第8話

 どうにか、二日半ほどかけてダンジョンから出ることができた。


 途中、魔物に一度も襲われなかったのが幸いしたのだろう。普段なら、一日歩いても、最低、二、三回ほどは遭遇するのだが、珍しいことに二日ほどゼロだった。


 ファヴが一緒だったことが原因なのだろうか? ありえる話だ。


 フレイムドラゴンなど、第一階層にいるべき魔物ではない。いや、大規模ダンジョンでも五十階層以降で遭遇するような種だと聞いたことがある。


 そんな怪物が、今、ゲートを通り過ぎ、ダンジョンから出てきてしまった。


「ひと、世界、綺麗……滅ぼす……」


 こんな邪竜を世に放っていいのだろうか? と今になって後悔した。


 とはいえ、道中、俺の言うことには素直に従っていたし、逆らう気配は無かった。ツガイになりたい、という宣言どおり、俺への愛情というか信頼のようなものを感じたりはする。俺の臭いを嗅いだり、時々、舐めようとしてくるのだ。


『そうそう、フレイムドラゴンはオスと交尾した後、出産のためにオスを食い殺すことで有名ですわね。絶対、手を出してはいけませんわよ』


 とルリアに言われた。

 今まで感じていたのは愛情ではなく、獲物を前にした食欲だったのかもしれない。フレイムドラゴンの世界はオスや俺にとって厳しい。


 ファヴニールの朗らかな微笑みに寒気を感じつつもダンジョンから出る手続きを進めていく。


 グリムワのダンジョン管理は、割と甘いため、簡単なチェックだけで、外に出れた。国によっては、アーティファクトは領主が没収する場所もあるらしいが、アウレリア法王国はザルである。唯一の例外は聖都にある王神柱の大規模ダンジョン程度だ。

 そのため、ファヴを見とがめられることも無かったし、パーティーと一緒に出なかった俺のことも何も言われなかった。


『で、どうするのですか? まさか、このまま泣き寝入りだなんて言いませんわよね?』


 道中もルリアは復讐を煽ってくるが、そんな簡単な話ではない。

半年程度とはいえ、一緒に戦ってきた仲間なのだ。


(だから、話し合いはする。そのうえで正式にパーティーを抜けるよ)

『死の運命を覆すには、その原因を排する必要がありますわ』

(……どういうことだよ?)


『あなたを殺そうとする事象や原因を屈服させることで、死の運命が弱まりますの。例えば、ファヴニールを、わたくしは倒し、あなたはスケコマシましたわ』


(コマシてねーよ)

『ファヴニールを制したことで、ここ数日、特にアクシデントはありませんでしたでしょ? 死の運命を覆したことによるボーナスタイムですわね』


 そういうことがあるらしい。確かにルリアの言うとおり、ここ数日は平穏だった。


『そういうことの積み重ねで、いずれは死の運命を消せるかもしれませんわよ? ですから、あなたを殺そうとした者を打ち負かすことで、あなたは死から遠ざかるのですわ』


 言っていることはわからないでもない。だが、結局のところ――


『さあ、レッツリベンジですわーーー!! わたくしの体を破壊しようとした悪漢どもに死と正義の鉄槌をくだすのですわーーーー!!』

「復讐、ひと、滅ぼす、正義」


「だから、復讐なんてやらねーよ!!」


 俺は料理人になってソフィーと一緒にメシ屋を開くんだ!

 店の開店資金だって、あともう少し。残りの分なら、冒険者なんてしなくても稼げる。


『悪因は断ち切らなければなりませんわよ。でなければ、いつまでもついて回るものですわ』

(だったら、お前をブチ祓いたいけどな。俺は未だに、この死の呪いの原因はお前にあると思ってる)

『命の恩人になんたる言い草! マジぶっ殺ですわよ!!』


 ぎゃーぎゃー騒いでいたが、無視をして、そのまま市場へと向かう。

 ファヴ用の服を適当に見繕ってやったところ「贈り物、嬉しい」とぴょんぴょん笑いながら跳ねていた。見た目と所作だけならかわいい。だが、不意に「店、滅ぼす。全て、ファヴのもの」などとつぶやいていたので「おい、邪竜、やめろ」と止めておいた。


 その横でルリアが『わたくしの服ももっと煌びやかなモノにしてほしいですわね』とか言っていたが、無視した。そしたら、メチャクチャ怒ってきたので、姫騎士ファッションなる服装に変更しておく。

 白を基調としたスカートなのかマントなのかわからない服であり、肩や胸元など露出が多い。更にはニーソックスやタイツの色で個性を出すのだとか。実際、こんな格好の女騎士を見たことは無いし、ダンジョンで見かけたら、脳が沸いてるのかな? と疑問に思うレベルだ。

