第7話

 フレイムドラゴンと戦った階層からゲートを越えた先は、青い空に草原が広がる第一階層だった。おかしな話だ。


『なにか不可解なことでもあるのですか?』

「いや、ここ、第一階層だろ? さっきの階層は第二階層じゃなかったし……」

『そういうこともありますわよ。ゲートトラップ用の狭い階層なのでしょう。1・5階層とか、そういうのもありますもの』


 そういうものか、と納得しておいた。

 仮に第十五階層よりも遠くに飛ばされていたら、外界に戻るまでに一ヶ月以上はかかっていただろうし、早く帰れるんだから、それでいい。


『それはいいとして……』


 ルリアが眉間に皺を寄せながら、ビシッととある人物を指さした。


『このドラゴンはどうしますの!? ついてきてますわよ!?』


 人化の法で少女となったフレイムドラゴンもゲートを越えてやってきたのだ。

前の階層からついてきていることに気づいていたが、振り返れば、物陰に隠れて、こちらを見ていた。狙われているのだろうか? とビクビクしながら歩いてきたが、特に襲われることはなかった。


 それどころか第一階層に来た今となっては、俺の服の裾をつまむくらいの距離まで近づいてきている。


「えっと……何か用か?」


 見た目は十歳前後くらいだろう。服を着ていないため、目のやり場に困る。とはいえ、相手が魔物であることも承知しているので、視線を切ることはしない。


「私、負けた、です」


 片言の言葉で自分を指さしたあと、アインを指さしてきた。


「強いオス、ツガイ、なる」


『騙されてはいけませんわ!!』


 ルリアはフレイムドラゴンへと叫んでいた。ドラゴンもドラゴンでルリアが見えているのか、視線を向ける。


「騙される、なぜ? ダメ?」

『男は全員嘘つきなのですわ! わたくしもシュナイザーに裏切られ、殺されましたわ! 思い出しただけでも怒髪天ですわーーーー!!』


 ヒステリックに叫んでいた。


「こいつのこと、見えるのか?」


 ドラゴン少女はコクリとうなずいた。


「お前、私、騙すか?」

「いや、騙しはしないが……ついてこられても困る。ぶっちゃけ、めんどくさい」


 このドラゴンは上級冒険者十人がかりの怪物だ。もし、暴れたらルリアはともかく俺では対処できない。だが、そんな俺の想いとは裏腹に、ドラゴン少女はショックを受けたように目じりに涙を浮かべていた。


『女性を泣かすなんてひどい男ですわよ!』


「その女性をぶっ殺そうとしてたのはあんただろ!? どっちの味方だよ?」

『わたくしは常にわたくしの味方ですわ! 瞬間、本気で思ったことを口にするだけですわね』

「考え無しってことだろ、それ……」


 勇者というだけあって、変な奴なのだろう。


「どうしたら、ツガイ、なってくれる?」

「いや、それは無理だよ」

『受けなさい』

「はあ? お前、なに言ってんだ? 騙されるなとか、俺が騙すとか言ってみたり、情緒不安定かよ?」

『勇者は常に臨機応変なだけでしてよ。よくよく考えれば、フレイムドラゴンはかなりの戦力になりますわ。わたくしほどの強者となれば、敵にはなりませんが、雑兵相手にはかなり有力な兵器ですわね』

