第9話

 俺は激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐のパーティーメンバーどもをしばき回さねばならぬと決意した。

 その怒りのままに酒場の扉を蹴り開ける。


「オウルどもはどこだぁぁぁぁっ!!」


 酒場にいる客たちが一斉に俺へと視線を向けてくる。でも、そんなの関係ない。どこだ!? あの腐れどもはどこに――そこにいやがったかぁぁぁっ!!


 目のあったロナウドへと一気に駆け寄り――


「お前ぇぇぇぇぇっ!!」


 ――勢いのままドロップキックをロナウドの顔にかます。いきなり始まった喧嘩に客どもが歓声をあげだした。


「なっ! アイン!?」


 テーブルごと蹴り飛ばされたロナウドは鼻を押さえながら目を見開く。


「ぶっ殺ぉぉぉっ!」


 驚くロナウドの顔を蹴り上げようとしたが躱される。ロナウドとて冒険者だ。奇襲は受けても立ち直りは早い。すぐさま、立ち上がって、腰から短剣を抜いて構えやがった。


「てめぇ、アイン、どうして生きてるんだ?」

「俺の金どこやりやがったぁぁぁっ!!」

「な、なんのことだ?」

「なんのことだ? じゃねーだろーがよぉぉぉっ!! てめぇら、俺の開店資金、盗んでんじゃねぇぇぇっ!!」


 冒険者にはパーティー内相続というシステムがある。


 仲間が死亡した際、その遺産はパーティーのモノになるというシステムだ。当然、生きている時に関係書類にサインをしなければならないし、死亡の確認はきちんとしなければならないし、本人の冒険者証明書が必要だった。


 仮にダンジョン内で行方不明になった場合、もぐった階層にもよるが仮に第一階層でも一ヶ月は戻ってきていない、という証明が必要だった。それによって死亡認定される。


 今回の場合、俺の行方不明帰還はわずか二日半だった。ていうか、そもそもパーティー内相続にサインはしていないし、俺が死んだら貯金の受け取りはソフィーのはずだ。


 だが、契約内容は変更されており、書類上一ヶ月以上も俺はいなかったことになっていた。ギルドの受付上の書類では、いないのだから仕方がない。

だが、普通にサティとは会話していたわけだから、サティもグルだったということになる。


 サティが言うには、ロナウドとオウルに脅されていたらしい。


 サティは昔、オウルたちと一緒にヤンチャをしていたらしい。今の清楚なサティからは想像もつかないことだが、旦那と出会ってからはオウルたちとは距離を取っていたそうだ。それが最近になって、昔のことを旦那にバラすと脅され、今回の一件に加担したそうだ。

 揃いも揃ってクズである。


 ギルド支部としてはサティを懲戒免職にするし、俺がサティを詐欺罪で訴えてもかまわないが、貯金の補償はしかねるという結論だった。あとは、領主に訴えるなりして当事者同士で解決しろ、ということだ。

 グリムワの法政局に訴えたところで、地元民ではない冒険者の言葉などまともに取り合ってもらえない。要するに、俺は自分で金を取り戻すしかないということだ。


「めんどくせぇなぁ、ガタガタ言うんじゃねぇよ、カス」

「ああ!?」

「カスにカスって言ってなにが悪いんだよ? レベルは俺のほうが上だぜ? 逃げるなら今のうちだぞ?」

「おいおい、まさか、開き直るってのか? 一言くらい謝罪……」

「はあ? どうして俺がカスに謝罪しねぇといけねぇんだよ? つーか、死肉くせぇ屍術師ネクロマンサーを仲間にしてやったのは、俺たちだぜ? てめぇの金はその迷惑料だろ?」


 人は怒りの極致に至るとヘラヘラと笑ってしまうらしい。


「とっととこの街から出ていきな、カスがよぉ。それともてめぇの妹をブチ犯されねぇとわかんねぇかぁ?」


 気づけばロナウドに右ストレートをぶち込んでいた。膝から崩れ落ちるロナウドのコメカミを左フックで殴り飛ばす。ロナウドが手にしていたナイフを拾い、鼻血を流して虚ろな目をするロナウドの胸倉をつかむ。