 とはいえ、一般的な女子の間では人気のファッションらしい。

 どうやらルリアも気に入ったらしく、偉そうに胸を張っていた。


 買い物を終えたあと、俺はギルド支部の建物へと向かって歩き出す。

 オウルたちがいるかもしれないし、ついでに自分の貯金額を確認しておきたかった。


 俺が支部に入ったところで、受付嬢のサティと目があう。瞬間、サティは信じられないモノを見たかのように目を見開き、顔から血の気が引いていく。


「あ、アインさん……」

「どうしたんだよ? そんな驚いて……」

「いえ、だって、死んだって……オウルさんが……」


 どう答えるべきか考える。たしかに俺は騙され、殺されかけた。だが、こうして生きているのだから、穏便に済ませたい。イザコザは心底めんどうくさかった。


「ドジってトラップにハマっちゃってさ。でも、どうにか生き延びた……」

「そ、そうなんですね……」

「オウルたちは?」

「さ、さあ……わかりません……」


 どうにもサティが挙動不審だ。違和感を覚えつつも「俺の貯金額を知りたいんだ。見せてくれないか?」と笑顔で語り掛ける。


 瞬間、サティが震えだした。


「どうした?」

「か、確認できません。今日は銀行口座の手続きができなくて……」

「はあ? どういうことだよ?」

「その、ですから、今日は口座の確認ができなくて。事務処理上の問題が生じていて……」


 そういうことなら仕方がない。


「なら、明日、また来るよ」


 と言ったら「明日も無理です」とサティが言う。


「じゃあ、いつなら大丈夫なんだ?」

「それは……」


『この女性、嘘をついてますわよ?』


(なんで嘘つく必要があるんだよ?)

『わかりませんけど、追及なさい。あなたのお金はわたくしのお金でもありますわ』

(ふざけんな、俺の金だ)


 と返しつつ「さっきから変だぞ?」とサティに詰めていく。


「ですから無理なんです! 口座の確認はできません!!」


 半泣きで叫ばれ、周囲の視線が二人へと集まってくる。怪訝に思ったのか他の事務員が、こちらに近づいてきた。男性職員のエラヒムだ。元冒険者であり、顔に傷があった。膝に矢を受けて以降、冒険者を引退し、こうしてギルド職員として働いている。


「アイン、どうした? なにがあった?」

「いや、俺の銀行口座を確認したいって頼んだら、なんか手続きに問題があって無理ですって……」

「いや、無理じゃないぞ。冒険者証明書を見せてくれ」


 言われて取り出そうとしたが、見つからない。鞄の中にも無かった。


「あれ? 無い……」

「じゃあ、金銭の引き落としは無理だな。魔術による偽装の可能性もある」


 と、鋭い視線を向けられた。さすがは元上級冒険者だけある威圧感だ。


「偽装とか、そんなわけないだろ! おかしいな。いつも、鞄に仕舞ってあるはずなのに……」

「冒険者証明書を無くしたなら再発行手続きが必要だ。その場合は、あんたが本人だって証明が必要になる。身元保証人を一人連れてきてくれ」

「ああ、わかった。妹のソフィーでいいか?」

「それでいい。そのうえで、魔術による擬態かどうかじゃないかの確認をする」

「それは今すぐしてくれていい」


 フレッドはアインを見てから「どうやら変な魔術は使ってないらしいな」と肩をすくめた。おそらく無詠唱で魔術を打ち消す術式相殺オフセットを使ったのだろう。


「引き落としはできないが、口座の残高を知りたいんだろ? 正確な金額は伝えられないが、ざっくりなら教えてやる」

「それでいい。四百万アウル以上あるかだけ見てくれればいいんだ」


 小さな小屋や屋台を用意するだけなら五百万アウルあれば充分だ。そこを目標金額としていた。


「ああ、わかった」

「エラヒムさん! ダメですよ! 規定違反になります!」

「……俺が見るだけなら規定違反じゃないだろ」


 と、何やら疑惑の視線をサティへと向け、エラヒムは奥の部屋へと入っていった。しばらくしてから、不機嫌そうな顔で戻ってくる。


「アイン、あんた、昨日、貯金を下ろしたことになってるぞ」


「え!? 俺、今さっき、ダンジョンから帰ってきたばっかですよ!?」

「ゲートで手続きしたか?」


 それはしてない。ファヴがいたので、特に記帳せずに出てきたのだ。


「いや、してないですけど……でも、本当なんです! 俺、トラップに引っかかって、それで、どうにか戻ってこれて」


「あんたが嘘をついてるとは思いたくないが……その前にサティ、お前にも聞きたい」


 エラヒムの鋭い眼光にサティが震えだした。


「受付のサインはお前の名前だったぞ、サティ。どういうことだ?」

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