第15話

 骸骨に組み伏されているかつての仲間たちを見下ろしていたが、別にこれといって気分がいいとは思わない。むしろ、殺さないといけないのか? とか、また復讐されるのも面倒だな、とか、そういう感情のほうが強かった。


 ルリアの道標看破メティス・ロゴスで修行をする前は、ありとあらゆる苦痛を味合わせ、金を奪ったことを後悔させてやるつもりだったのはガチだ。


 でも、道標看破メティス・ロゴスの修行を終えた瞬間から、そんな感情が嘘かのように消えてしまった。どうしてそうなったのか記憶は朧なのだが「復讐など考えなければよかった」という強い後悔の念だけがあった。

 いったい、なにがあったんだよ? マジで……。


 しかしながら、客観的に考えて四百万アウルもの大金を奪われて泣き寝入りは、どうかと思ったので、惰性で復讐を行うことにした。


『騙されたのでしたら騙し返すべきですわ!!』


 俺以上にテンションを高くするルリアが復讐計画を立案し、それに乗っかることにした。


 ルリアの策は、まず偽の依頼をギルドに出すことから始まる。ギルドとしても、サティの犯罪を表沙汰にされたくないため、アインの願いをエラヒムは聞き入れてくれた。その代わり、それで今回の件はチャラだ、ということらしい。


 そんな態度にルリアは『復讐ですわ!』とエラヒムに対しても敵意を向けていたが、俺はそこまで怒る気になれなかった。


 エラヒムも巻き込まれた被害者だし、なにより本気で怒らせると危ない相手である。ギルドがその気になれば、俺を消すことなど造作は無いのだから。


 エラヒムの協力を得ただけでは確実性に欠けるということで、加害者四人の中から裏切り者を作ろうとルリアは言い出した。


『裏切られた時、あの悪党たちは、どんな顔をするのか楽しみですわ!!』


 私怨が含まれていたが、特に反対する気も無かったので、俺はファヴを連れてジョアンナに接触した。俺を見た瞬間、ジョアンナは微笑みながら近づいてきて、そのままナイフで刺そうとしてくる辺り、おっかない。でも、なぜか知らないうちに体が反応し、ジョアンナの攻撃を捌いて関節を極めていた。


 俺、知らない間にめっちゃ強くなってた……。


 その後、俺に害を成そうとしたことに腹を立てたファヴがジョアンナを食い殺そうとし、人化の法の一部が解け、それを見たジョアンナが恐怖のあまり失禁。ファヴの恫喝に心が折れたため、こちらに協力することを承諾。分配された百万アウルを返してもらえた。


 そして、オウルたちが来る前に、古戦場に広範囲の死霊術を展開し、野ざらしとなっていた骸骨を使うことになったのだ。そもそも俺が使える屍骸操作ネクロマンシーは、一体が限界だったが、なぜだか一度に多数の死体を操れるようになっていた。限度はわからないが、二、三千くらいはいけそうだ。


 ほんと、マジで強くなってて我が事ながら引く。一切の記憶が無いから、違和感しかない。というか、思い出そうとすると吐き気に襲われ、鼓動が速くなるので、努めて思い出さないようにはしている。


 これが道標看破メティス・ロゴスによる修行の成果か、と驚きはするものの、なぜだか「もう二度としたくない」という強い感情が生まれていた。

ほんと、何があったんだよ……。


 あと、屍骸操作ネクロマンシーを行使している間「ゾンビは友達」というフレーズを連呼していたらしい。自分でも自分が怖い。


 ともあれ、こうして準備は整い、ルリアの計画どおり、オウル、ロナウド、ジョアンナ、それに厄介な地元のツレどもは、現在、骸骨たちに取り押さえられていた。


『さあ、復讐を果たす時ですわ!!』


 ルリアが爛々と目を輝かせながら嬉々とした声をあげている。

 人を復讐に奔らせるなんて、悪霊以外の何物でもない、とここに来て気づいてしまった。このまま悪霊の甘言に流されるのも、なんだか癪ではある。


「アイン、逃げたんじゃないのか……」


 オウルが忌々しげに俺を見上げていた。


「四百万も騙し盗られて、逃げるわけないだろ」

「ジョアンナはどうした?」

「ああ、あいつからは金を回収した。だから、お前たちをここに連れてくるよう協力を頼んだんだよ」

「なっ……」


 オウルが絶句し、ロナウドが「クソアマ!」と叫んでいた。ルリアが『ざまぁないですわー!』と頬を紅潮させながら高笑いをあげている。


『アイン、代わってくださいませんか? もっと、わたくし、ざまぁ展開を堪能したいのです!』

(うるせぇ、却下だ。なんだ、ざまぁ展開って……)

『わたくしを蔑ろにしてはいけなかったとわからせるのです』

(蔑ろにされたのはお前じゃなくて俺だろ)

『でしたら、さっさとわからせなさいな。もっと、胸がすくように! この小悪党どもの無様な姿をわたくしに見せるのですわ!! ざまぁ展開で救われる命があるのですよ!!』

(そんな命なら救われないほうがよくね?)

