第10話
宿に戻った頃には夜になっていた。
階下の食堂は繁盛しているようだったが、声をかえずに借りてる自室へ向かう。
部屋に戻れば、机の上に置かれたランプの光がソフィーの手元を照らしていた。日記を書くのがソフィーのルーチンだ。集中しているらしく、俺の気配には気づいていない。
「ただいま」
と声をかければ、勢いよく顔をあげる。満面の笑みで。
「おかえり、お兄――」
笑顔が固まった。
「――その子、誰?」
顔は笑顔なのに、声に感情が乗っていない。こんなソフィーを見るのは久しぶりだ。具合でも悪いのだろうか?
「いや、いろいろあってな、保護することにした。ファヴニールだ」
「アイン、誰? ツガイ?」
「ソフィーは俺の家族だよ」
ファヴは言葉を理解したようで、ソフィーに向かって微笑みかけた。
「おまえ、ファヴ、家族。食う」
「家族は食っちゃダメだ!」
「家族、非常食、違うか?」
トカゲに家族愛を説くことの徒労感よ……。
「まあ、いろいろ問題がある奴だけど、俺の言うことは聞くから安心しろ」
「まさか、小さい子を調教済み?」
「お前は兄貴をなんだと思ってるの?」
「だって、言うことを聞かすとかツガイとか言ってるし! やっぱり小さい子が好きなの!?」
「なんでそうなる!?」
「だって、私が薄着で歩いたり、裸で布団に潜り込んでもなにもしてくれないんだもん!」
「妹だからだよ!!」
「客観的に見て、私って美人だと思うよ? 胸だってそこそこあるし、一応、
「妹だからだよっ!!」
「お兄ちゃんの言ってること意味わかんない!!」
「社会通念くらいわかってくれ!!」
そんなやりとりを見ていたファヴとルリアは「うわー」と言いたげな目で引いていた。
「違うから! 手を出したことなんて無いから! 妹だから!!」
「違うよ! お兄ちゃんは私と一緒にお店をやろうって言ったじゃん! こんなのほぼプロポーズじゃん!!」
「家族経営って意味だよ! お前、なに言ってんの!!」
ソフィーは時々、こうして発作を起こす。
俺がガキの頃から面倒を見ていたせいか、俺への依存心が強いのだ。俺が女性と仲良さそうに話したりしていると、こうして発作を起こし、暴走してしまう。
まさか、見た目が子供のファヴに対してまで発作を起こすとは思わなかった。
「アイン、ファヴ、かまわない」
「なにが?」
「オス一人、メスたくさん。アリ。ファヴ、気にしない」
「俺の妹をメスとしてカウントするな」
「非常食、多い。ファヴ、うれしい」
「性欲より食欲かよっ!!」
「私はお兄ちゃんに食べてほしいもん!! 性的な意味でっ!!」
「うるせぇよ!! 食わねぇよ!!」
「なら、ファヴ、食う。性的にも。夕飯的にも」
「ダメに決まってんだろーがーーー!!」
ひどい目にあったというのに、一人でへこんでいる余裕すらない。そんな風に騒ぐ俺たちを見て、ルリアは引きながら『人の形をしたケダモノですわね』と俺を見ていた。
「ほんと、めんどくせぇ……」
復讐の炎がわけのわからないやり取りで、若干消えそうになる夜だった。
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