第11話

 一夜明けて、落ち着いたと思いきや、どうにか怒りの炎は、まだ残っていた。


 寝ていても怒りで熱いと思っていたが、ただ単にファヴがベッドの中にもぐりこんで抱き着いてきていただけだ。寝間着がよだれでベトベトになっていたが、そんなことはどうでもよかった。


 だが、ファヴに抵抗して肌着で布団に潜り込んでいるソフィーは問題だった。

 誰か、こいつに近親相姦は禁忌であると教えてやってほしい。朝から暗澹たる気分になったので、空中に浮きながら寝ているルリアに塩を投げてたたき起こした。


『なんですの!?』

「昨日言っただろ。俺を強くしろって」

『そうでしたわね……まあ、あなたの肉体が強化される分には、わたくしもかまいませんし……というか、妹と幼女をはべらかすとか、鬼畜性欲ド外道ですわね』


 と言いながら床まで降りてくる。ちなみにファヴとソフィーは布団の中で丸まったままだ。トカゲは変温動物だし、ソフィーは一度寝ると簡単には起きない。

 だから、まあ、ルリアと普通に話しても問題ないだろう。


「で、具体的にどうしたらいいんだ?」

『その前にわたくしの特殊天慶ユニークスキルの説明をしますわね』


 と言いながら偉そうに胸を張りだした。


『一つは既に伝えてありますわね。才能限界値レベルキャップを取り払う人造天稟インゲニウム・レギオンですわ』


 正直、この特殊天慶ユニークスキル一つだけで、充分デタラメだと思う。

 現状、アインの才能限界値レベルキャップは二千を越えてるが、千を超えるだけでも人類を超越していると言っていい。


『そしてもう一つが道標看破メティス・ロゴス。こちらの天慶スキルは、魂を精神と時の部屋に飛ばして、そこで修行させるモノですわね』

「精神と時の部屋ってなに?」

『こちらの世界の方には通じませんわね……言い換えるなら、時間と空間を超越した場所に魂だけ飛ばしますわ。その空間での一日は、現実世界での一秒ですわね』

「三十秒で一ヶ月歳をとるってことか?」

『魂だけ飛ばすので、肉体年齢は変わりません。それに、修行期間が長すぎるとメンタルも壊れますので、修行後は記憶も曖昧になります』

「でも、魂だけって肉体的な変化は無いんじゃないのか?」

『魂と肉体は密接につながっていますわ。魂に刻まれた情報はやがて肉体にも反映されますの。逆もまた然りですわね。さすがにいきなりマッチョにはなりませんけど、三日もあれば、魂の形に肉体が追いつきますわ』

「結局、努力は必要ってことか?」

『なにもせずに強くなるなんて、そんな都合のいいお話はありませんわよ。とはいえ、一年修行しても、365秒ですわ。六分強ですわね。十年修行しても一刻程度』

「はげしくめんどうくさいな……」

『終われば、ほとんど忘れますわ。やってる最中はめんどうだと思うでしょうけど』


 ただ、たしかにデタラメな特殊天慶ユニークスキルだとは思う。仮に百年特訓しても36500秒。十刻。半日程度しか使わない。

 更に記憶が曖昧になることで、精神面も変に老成することも無いとなると、たしかにデタラメな天慶スキルだと思う。


『ただし、この天慶スキルにも制限がありますわ。まず、目標達成の誓いが必要ですの。その目標が達成されない限り、戻ってくることはできません』

「え?」

『達成できなければ、詰みですわね。ただ、どんな才能の無い者でも目標を達成できるように人造天稟インゲニウム・レギオンで限界を取っ払えますわ』

「まあ、達成可能な目標にしとけば……」

『それだと天慶スキルが発動しません。現状、本人が難しいとか無理だな、と思ってる目標設定でないと使えませんわよ』

「……もっと融通きかないのかよ?」


『無理をしないと強くなれないでしょう? 安心してください。わたくしの道標看破メティス・ロゴスは、そのうえで最適なトレーニング方法を提案しますし、トレーニング施設や仮想敵なども用意できますわ』


「オウルの冒険適性値レベルは348。それ以上は目指さないとだし、それに、あいつらには地元の悪ガキ連中のチームみたいなもんがあるらしい」


 農村の乱暴者のはぐれ者だろう。そういう連中をオウルは仕切っていたと聞いたことがある。「どうして、そいつらパーティーに入れないんだ?」と尋ねたら「シンプルにバカだから」という答えが返ってきた。無軌道な連中なのだろう。


「集団戦に特化した能力も必要だな。復讐したら復讐され返したみたいな流れは困る」

冒険適性値レベルが強さの全てではありませんが、400くらいを目標にしないといけませんわね。それと対集団に特化した天慶スキルも覚える必要がありますわ』

冒険適性値レベル400とか上級冒険者じゃん……」


 ルリアがため息をついた。


『たかが冒険適性値レベル400なんて通過点ですわ。少なくとも十勇士セフィラに連なる勇者は皆、冒険適性値レベルで言うと1000は越えてましたわね』

「バケモノじゃん……」

『ですから、わたくしの天慶スキルは有用ですの。冒険適性値レベルで強さの全てが決まるとは言いませんが、800越えた辺りから、首を刎ねられない限り、ほぼ死なない体になりますわね』

「正真正銘のバケモノだな……」

『最終的に、そのバケモノに勝てる体に仕上げないといけませんのよ?』

「それは知らん。俺はオウルたちをシバいて金を回収。その後も俺とソフィーは安心して暮らしたい。それだけだ」

『今はそれでかまいませんわ。では、冒険適性値レベル400を超えるまで強くなり、対集団戦特化の天慶スキルを覚えると誓ってくださりますか? 声に出してください』


「俺は冒険適性値レベル400を超えるまで強くなって、対集団戦特化の天慶スキルを覚える!」


 瞬間、目の前が真っ白に光輝いた。


 見たことの無い場所だった。


 ダンジョンの塔のように高くて、長方形の建物が林立している。その建物すべてに、驚くほど透明なガラスの窓があった。足元の黒い石畳と思われる道には白い線が引かれており、石畳の継ぎ目が無い。


「ここ、どこ?」

道標看破メティス・ロゴスの世界ですわ。わたくしがいた日本という国をモチーフにしてますの。東京ですわね』

「トーキョー?」

『では、特訓内容を伝えますわ』

「いきなりかよ?」

『ええ、あなたに必要なのは実践力。屍術師ネクロマンサーとして死霊術を戦闘で使えるようになる程度の実力が必要ですわね』


 不意に腐った死体のような人間が、ぞろぞろと現れはじめた。


『あれはわたくしのいた世界でゾンビと呼んでいた怪物ですわ。動く死体だと思ってください』

「敵にあいつらを操る屍術師ネクロマンサーがいるってことか?」

『さあ? それを見抜くのも含めて、生き残るのが特訓ですわね』

「武器は?」

『それを見つけるところも含めての修行ですわね。さあ、がんばってください』


 それだけ言うとルリアが消えてしまった。


「本当にこんなので強くなれるのかよ……」


 ボヤきながらも、とりあえずゾンビからは逃げることにした。


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