『とにかく代わりなさい! わたくしがざまぁの作法をお教え――』


 発情した猿のようにうるさかったので無視することにした。


「金を返せ。それで手打ちにしてやる」


 ルリアは『甘ぇですわ! 甘すぎてヘソでショートケーキを作れますわよ!』とわけのわからないことを言っていた。「いい加減にしないと裸にするぞ」と念話を飛ばしたら『セクハラですわ!』と怒ってから静かになった。


「使っちまったから金は無い」

「……なら、借用書にサインしろ。その気になれば一年で返済できるだろ?」


 言いつつ用意しておいた借用書を置いた。


「なっ! これ倍もあるじゃねーか!!」

「それくらい当然だろ? それともなにか? あんたや、あんたを慕う地元のツレの命は二百万以下なのか?」


 そんな会話をしていたら背後から「話を聞いて」とヒルルラが叫ぶ。


「私は悪くないの! オウルたちがやろうって言うから! 私は巻き込まれただけなのよ、アイン!!」

「だったら、お前も金返せよ」

「それは……無いけど……」

「だったら、お前も二百万だ」

「そんなの無理よ!! 私だって騙されたのに、どうしてお金を返さないといけないの!」


 すごい理屈だな、と思った。


「あんたらのせいよ! 私の分はあんたたちが払いなさいよ!」

「はあ!? ふざけんじゃねぇぞ!! てめぇだって、屍術師ネクロマンサーってキモいって言ってたじゃねぇか!!」


 ロナウドの叫びを聞いて、かすかにダメージを受けてしまう。まあ、わからなくもないけどさ……。


「ふざけんじゃねぇぞ、アイン!! こんな死体使って強くなった顔してるけどよ! てめぇ自体は雑魚じゃねぇか!!」

「おい、ロナウド、やめろ」

「なに日和ってんだよ、オウル! どうせ、あのカスのアインに、こんな大規模な魔術使えねーよ! 他の誰かの力を借りてるに決まってんだ!!」


 相変わらずのロナウドぶりに、忘れかけた復讐心が鎌首をもたげた。


「仮に俺以外の誰かがこの魔術を使ったとしても、俺に殺されかけてる状況は変わらないだろ?」

「てめぇにぶっ殺されても、俺はてめぇに負けたわけじゃねぇ! せいぜい、他人の力でイキってろよ、カスがぁ!!」

「すごいな、ロナウド、お前、酒場で俺にやられたこと忘れてるんだな」

「あんなのてめぇの奇襲じゃねぇか! 真正面からやれば俺のほうが強ぇよ!」


 啖呵を切るロナウドの声に、チンピラどもが「ロナウドさん、やっちゃってください!」とか「逃げてんじゃねぇぞ!」などと、これまた頭の悪そうな声が響いてくる。


 ここまで来ると、怒りや悲しみより、尊敬すら感じてしまう。徹頭徹尾、みんなまとめて大馬鹿野郎どもだ。


「じゃあ、借用書にサインはしないってことか?」

「誰がするかよ!」

「なら、死ぬぞ」

「はあ? サシで勝負しろや、こらぁ!」


 ロナウドの叫びにチンピラどもも乗っかる。「やれや!」とか「殺しちゃってください、ロナウドさん!」とか、騒いでいた。


「それとも、また逃げるのかぁ? ヘタレの屍術師ネクロマンサーさんよぉ」


 安い挑発だ。それに乗っかるつもりも無いが、本人が復讐されるのを望んでるなら仕方がない。それに、ロナウドたちを慕うチンピラたちの脳みそは、かなり低スペックらしい。ここらでわかりやすく恐怖を植え付けておかないと、アホ故に復讐してくるかもしれない。


「わかったよ。勝負してやる」


 ロナウドを拘束していた骸骨に命令を飛ばし、力を緩ませた。ロナウドは左腕を押さえながら立ち上がる。腕の骨が折れているのだろう。


「ジョアンナ、お前、治癒魔術ヒール使えるだろ。ロナウドのケガを治してやれ」


 その言葉に骸骨軍勢の中からジョアンナが現れる。ロナウドはジョアンナを睨みながら「てめぇ」と唾を吐いていたが、ジョアンナは無表情にロナウドの骨折を治癒魔術ヒールで治した。