「兵器て。利用する気満々だな……」

『復讐のためならなんだって利用しますわよ。それに、このフレイムドラゴンを放置しておけば大変ですわよ? グリムワの冒険者では、まともに対処できないのではなくて?』


 事実、そのとおりだろう。

 グリムワにいる冒険者は、ほとんどが中級冒険者以下だ。上級冒険者となると、片手で足りるほどしかいない。

 このドラゴン少女が、その気になれば、グリムワを滅ぼすことなど造作もないのだ。


『放置した結果、グリムワが滅んだとしても、わたくしのせいではないので構いませんけど……わたくしは提案するだけしましたし』

「お前、卑怯だぞ!」

『卑怯でけっこうですわぁ♪ どんな手を使ってでも復讐を成し遂げてみせますわ!! そのためなら、わたくし、悪役令嬢にだってなってやりますの!』

「悪役令嬢ってなんだよ……」


 正直なところ、全力で関わりたくない。面倒くさい。


「さっきの階層……あんたの家に帰る気は無いか?」

「無い。ツガイ、なる」

「無理だって言ったら?」

「……悲しい……暴れる……ひと、許さない」


 落ち込みながらもナチュラルに脅してくる辺り、このドラゴンもいい性格をしているようだ。既にこちらの弱みを握っていやがる。


「こいつ、退治したほうがいいんじゃないだろうか……」

『わたくしは駒にする気満々ですから、やりませんわよ。やるなら、あなたが独力でやることですわね』

「退治、ダメ。悲しい……暴れる……ひと、滅ぼす……」


 見た目は可憐でもしょせんはトカゲだった。そのうえ、若干、メンタルヘルスに問題がありそうなタイプだ。


「どうにか諦めてくれないか?」


 ドラゴン少女はフルフルと首を横に振ってから「ひと、滅ぼす」と笑顔で言いのけやがった。もしかしなくても、こいつは邪竜だと確信してしまう。


 クソ! 関わりたくない!

 全力で関わりたくないが、邪竜を放りするわけにもいかない。面倒くさくて泣きそうだ。


「……どうして俺は悪霊とか邪竜につきまとわられるんだ? 仲間には裏切られるし、俺、なんか悪いことした?」


『悪霊とか失礼極まりませんわ! 国を勇者ごと滅ぼそうとしてるだけですわ!!』

「邪竜、ちがう……ひと、滅ぼす、正義」

「揃いも揃って邪悪じゃねーか!!」


 さすがに俺のせいでグリムワが滅ぶ光景は見たくないし、そんなことになればソフィーだって悲しむだろう。とりあえず、前向きな意味で臭いモノにはフタをするしかない。

 ドラゴンを退治できる冒険者がグリムワに来るまで、邪竜の面倒は見るしかないようだ。


「……ついてくるのはかまわんが、面倒ごとは起こすなよ」


 と言ったところ、ドラゴン少女は嬉しかったのか、尻尾で地面をビタンビタンと叩いていた。


「俺はアイン。こいつはルリア。俺に憑りついている悪霊だ。いつかブチ祓う予定」

『命の恩人に向かってなんて言い草ですの! ぶっ殺ですわよ!!』

「あと、お前も人間を滅ぼそうとしたりしたら、さすがに討伐するからな」

「……わかった。ひと、滅ぼさない。残念」

「で、お前の名前は?」


 とフレイムドラゴンに尋ねる。


「名前? 無い。つけて」


「うーん、名前かぁ……ペニスとかでいいんじゃないか……?」

「ひと、滅ぼす。絶対。許さない」


 怒りのあまり目が輝いていた。どうやら気に入らないらしい。ファミィル語で強くいきり勃つ勇者という意味なのに……。


『ファヴニールですわ! あなたは今日からファヴニールと名乗りなさい』

「なんだよ、その名前……」

『わたくしの前世の前世にいた伝説上の竜の名前ですわね』

「ファヴニール……覚えた」


 嬉しそうにビタンビタンと尻尾で地面を叩いていた。クソ、どう考えてもペニスのほうがかっこいいのに……。


「……ファヴニールとか長いし、俺はファヴって呼ぶぞ」


 言いながら俺は自分が着ていたシャツを脱ぎ、ファヴへと手渡した。


「これ、なに?」

「服だよ、服。さすがに素っ裸の子を連れ歩くにはいかないしな。ていうか、尻尾とか翼とか消せないのか?」

「ためす」


 言うやいなや、尻尾や翼が小さくなっていった。完全に消えたか確認してもらうため「見て」と背中と臀部を見せてきたが、だいぶ小さくはなっていた。


「まあ、大丈夫だろうな」


 アウレリア法王国に属するグリムワは、王神教の教圏内だ。基本、王神教は亜人種に対して排他的であり、討ち滅ぼす敵だとしている。その教えのせいで、獣人ビースティたちの国であるモルガリンテ獣王国と戦争をしているのだ。ドラゴン人間なんて、教会の人間にみつかれば全力で狙われてしまうだろう。


