第14話

 依頼を受けた後、オウルは実家のある農村で、知り合いのバカどもに声をかけた。農業を手伝わないくせに暴れることが好きな十代のガキたちである。「他所の村と喧嘩っすか?」とか「山の民、ぶち殺しましょうよ!」とか言って、ノリノリでついてきた。

 総勢二十三名。それぞれ、斧や鎌など農具を武器代わりに携えている。ついでに自分の恋人と思しき少女を連れてきている者までいた。祭り感覚なのだろう。

 さすがのオウルも頭が痛くなってきたが、バカになにを言っても無駄なので、特に咎めなかった。


 古戦場までの距離はグリムワから徒歩で五時間程度の距離にある。

 近くに宿を借りられる農村なども無いため、野営地を作りつつ夜になるのを待った。最悪、逃げることも考慮しないといけないため、夜になる前に英気を養っておく必要がある。


「あの木ごと燃やしましょうよ!」


 と焚き木の用意をしていたら、そんなアホなことを誰かが言い出した。自生している木は水分を含んでいるため、そんな簡単に火などつかないが、騒ぎたい年頃なのだろう。あえて止めもせずに、木を燃やそうとするアホどもを眺めていた。案の定、木は燃えなかった。


「焚き木で焼く肉とか、マジ、サイコーっすね!」

「うめー」

「誰だ、俺の魚盗った奴! 殺すぞ、おるあぁ!!」


 ひたすらに騒がしかった。

 だが、オウルも冒険者になる前は似たようなモノだったので、特に咎めはしない。そんな連中に混ざってロナウドが娼婦に関する下卑た話を一人で語っていた。アインがいた頃は都度「話題を変えてくれないか」と諫められていたものだ。だが、今のロナウドは村の若者たちに「マジっすか?」「たまんねぇ」とかはやし立てられている。


 ロナウドはアインを「気取りやがって」と毛嫌いしていた。たしかに、アインには貴族のような教養と品があった。オウルもロナウドと同じようにアインの、どこか超然とした雰囲気が嫌いだった。


 ヒルルラもアインのことをよく「ウザい」と言っていたので、嫌っているようだったが、ジョアンナは割とよく話していた。そんなジョアンナからアインをハメる計画が出てきたのだから、オウルとしても驚いてはいた。


 恋人を連れてきた無軌道な若者は、パートナーを連れて夜陰の中に去っていった。どこかでおっぱじめるつもりだろう。独り身の者はロナウドの猥談で騒いでいる。ヒルルラはヒルルラで、男を顎で使って女王様気分を漫喫しているようだ。


 オウルは焚き木の前で、そんな連中を眺めながらジョアンナに尋ねた。


「なあ、どうしてアインをハメようって言い出したんだ?」

「ただの実験」

「なんだそれ?」

「パーティー内相続ってシステムがあるから、本当に使えるのか? って思ってた。だから、その実験」

「実験でアインを殺そうって提案したのか?」


 オウルの問いかけにジョアンナは「ええ、そうね」と平然とした顔でうなずく。


「あいかわらずイカれてるな。俺たちはアインを嫌ってたけど、お前はけっこう話してただろ?」

「話してたのは必要なことがあったからだけど?」


 しれっとした表情で答えていた。

オウル自身、自分を真っ当な人間だとは思っていないが、ジョアンナは少しばかり質が違う。確かに幼い頃から狩った動物を楽しげに解体するようなイカレた奴だとは思っていたが、根っこの部分は変わっていないらしい。

 そんな風に頭のネジが飛んでいなければ、進んで冒険者になろうとは思わないだろう。


「ジョアンナってそーゆーとこ、あるよね~」


 ヒルルラは呆れたように言っていたが、気にしていないらしい。二人はガキの頃からのつきあいで二人まとめて、村の女たちからは嫌われていた。ジョアンナは恐怖の対象であり、ヒルルラは嫉妬の対象だった。


 ヒルルラは幼い頃から男に取り入るのがうまかったのだ。現に今も村の若者をうまいこと顎で使っている。


 容姿がいいうえ、母親が誰とでも寝る女だったことに由来するのだろう。男の扱い方に長けていた。その使われる筆頭としてオウルとロナウドがいたのだ。当然の如く、同性からは嫌われていたが、うまいことオウルやロナウドを使い、女王のように君臨していた。

