第13話
「で、あのバカ、マジで情けねぇ顔でさぁ、許してくださいって言うんだよ」
オウルの前で、ロナウドが笑いながらアインとの顛末を語っていた。その話を聞きながらヒルルラは「マジウケんだけど」と笑い、ジョアンナは興味なさげに聞き流していた。
普段のオウルだったら、ロナウドに同調して一緒に笑っているのだが、往来で歩きながらということもあって、ここは諫めておくことにする。
「あんまり喧伝するなよ。パーティーの仲間騙して金巻きあげたって知れたら評判に関わるだろ」
オウルの言葉に「そうだな」とロナウドは笑いながら肩をすくめた。
(グチャグチャ言う奴が消えてくれたのはありがたい)
とオウルは内心で安堵する。
そもそもパーティー内相続という手段を思いついたのはジョアンナだ。
オウルが賭場で借金を作ってしまい、ジョアンナに相談したところ、アインから借りたら? と提案された。
そんなこと、オウルのプライドが許さない。
アインは使えない魔術ばかり覚えており、
そんなハンパな奴に頭を下げるなど、絶対に嫌だった。
そう言ったところ、ジョアンナは「じゃあ、貯金もらえばいいんじゃない?」とそっけなく言いだした。
ジョアンナの策は呪術か毒でアインを殺害し、パーティー内相続のシステムを使ってアインの貯金をせしめるというものだった。ただ、問題は契約書と手続きの際に受付で怪しまれるということだと言う。ギルド的にも死んだ者の貯金はギルドで接収したいのだ。
そこを突破するためにオウルはサティを過去のネタで脅すことにした。サティの旦那ムスタグは愛妻家であり、グリムワでは最強と称されている上級冒険者だ。そのうえ、一夫一妻で結婚まで貞淑を貴んでいた元マリス教徒である。若い頃のサティの放埓ぶりを知れば、百年の恋も冷めるだろう。
ムスタグを愛していたサティは、嫌われることを怖れ、計画に参加してくれた。金を分けてもよかったが、金はいらないから、もう二度と強請らないでと頼まれた。知ったことじゃないが、テキトーにうなずいた。
だが、想定外なことにヒルルラの呪術でアインは死ななかった。
ヒルルラが使った呪殺の魔術は、発動条件を満たすことこそ難しいが、その反面、決まってしまえば、簡単に解呪はできない代物だった。四日、熱に冒され、五日目の夜に心臓が止まって死ぬという呪殺である。
だというのにアインは生き延びた。
これでは計画がとん挫してしまう。オウルの借金返済期日も迫っていたので、
あのゲートトラップは地元では有名な不帰のトラップと呼ばれ、これまで、あのゲートの先から帰ってきた者はいない。確実に死ぬと言われていた場所だ。
今度こそ殺せたと確信したオウルたちは、すぐにギルドへと向かい、事前にジョアンナにスらせておいたアインの冒険者証明書を使いつつサティを強請り、口座から貯金を下ろさせたのだ。
四百万以上の大金を貯めていたので、それを四人で分割し、それぞれ好きに使うことになった。オウルは賭場の借金を返し、残りの全てをかけてカードをしたが負けた。ロナウドは娼館のツケを支払って終わり。ヒルルラは呪術に使える貴金属を買ったり、酒などに消えたらしい。ジョアンナは普通に貯金したそうだ。
だというのに、アインは帰還したらしい。
だが、ロナウドが言うにはロナウドに撃退され、そのままグリムワから消えていったらしい。実際、ここ十日ほど姿を見ていない。妹のソフィーがフレッドの店で働いているのは、地元の手下を使って調べてはいるが、どうやらアインは部屋で寝込んでいるのだとか。
(しっかし、自分の貯金を取られて泣き寝入りなんざ、ダサい奴だな……)
オウルはアインに興味が無かった。
同じ前衛だが、最悪、盾にして使ってやればいいくらいに思っていたのだ。
(ま、逃げたならそれでいい)
などと考えつつギルド支部の建物へと入る。
今回の件はギルド側にもバレているようで、サティはクビになったそうだ。だが、オウルたちはお咎めなし。ギルドは個人間の諍いには干渉しないので、パーティー内で解決しろ、ということだそうだ。
サティの代わりに窓口に立っているのはエラヒムだった。
エラヒムはオウルたちを見ると、不快そうに舌打ちを鳴らした。
「なんだよ、随分な対応じゃないか」
オウルが言えば、エラヒムは鋭い視線を投げてくる。
「このクソガキどもが。面倒ごとにウチを巻き込むんじゃねぇ」
「あの件なら解決した。負け犬は泣き寝入りを決めたからな」
「次同じようなことがあれば、俺も黙ってねぇぞ」
「わかってるさ」
笑顔で返しつつ「なにかいい依頼はあるか?」と尋ねた。するとエラヒムは「これだ」と差し出してくる。内容はグリムワの近くにある古戦場の調査だった。
「古戦場でなにかあったのか?」
「山の民だか山賊だか知らんが、夜な夜な人が集まってるって噂でな。最悪、ダンジョンから出てきた魔物って可能性もある。その調査、もしくは威嚇だな」
魔物は普通、ダンジョンの外には出てこない。
だが、時に例外として外へと出てくることがある。それはダンジョンから魔物の大群が飛び出す
「威嚇? 討伐までしろってことか?」
「お前ら、手下がいるだろ? 愚連隊みたいなよ。連中も連れ出して、しばらく騒いでろ。それで、この辺は危ないって思わせればいい」
「殺れるなら殺っちまっていいのか?」
「相手が山の民ならな。領域侵犯だしな。そうじゃないなら、まあ、犯罪者としてでっちあげられる証拠は必要だ」
グリムワはアウレリア法王国の端にあり、国境の向こう側はオスロー山脈に住み着く山の民と呼ばれる部族連合だ。国境線は、きちんと定められているが、国境で諍いがあるのはいつものことだ。
あくまでその調査と、山の民がなにかしているなら、それの遅延や妨害が目的なのだろう。敵の数が多ければ、冒険者で軍団を作るか、騎士団が出てくる案件だ。
オウルは依頼書の報酬の欄へと目を向ける。
「前金で五十万、成功報酬で百万か……俺の手下を使うってなら、少し安くねぇか?」
「それでチャラだっていう、こちらの譲歩だ。断るなら、俺たちもお前らを庇う理由がなくなるぞ?」
ドスの効いた声で威圧された。さすがのオウルもギルドを敵に回す気は無い。
「そういうことなら納得だ。わかったよ」
手下どもには金じゃなく酒か何かを報酬にしたらいいだろう。仮に逆らうようなら殴ればいい。
「この依頼、受けるが、今後もいろいろ頼むぞ」
「ああ、うまくやれよ」
受付の手続きを終え、オウルたちはダンジョンに向かう準備をするため別れた。
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