「おい、今、てめぇ、なんつった?」

「なんで……? お前……俺より弱……」


 ナイフをつきつけた。


「今なんつった? って聞いてんだよ。え? 誰の妹になにするっつった?」

「ひっ!」

「聞き間違えか? 俺の妹を犯すとか言ったよな? おいおい、そんな危険な野郎の一物を放置しておけねぇなぁ!!」


 マジで切り落としてやってもいい。


「い、いいのかよ? そんな口利いてよ……」

「ああ? お前、本当に切り落とされたいみてぇだな……」

「俺に勝ててもオウルに勝てるのか? 俺はあいつのマブダチだ。てめぇが俺になにかしたら、あいつが倍にして返してくれるぜ?」


 関係ないね、ぶっ殺す! となれないのが俺の俺たる所以だ。


 すぐさま頭の中で損得勘定をしてしまう。

 たしかに、いくら俺が中級冒険者になったとはいえ、オウルには勝てない。

 あいつは中級とはいえ、限りなく上級に近い中級であり、天才と言われている男だ。レベルでいえば348。俺とオウルではかなりの実力差があるし、ヒルルラもジョアンナも幼馴染であるロナウドの味方になるだろう。


「それだけじゃねぇ。地元のツレにも声かけて、てめぇら兄妹、マトにしてやるぜ? 俺が声をかければ百人は集まるなぁ!」


 サティの話では、オウルたちは、もともと手のつけられない札付きの悪だったらしく、その気になれば地元の仲間を引き連れてくることだってある。俺一人ならともかくソフィーを守りながら戦うのは無理だ。


「形勢逆転だな」


 へッと歪な笑みを浮かべる。それが、またムカつく。


「……ロナウド、俺の金を返せ。お前だって俺の夢を知ってただろ?」

「なにが夢だよ? 冒険者のくせに料理人になるだぁ? 夢を熱く語るてめぇにこそ、俺はずっとムカついてたよ」

「てめぇのお気持ち表明なんざ、どうでもいいんだよ!! 俺の金を返しやがれ!!」

「俺がもらった分はもう使っちまったから無理だ」

「使っただと……昨日の今日だぞ? 四人で分けても一人百万はあっただろ!?」


「娼館のツケが溜まっててよ。それに使ったよ。余った金でさっきまで楽しんできてたんだぜ? いい気分で余韻に浸ってたのに邪魔しやがって……」


 怒りを通り越して呆れてしまう。


「つか、返せ返せっつーけどよ、借用書でもあるのかよ?」


 へッと笑いながら俺の手をつかんだ。


「それと立場、わかってんのか? 俺は殺そうと思えば、いつでもてめぇを殺せるんだぜ、アイン……いつまで俺の胸倉つかんでんだぁ?」


 よし、殴ろうと思ったが、次の瞬間、ルリアが『やめなさい』と言った。


『おとなしく諦めた振りをするか、わたくしに代わりなさい。でないと、死にますわよ』


 死の運命ということなのだろう。

 この場でこのクズを殴れば、このクズはオウルや仲間に声をかけるということだ。この場で殺しても結果は同じ。敵討ちと称して、徒党を組んでくるだろう。


 深呼吸して怒りを押し殺……せないが、利口にならなければならない。

 ここで殴っても金は返ってこないし、もっと面倒なことになる。

 だから――


「……わかった……金は……諦める……」

「うわ、だっせぇ……」


 俺は乱暴にロナウドを解放し、踵を返した。そんな俺のケツをロナウドが蹴る。


「お前みたいなダサい奴、もうパーティーにいらねぇわ。追放だ、追放! さっさとこの街から失せな。次、見かけたら、マジで殺しちゃうぜ? アインちゃんよぅ♪」


 俺は振り返らずに酒場を出ていった。外に出たところで、うつむきながらルリアに「ファヴは?」と尋ねる。


『あなたが急に走り出したからはぐれましたわ』

「そうか……」


 言いながら歩きはじめる。

 しばらく酒場から離れたところで、ひと気の無い裏通りに入っていく。不意に「アイン、みつけた」とファヴニールの声が聞こえたが、反応しなかった。


「アイン、変。どうした?」

『いろいろありまして……』


 二人の声を無視して、裏通りの行き止まりにたどり着く。


『で、どうしますの? おそらく他の三人も似たようなものでしょうね。もうわたくしたちのお金は戻ってきませ――』


「殺す」


『え?』


 拳を固く握りしめながら壁に叩きつける。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」


『ひえっ……』


「アイン、壁、滅ぼす? ファヴもやる」


 ファヴが俺を真似て壁を殴ったら、普通に砕けたので「やめろ」とやめさせた。俺の右手は壁を殴り続けたせいで、血が流れている。

 ペロリと拳骨の血を舐める。この血の味を忘れるな……。


「アイン、手、ケガ。ファヴ、治す」


 ファヴが俺の手の傷をぺろぺろ舐めていた。よだれの量が増えていって手がベトベトになったのだが、こいつ、ただ俺の血の味を楽しんでるだけじゃないか?