 ヒルルラもヒルルラで頭のネジが飛んでいるのだろう。


 だからこそ、四人でやってこれたのだ。


「アインでうまくいったし、次も同じようにさ、なんか金回りよさそうな奴、パーティーに入れて、殺さない? そしたら、楽して金稼げるじゃん?」


 ヒルルラの提案も悪くないと思ったが、すぐに考えを改める。


「サティが受付のままだったら行けたと思うが、しばらくは無理だろうな……」


 オウルの返答にヒルルラは「残念」と肩をすくめていた。


「ま、バカをハメる方法はいくらでもあるだろうさ。とりあえずは目の前の依頼だな」


 そう言いながら食事を進めた。軽く腹ごなしをした頃には夜も深くなっていた。野営地から少し歩くと件の古戦場となる。

 オウルたちは、騒ぐ若者を引き連れ古戦場へと向かって歩いた。途中で松明を消させた。夜の暗闇で灯りはただの的だからだ。


 古戦場とは言っても、ただの開けた平野だ。アウレリア法王国と王神教が、その版図を拡大する上で抵抗勢力を片っ端から滅ぼしていた時代があった。今でこそ、グリムワは王神教の教圏内に入っているが、かつては七柱の神を奉じる七神教を信じる者が多かったらしい。


 二十年前の戦は鮮烈を極めたらしく、敵味方多くの死体が野ざらしとなり、放置されたままだったとか。死者の呪いなのか知らないが、近くの農村でも疫病が流行り、多くが廃村となった。その時の恐怖が未だ残っており、道の近くにあるとはいえ、古戦場に近づく者は少ない。


「おい、誰だよ? 今、俺のケツ触ったの」

「はあ? 誰がてめぇの汚ぇケツ触るかよ!」

「なんか気配しねぇか?」


 無軌道な若者は、こういう心霊話のある場所が好きだ。度胸試しと称して、よくやってくるらしい。ワーワーギャーギャー騒ぐ連中に緊張感のカケラも無い。半面、オウルたちは周囲の警戒を厳にしていた。

 山の民やら魔物が襲ってくることもありえるのだ。最悪、騒いでいるアホどもを盾にしてしまえばいいとはオウルも思っている。


 四人は月明かりを頼りに古戦場へと近づいていく。夜目が効くようになる点眼液を使っているため、なんとか見えてはいた。とはいえ、月が雲に隠れると隣にいる者ですら、薄っすらと影しか見えなくなる。


 無造作に古戦場の中へと入っていき、突っ立ったまま若者たちは辺りを見回した。


「なにかいるか?」

「いねぇ」

「焚き木しようぜ」

「つか、この辺一帯燃やすとか熱くね?」

「ワンチャンあるわ」


 などとアホどもは騒いでいる。

 そんな中、オウルはジョアンナに「魔力感知サーチは?」と尋ねるが「これだけ人がいると無理」とだけ言われた。自分の魔力を薄く拡げ、他者の魔力を感知する魔術である魔力感知サーチは、これだけ人が多いと大変らしい。二十七人が二十八人に増えてることに気づけと言われても、難しいのだろう。


「調査っつーけど、なにも出ない場合、どれくらい見てればいいんだ?」


 焚き木を囲んでいた時はアホどもと一緒に騒いでいたロナウドだが、仕事が始まれば真面目な顔になる。オウルも真剣に応えた。


「とりあえず十日くらいだろ。ついてることに、それほど遠くないんだし、夜が明けたら街に帰ればいい」

「ダルいな……」


 ため息をついた瞬間、ジョアンナが「しっ!」指を立てた。オウルもすぐさま「てめぇら、黙れ、動くな」と若者たちを一喝し、黙らせた。耳をすませる。カサカサと何かが鳴る音が聞こえてくる。それが一つではない。いくつも折り重なるようになり始めたのだ。

 若者たちの音ではない。連中はオウルの怒声で縮み上がっている。


「なにこれ……」


 ヒルルラが震えた声でつぶやく。その音がなんなのかはわからない。いや、土の音だ。乾いた土が一斉に動く音。それこそダンジョンの中でサンドワームと戦った時に聞いた音に近い。


「ジョアンナ、なにかわかったか?」


 ジョアンナは何も答えない。


「ジョアンナ?」


 オウルが視線を向けた時には、既にその姿が消えていた。声を落としながら「おい、ジョアンナ」と辺りを探る。そんなオウルの言動にヒルルラが「ちょっと、なにがあったの?」と混乱しはじめた。その混乱は若者たちにも伝播する。すぐさま「おちつけ」と制する。


「松明をつけろ!」


 オウルが叫ぶが、混乱する若者たちは騒いでいるだけで何もしない。すぐさま足手まといだと切り捨て、自分で魔術を使い松明をつけた。暗闇の中に光が灯る。オウルはその場で松明を振り回すように辺りを探ったが、まとわりつくような闇の中で、光は小さすぎた。


(なにかに囲まれてる……?)