「他にまだなにかあるか? ロナウド」

「俺がてめぇをぶっ殺したら、てめぇの仲間が俺たちを殺すかもしれねぇ。それだと勝負する意味が無ぇよなぁ?」

「ああ、俺が死んだらお前らは解放される。それは約束するさ」


「ぶっ殺してやるよぉ! アイン!!」


 言うやいなや弓を構えて矢を射ってきたが、半身で躱す。

 なぜだか、どこかで、もっと速くて理不尽な投擲物に晒された気がする。なぜだろう? 一瞬、口から酸を飛ばしてくるゾンビの姿が脳裏を過ぎった。


 そんなフタをしたい記憶のおかげなのか、ロナウドの弓矢など、簡単に躱せた。真っすぐ飛んでくるモノなど、狙いが正確であればあるほど躱しやすい。


『さすがはわたくしの道標看破メティス・ロゴスですわ! 凡骨でも数分で強者に超変身ですわ!!』


 こういう時でもルリアは偉ぶりたいらしい。実際、そのとおりなのが、またムカつきはする。


「なんで当たんねぇんだよぉぉっ!!」


 最後の矢を放ちながらロナウドが叫ぶ。俺は終の矢を躱しながら手でつかんで止めた。こんなことまできるようになってるとは驚きだったが、それはロナウドたちも同様だったらしい。


「お前、本当にアインか?」


 とオウルが驚きの声を漏らしていた。


「ああ、俺はアインだよ。で、どうする、ロナウド? まだやるか?」

「うるせぇっ!」


 叫びながら剣を引き抜いた。


「ぶっ殺しやるぁっ!!」


 そのまま駆け寄ってくる。チンピラどもが歓声をあげる。

 勢いのまま剣を振り下ろすつもりなのだろう。剣が当たる直前に魔術式を奔らせた。一瞬でボロボロに錆びた剣は、たしかに俺の肩を叩いたが、その衝撃でバラバラに砕け散った。


「なっ……」

屍肉腐蝕クロージョンを強化したんだ」


 言いながらロナウドの腕をつかむ。


「ひぎゃあああああああ!!」


 つかんだ場所からロナウドの腕が腐っていった。ジュグジュグと音を立てながら肉が崩れ、骨が見え始める。

 アインがパッと手を放すと、ロナウドは腕を押さえながら後ずさり、そのまま尻もちをついた。怯えた顔でアインを見上げる。


「普通、屍術師ネクロマンサーの使う腐蝕の魔術は、生者には影響を与えない。生きる者が持つ魔力が邪気を祓うからだ。でも、邪気の働きを活性化させることで、生きてる奴でも強引に腐らせることができる」


 逆に防腐の魔術は魔力を滞留させ、邪気を祓うことができる。その応用として、邪気だけではなく魔術そのものを打ち払うことができた。術式相殺オフセットでも魔術は相殺できるが、これは魔術式を網羅しないとできない。むしろ、魔術障壁リジェクションのアーティファクトに近い魔術だ。防腐の魔術は、その場を一時的に不変にし、外部からの影響を排除する。

 仮に防腐の魔術を全身に使い続けることができれば、おそらく老化も止めることができるだろう。残念ながら、今の俺にそこまでの魔力量は無いのだが。


 という具合に腐蝕と防腐の魔術を俺は応用変化させ、半ば特殊天慶ユニークスキルスキルのような技術に昇華していた。

 冒険適性値レベルも400を越えているため、ロナウドに負けるわけがない。


 腰を抜かしたまま後ろに逃げようとするロナウドについていき、そのまま頭をつかんだ。


「これが最期の提案だ。俺の金を返せ」


「わ、わかった! 返す! 返すから命だけは!!」

「四百万な」

「なんで俺だけ!?」

「え? 嫌なの? その腕みたく頭から腐ってみるか?」

「嫌じゃないです!!」


 ため息まじりに立ち上がり、借用書を取り出して手渡した。そのまま立ち上がり、オウルとヒルルラのほうへと視線を向ける。


「あんたたちはどうするんだ?」


 二人も揃って「金は返す」とうなずいた。ロナウドの腕が腐り落ちたのを見ていたチンピラどもにも視線を流す。


「こいつらの代わりに俺に戦いを挑む奴はいるか? 俺を倒せれば、お前らの大切な先輩の借金を帳消しにできるぞ?」


 誰もが視線をそらした。


「覚えておけ、クズども。俺は自分から喧嘩は売らない。お前らから売ってくるなら買う。その時は、お前らだけじゃない。お前らの家族や恋人、仲間も全員的だ」


 無言。


「返事ぃぃっ!!」

「「「「はいっ!」」」」


 チンピラどもにも俺の強さと、俺に喧嘩を売ることの愚かさをわからせることができたようだ。これで、安心して暮らしていける。


『ざまぁないですわーーーーー!!』


 歓喜の声をあげているルリアを見て「こいつはざまぁとやらに憑りつかれてるな」と思った。


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