第12話
結論、ここは地獄だった。
「ここから出してくれぇぇぇぇっ!」
叫びながら逃げ惑う。音を出せば、ゾンビに察知され、襲われるのだから、既に精神は崩壊していた。
だが、いくら俺のメンタルが壊れようと、ゾンビに見つかって食い殺されようと、何度でも蘇るのだ。記憶と経験を引き継いでいるのに、精神崩壊前の状態で。
既に体感で一ヶ月ほど、この地獄をサバイヴしている。
「うあああああっ!!」
半泣きのままゾンビを棒で殴り飛ばす。ゾンビの体は死体なのだが、普通に固い。全体の九割のゾンビはゆっくりした動きなのだが、残り一割がアイン以上の身体能力を持った特殊ゾンビだ。
この特殊ゾンビと遭遇した時点でほぼ死亡が決まる。
「もう死にたくなぁぁぁい!!」
叫びながら鉄の棒を振り回していたら、ゾンビに群がられた。
「いだいよぉぉぉぉっ! だずげでぇぇ! ししょーーーーー!!」
首に食いつかれ、血しぶきが舞う。あ、俺の血、あったかい……そんな感想と激痛とともに意識が落ちる。
そして、見知らぬ場所で復活するのだ。
今回のリスポーン地点は、とあるビルの屋上だった。柵から下をのぞきこめば、餌に群がるアリのようにゾンビがうごめいている。
「これで俺、何回死んでるんだよ……」
さすがに生存時間は伸びているが、武器になるモノを見つけられるかは運だ。アインが戦闘で使える魔術は基礎魔術の
とはいえ、その限界値も、この一ヶ月で伸びてきていた。
一般的に魔力総量も限界があるらしく、
魔術使ってれば、嫌でも魔力量は増えていくのだが、それでも、一日のうち、
『ぜんぜん成長しませんわね……』
一ヶ月ぶりのその声に「
「このクソ悪霊がぁ! 地獄じゃねぇか、ここはよぅ!!」
『あら、この程度で音をあげていては、
「そんな連中に勝つ気なんてねぇよ! つか、連中にもこんな地獄の特訓かましてたのかよ!!」
『もっと大変な感じですわね。ゾンビの代わりに神竜級のドラゴンの群れとか……』
「そんなの普通に国が滅びる災厄だろ……」
『
さも当然と言いたげなルリアを見て、ふと思いついたことがある。
「お前、裏切られたの、この特訓が理由じゃね? 俺もお前を今すぐぶち殺してハッピースマイルしたい程度にムカつているし」
一瞬『え?』という声をあげたが、すぐさま『ありえませんわ』と首を横に振る。
『終われば記憶は曖昧になりますもの。ええ、ありえませんわ! わたくし自身、ほとんど覚えてないんですし!!』
「ほとんどって微妙に覚えてるってことか?」
『完全に忘れてしまっては、情報として定着しませんもの』
「ほんとに俺のメンタル大丈夫なんだろうな? もう、ここに来る前のようには笑えないぞ。地獄を経験しちまったからな……」
『たしかに、何度か死を経験なさって、目がいい感じに濁ってますわね♪』
「なに笑ってんだよ、お前……マジぶち殺すぞ?」
『あら、残念♪ 既に死んでますわ♪』
と笑顔で返されたが、関係なく
まあ、ルリアは効いた様子もなく『気がすみましたか?』とナチュラルに煽ってきやがる。こいつ、絶対、仲間に嫌われてただろ……。
『さて、まったく成長しないあなたに助言を与えましょう。本当はご自身の力で答えに至ってほしかったのですけど、最初なんでサービスしてあげますわ』
やれやれ、と言いたげにため息をついていた。今やオウルたちへの殺意より、ルリアへの怒りのほうが大きい。こいつも、マジで、いつか必ず泣かしてやる……。
『あなたが使える死霊術ときちんと向き合いなさい。それは使いようによっては、誰にも真似できない武器になりますわ』
「確かにお前を祓うためには死霊術をマスターするのが先決だな」
『冗談で言ってますわよね? ねえ? 冗談ですわよね?』
「本気にキマってんだろ」
『え、アイン? なんで? なんでそんなに怒っていらっしゃるの?』