 そんな気配がした。オウルたちを遠巻きに囲うような気配がある。オウルたちはジョアンナ以外、魔力感知サーチが使えないため、敵の補足は目と耳を頼るしかない。


 カシャカシャと音が鳴っている。音が積み重なっている。

 その音が徐々に近づいてくる。


「なにこれ? なんなの? なんの音?」


 ヒルルラは既に恐慌状態に陥っていた。「おちつけ、ヒルルラ。すぐにでも魔術を使えるようにしておけ」と指示を出す。やるべきことを伝えておけば、少しは冷静になるはずだ。


「なんすか? なんか起きてるんすか?」

「山の民か!?」

「やってやんよ!!」


 などとアホどもが騒いでいる。はっきり言って状況把握のためには邪魔にしかならない。


「どうする? オウル」


 ロナウドの問いかけにオウルは辺りを探りながら声を落として応える。


「よくわからんが、最悪、ジョアンナを置いて逃げる。あとはバカどもを盾にする」

「しかたがねぇな……」


 割とすぐに受け入れるところがロナウドらしいと思った。なにかが近づいてくる。囲まれている。雲から月が顔を出し、辺りを灯した。


「ひっ!!」


 ヒルルラが短い悲鳴を上げ、オウルも凝然と目を開く。


 甲冑を着た骸骨の兵士が、オウルたちを囲んでいたのだ。それに気づいた若者たちも恐慌状態に陥り、騒ぎだす。あっという間に乱戦だ。逃げる者、農具を振り回す者、その場にへたり込む者、様々だ。

 これだから、農村でイキがっているだけのガキは使えない。オウルは連中のことを切り捨て、戦力になる仲間と自分の安全を優先する。


火球操炎フレイム!!」


 ヒルルラがオウルの指示を待たずに魔術を発動。骸骨兵士に直撃し炎上する。だが、倒れない。燃えたまま、こちらへと距離を詰めてくる。


「火じゃダメだ! 爆発とか衝撃を与える魔術を使え! 魔術弾丸バレット!!」


 オウルが魔力の弾丸を撃ち放つ。頭蓋を砕いたが、それでも倒れずに一定の速度で距離を詰めてくる。


「なんなんだよ!!」


 叫びながらロナウドも矢を射るが、オウルの時同様、それで骸骨兵の動きを止めることはできない。「足を狙え!」とオウルは叫ぶと同時に火球操炎フレイムや矢で足を狙う。この作戦はある程度有効だった。足の骨を砕かれた骸骨兵は、その場に倒れたり姿勢を崩したのだ。だが、止まらない。


 足を引きずるように近づいてきたり、這って近づいてくる。


 オウルは剣を鞘から抜いた。遠距離からの攻撃が有効ではない、という判断だ。正直、あの数の囲みを自分の剣だけで突破できるとは思わないが、しかたがない。


「援護を頼む」


 言いながらオウルは松明を地面に突き立て、骸骨の群れへと突っこんでいく。裂ぱくの掛け声とともに剣を振り下ろした。一撃で骸骨を両断。返す剣で二体目を斬りあげる。


(イケる!)


 そう思った。骸骨の動きは緩慢だし、大した相手ではない。三体目を斬り捨てたところで、左腕をつかまれた。振りほどこうとした瞬間、バキリと音が鳴る。


「え?」


 オウルの腕の骨が折れた。

 なにが起きたのか理解できないまま引き倒された。万力で押し付けられたかのように動けなくなる。遅れて左腕が痛みだす。叫びながら動こうとするが動けない。カタカタと頭上で骨が鳴っている。まるで笑うかのように歯を打ち付け合っているようだ。


 地面に押し付けられながらもロナウドたちへと視線を向ける。二人は半狂乱になりながら戦っていたが、やがてオウルと同じように骸骨兵につかまった。ロナウドの悲鳴やヒルルラの泣き叫ぶ声が聞こえた。どうやら、自分の時同様、怪力で体の一部を破壊されたのだろう。当然、他の若者たちもオウルたち同様、骸骨に捕まっていた。助けを乞う声や悲鳴が響いている。


(どうしてすぐ殺さない?)


 それが不可解だった。握っただけで骨を砕く力があるのだ。その気になれば、すぐにでも殺せるだろう。だが、なぜ、それをしない? わからなかった。


「五百体も必要なかったか……」


 そんな声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だった。


 声の方へと視線を向ければ、見知った顔が月明かりに照らされていた。


「アイン……」


 泣き寝入りしているはずのアインがそこにいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る