「もうやめろ、ファヴ。俺の手は飴玉じゃない」

「アイン、血、おいしい」

「おいしくないよ!! なんだよ!! 俺のブチギレの邪魔をするなよ!!」

「もっと、舐めたい」

「目が怖ぇんだよ!!」


 肉食獣が獲物を前にした瞳孔ガン開きの目だった。だが、不思議と手の傷が消えていた。こいつの唾液、なんなんだ? おっかねぇ……。


『で、どうなさるのです? まさか、あんな無様を晒して泣き寝入りなんてしませんわよね? 腐ってもわたくしの玉体を預かる身ですわ。それ相応の格と言うものを――』

「誰が無様だって? ああ? てめぇ、煽ってんのか?」


 怒りのままルリアを睨んだら、ルリアが勢いよく目をそらした。こいつは、煽るくせにキレると逃げる。アホなのだろう。


「……俺の夢まであともう少しだったんだ。自分の店を開くために師匠とも別れて、料理人の道を選んだ。わかるか? 自分の人生かけた決意と覚悟があるんだよ」


 いつか世界中に名前が轟く料理人となって、魔術の師匠を店に招くと約束した。その話をした時、オウルたちだって「いい夢じゃないか」と応援してくれたじゃないか!!


 そんな夢と友情が全て砕け散ったのだ。


「夢を潰されて泣き寝入り……? するわけねぇだろうがよぉぉっ! てめぇ、頭、沸いてんのか? あああ!?」


 全身全霊でルリアにすごんだら、ルリアが目じりに涙を浮かべてキョドりだす。


『わ、わたくしはなにもしてませんわ!!』


 怒りを覚ますために深呼吸をし、空を見上げる。建物に切り取られた細い夜空には、星が光っていた。俺の夢をぶち壊されようとも、世界は変わらない。それがムカつく。


「めんどくせぇ……」


 本当は料理だけ作っていたかった。


 師匠には魔術を褒められたことはなかったが、料理を作ると「君には料理の才能があるね」とニコニコと褒められた。ただ、飯を作って「うまい」と言われるだけの人生を送りたかった。

 冒険者になったのは、その目的を達成するためであって、別にやりたい仕事ではない。


「……ああ、ほんと、めんどくせぇなぁ……」

『アインさん?』


 ルリアの言葉にも反応せずに歩き出す。


「ほんと、めんどくせぇ……」

『あの、なにが面倒ですの? あの……もし、心が壊れたのでしたら、喜んで代わりますけど?』


 口元だけ笑いながらルリアを見たら、ルリアに『ひっ!』と短く叫ばれた。


「金はどうせ戻ってこねぇし、あいつらのほうが俺より強ぇ……だからさぁ、復讐って超めんどくせぇよなぁ……?」


『あの、アインさん……?』


「おい、元勇者、てめぇ、人を強くできるって話だよなぁ? それ、嘘じゃねぇよなぁ? 今の俺に嘘なんてつかねぇよなぁ!!?」


『え、あ、はい、で、できますわよ……ちょっと、アインさん、雰囲気が怖いのですけど……』


 目をかっ開きながらゼロ距離でルリアを見た。


「だったら俺を強くしろ。あのクズどもに復讐できるようによぅっ!!」


『は、はひぃっ……や、やりますわ……』


 ルリアは涙目で何度も首肯する。そんなルリアの横でファヴニールはニコニコ笑っていた。


「アイン、人、滅ぼす、とても、正義。滅ぼす、ファヴ、たくさん、手伝う」


 復讐に意味は無いかもしれない。たしかに、何の生産性も無い。傷つく人が増えるだけだ。

 でも、そんなことは関係ない。


 この怒りと悲しみを、少しでもいいから和らげるためには、その元となった連中から笑顔と幸福を奪ってやるしかないのだ。奪われて泣き寝入りして生産性だとかどうとか言って、無かったことにして生きていけるほど、俺の人間性はデキてはいない。


 俺の夢を踏みにじったあのクズどもをのさばらせておくわけにはいかない。札付きの悪? 地元のツレ? 上等だよ。まとめて、しばき回してやるよっ!!


「あいつら、ぜってぇ許さねぇからなぁ!!」


 俺は月に向かって吠えた。


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