになるくらい甘い判断でしてよ?』
オウルたちに復讐した次の日になっても、ルリアはブチブチ文句を言ってくる。俺は布団の中でしがみついているファヴとソフィーを引っぺがしながら起き上がった。
「朝からうるさいな。いいんだよ、あれで」
『よくありませんわ! さっかくざまぁ成分を補給できると思って、わたくしがわざわざ強化してあげたのですわよ』
「じゃあ、なにか? あの場で、全員ぶっ殺せばよかったのか?」
『殺さずとも恐怖と苦痛で人格を壊すなり、これまでされたことを百倍くらいにして返すべきでしたわね』
やはり考え方が悪霊だ。
「そんなめんどくさいことするのは御免だよ。いいじゃないか、あいつらから倍以上の金を返してもらえるんだしさ」
『舐められたら冒険者稼業も続けられませんわよ?』
「あいつらから金を返してもらえれば、店を開く金もできる。そしたら、冒険者みたいな危険な仕事もしないで済むからな」
『店の開店はいいですけど、わたくしの復讐はどうするのですか? あなたの義務ですわよ?』
「知らね」
『あれだけ力を貸してあげたのに、どういう了見ですか!?』
「うるさいぞ、悪霊! なんか記憶は曖昧だけどな、お前の修行、マジでなんかヤバいんじゃないか!? 時々、意味もわからねぇフラッシュバックに襲われるんだぞ!!」
『たかが精神世界で三桁回死んだくらいですわ』
「俺死んでるのかよ!? しかも三桁って頭おかしいんじゃないのか!? お前、絶対、この修行のせいで仲間に恨まれてんだろ!」
俺の言葉にルリアがムキになって否定してくる。
『ち、ちちち違いますわ! そんなはずありませんわ!! 無いと言いなさい!』
「はい、これもう確定。お前の無茶な修行で恨み買ったんだわ。もしかして、記憶とか戻ったんじゃね?」
『違いますわ! 仮にそうだったとしても、裏切っていいわけありませんわよ!』
「単純に嫌いだったんじゃね?」
『学生生活は楽しかったもん! みんなで仲良くしてたもんっ!! みんなチヤホヤしてくれたもんっ!!!』
涙目でパンチをしてくるが、当たりはしない。目の前がうっとうしいだけだ。そんなルリアを見ていたら、オウルたちとの冒険の日々が脳裏をよぎってきてしまう。
初めて第十階層に到達した時はみんなで喜び合ったし、グリフォンと遭遇して死にかけながら逃げた時は、お互いが無事であることに涙した。ほかにも様々な冒険を共にこなしてきたのだ。
友人と言うほど近くはないが、ビジネスパートナーとしては協力しあっていた。半年程度だが、喜びや悲しみを分かち合ってきたのだ。
今となってはどうでもいいことだが……。
「そもそも俺は冒険者みたいな危険な仕事は御免なんだよ。うまい飯作って、金稼いで、一緒に働いてくれる美人なカミさんもらって平和に暮らすんだ」
そう言いながら寝間着から服を着替える。
連中の金がいつ戻ってくるかはまだわからないが、あまり遅くなるようなら軽く脅してやるしかない。返済期限が固まってきたら、開店に向けて準備を進めなければならない。
亜人種差別のあるアウレリア法王国で店は開けないので、隣国に移動する予定だ。当初の目標金額の倍近いので、大きめの店を開けるだろうな。
などと考えていたら部屋をノックされた。
鍵を外しつつ扉を開いたら、店主のフレッドが立っていた。
「おはよう、フレッド。どうした?」
「いや、お前に話があるって言われてな、ちょっと来てくれないか?」
言われるがままに階下に降りていけば、酒場のテーブルに制服姿の男が二人座っていた。都市警邏隊の隊員だ。グリムワの治安維持や犯罪者などを取り締まるための騎士たちである。
俺が階段から降りてきたのを確認したところで、二人はそろって椅子から立ち上がり、こちらへと近づいていきた。
二人とも二十代後半から三十代前半くらいの男性だ。騎士だけあり、身のこなしに隙は無い。
「俺に話があるって聞いたんですけど?」
「オウル・グランディスとは同じパーティーだと聞いているが、それであっているか? アイン・ダート」
「はい……いや、元ですけど……」
まさか、あの借用書の件で領主に泣きついたのか? と考える。さすがに、それは無いと思いたいがわからなかった。黒髪の騎士が話を続けてくる。
「実はオウル・グランディス、ヒルルラ・アーチム、ジョアンナ・ワレット、ロナウド・グリスの四人が死亡した」
「ええっ!? どういうことですかっ!?」
意味がわからない。警邏隊の二人はため息をついた。
「元ギルド職員のサティ・ファビュラを知っているか?」
「ええ、はい……」
「彼女の夫である上級冒険者のムスタグが犯人だ。四人を往来で惨殺した後、冒険者に大人しく拘束された。動機を聞いても黙秘を貫いていてな」
黒髪の男に続き、金髪の男が尋ねてくる。
「なにか手がかりになることを知らないか尋ねたくてね……」
知らないわけではない。
おそらく、オウルとロナウドがサティを脅し、悪事に巻き込んだことをムスタグが知ってしまったのだろう。愛妻家で有名なムスタグがキレて、犯人たちを皆殺しにしただけだ。
だが、ムスタグが黙っていることを口にしたら逆恨みされかねないし、関係者として取り調べを受けるのも面倒だ。
「いえ、知りません。そもそも、十日前にパーティーを追放されているので……」
「そうだったのか……」
「ギルドに問い合わせていただければわかるかと思います」
「他になにか思い当たることは無いかな?」
などといくつか質問されたが、半ば放心状態で聞き流していた。いつの間にか警邏隊の二人はいなくなっており、アインは酒場の椅子に座っていた。
「ま、そう落ち込むな。お前さんの仲間を悪く言いたくはないが、あいつら、評判よくなかったからな……」
「まあ、クズではあったよ……」
あいつらと一緒に俺の金も戻ってこない……。
『ざまぁ、ありませんわぁぁぁっ!!』
ルリアは心底嬉しそうにガッツポーズしていた。
それは誰に対する発言なのだろうか? オウルたちへ向けられた言葉なのか? それとも、俺に向けられた言葉なのか? どちらにせよ、なぜだかちょっとムカついた。
「ほらよ、スープだ。これ飲んで落ちつけ」
フレッドがスープを差し出してくれる。
「ほんと、あんただけだよ。まともなのは……」
そう答えながらタムネギのスープを飲む。
なぜだかわからないが、涙が一滴、こぼれおちた。
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