俺が詠唱なしで使える死霊術は三つしかない。
腐蝕の魔術である
死肉を腐蝕させて土に返す魔術と、死肉の腐蝕速度を遅らせる魔術だ。ともに料理人として必要だから必死でマスターした。
『
実際、
『あなたは、その二つの魔術だけは、人並み以上にマスターしてますわ。ですから、それをもっと応用することで戦闘向けの魔術に昇華できますわね』
「つまり、どうしろ? と」
『それはご自分で考えなさい。自立無しに成長はありませんもの』
魔術の師匠も同じようなことを言っていた。基本は教えるが応用は自分次第だ、と。自ら学ばない奴に成長も進化も無い、と。
「めんどくせぇ……人生諦めたい程度にめんどくさい……料理を作りたい……」
状況がしんどすぎて泣きそうだ。一ヶ月も包丁を握ってないのは、料理人を目指してからは初めてだった。
『あなた自身の復讐のためですわ。さあ、がんばりましょう♪』
「……復讐とか、もう正直どうでもよくなってるんだよな。この地獄が辛すぎて……」
今、全力で後悔している。
『ダメですわ! 復讐こそ、生きる道ですわよ!! あの屈辱を思い出してください!! あんな情けなくギャン泣きしたことをもう忘れたのですか!? あんな情けない姿、わたくし、初めて見ましたわよ! よくもまあ、今も生きていられるものだと感心しますわ』
「なんだ? 煽ってんのか? やってやんぞ?」
『あなたの敵はわたくしではなく、オウルたちですわよ?』
「今の俺の敵はお前だけどね」
『まあ、どうせわたくしへの怒りも終われば消えるので問題ありませんわ』
こいつを今、一番ブチ殺したい。
『せいぜい、がんばることですわ。まあ、最低でも一年くらいはかかるでしょうし』
「はあ!? 一年だと!? お前、マジで言ってんのか!?」
言いたいことだけ言って、ルリアは再び消えた。残された俺は虚空を眺めながら歯を食いしばる。
「あいつ、絶対、ブチ祓う。めちゃんこ祓ってやるからな……」
そのためには、強くならねばならない。なんなら
それが可能ならば、ルリアを祓うことができるだろう。
「腐蝕と防腐を極めて強くならねば……!!」
一般的にモノが腐るというのは、魔力の流れが消え、邪気に晒されるからだと考えられていた。
魔術の師が言うには、邪気というのは宗教的な捉え方であり、実際はものすごく小さな生物などが肉を分解しているらしい。もしくは、酸化という更に小さな物質とかの変化があるとか言っていた。
要するに腐蝕の魔術は、その邪気を操り、活性化させる魔術である。
逆に防腐の魔術は、その邪気の活性化を極限まで制限する魔術だ。この辺は燻製や塩漬けなどの調理方法でも使われている。いぶしたり、塩分によって邪気を払うのだ。ただ、これだと肉そのものに腐蝕以上の変化を与えてしまう。
そうならないように邪気の動きを制限するのだ。
「これをどう戦闘に活かせって言うんだよ……」
普通に生きている人間に活性化した邪気をぶつけたところで、生きている人間には魔力がある。邪気は、生きている人間の生気にすこぶる弱いので、生者を腐らせることはできない。
――魔術の基本は常識を疑うことだ――
かつて魔術の師に言われた言葉が脳裏をよぎる。既存の知識や常識に従っていたほうが楽だ。失敗はしないから。
だが、大きな変化を望むなら、想定外のことをしなければならない。
「いろいろ試すしかないか……」
ため息まじりに屋上の扉を開き、ゾンビのうごめく地獄へと向かっていく。
「なんで、こんなめんどくさいことになってんだろ……復讐なんて考えなきゃよかった……」
ボヤきながらも、ここ一ヶ月のうちで身に着けた歩き方は完全に足音が消えていた。そんな変化に気づき、料理人とは真逆の方向に進んでるな、と泣きたくなった。
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