「さて、帰るか……」


 言いながら歩き出す。第一階層となれば、だいたいの位置を把握していた。ここからならば三日程度で外界に出られるはずだ。


『帰るのはかまいませんけど……』


 歩いていたらルリアが口を開いた。


『裏切られて騙された件は、どうなさるのですか?』


 オウルにされたことを言っているのだろう。


「理由次第だな……」


 なんとなく察しはついている。


「たぶん、俺の才能限界値レベルキャップの低さが問題なんじゃないのか? オウルたちはその気になれば上級冒険者になれるけど、俺は無理だしな……」


 上級冒険者は冒険適性値レベル的には300後半から400代となる。実際のところ、ギルドへの貢献度や偉業をなせば、上級冒険者の称号はもらえるらしいが、それらを達成するには実力が必要だ。

 結果的に300後半から400以上の実力が求められる。


「上級冒険者、なに?」


 ファヴニールの質問にアインは肩をすくめた。


「冒険者の等級だよ。初級からはじまって下級、中級、上級、特級、神級とあがっていく。まあ、ほとんどの奴が中級止まり。すごい奴で上級だな。特級から上には会ったことがない。で、俺は下級冒険者で、ほぼ間違いなく上級にはなれない」


『上級くらいなれますわよ?』

「なれないよ。俺の才能限界値レベルキャップは285だ」


『ですから、そこ、あげておきましたわ。ステータスで確認なさい』


「あげておきましたわって、そんなの無理に決まってるだろ。才能限界値レベルキャップは才能だぞ。本人の努力で変えられるのは冒険適性値レベルだけで……」

『いいからステータスを確認なさい』


 別にたいした労力でもないので「ステータスオープン」と詠唱する。


主人公

 名前 アイン・ダート

 年齢 18歳

 性別 男

 状態 理外罪神罰対象者・転生魂同一症候群

 職業 中級冒険者

 契約神 オル■■ーヴ■

 レベル 265/2850


 思考が止まった。


『あがっていますでしょう?』

「ええ……? なにこれ、2850……? あと、地味に冒険適性値レベルもあがってるし……」


 冒険適性値レベル265とか、中級冒険者じゃん。てか、元のレベルから100くらいあがってるんだけど!?


『軽く才能限界値レベルキャップを十倍にまであげておきましたわ。冒険適性値レベルがあがったのは、わたくしが表に出たことで魔力量の絶対値が多少あがったからでしょうね……』


 冒険適性値レベル一つあげるのに、天慶スキルを一つ覚えるくらいの努力が必要だと言われている。才能にもよるがだいたい半月から一月くらいかかるし、冒険適性値レベルがあがれば、その期間も増加していくのだ。

 単純計算で5年から10年の修行を終えたくらい強くなっていやがった。しかも、元の才能限界値レベルキャップをぶっちぎって……。

 いろいろ意味がわからない。なんだこれ、なんだ、このステータス……。


「……理外罪神罰対象者と転生魂同一症候群ってなに?」

『死の運命に呪われてるということと、わたくしという魂が同居してるということですわね』

「俺の契神がなんか読めないんだけど? 俺は女神マハルと契神してたはずだが?」

『そこはよくわかりませんけど、わたくしの影響だと思いますわよ』

「思いますわよって簡単に言うけどさ……てか、どうやって才能限界値レベルキャップをあげたんだよ?」


 ルリアはふふんと胸を張った。


『わたくしは導の聖女、施しの勇者ですわよ? これがわたくしの特殊天慶ユニークスキル人造天稟インゲニウム・レギオンですわ。わたくしが望めば、才能限界値レベルキャップなんて無いも同然。誰でも天才に作り替えることができますの』

「マジか……」

『マジですわ』


 デタラメだ……。


 目の前の悪霊はその気になれば、才能限界値レベルキャップの無い仲間を作り出すことができるということだ。


 あれ? てことはつまり……。


「もしかして、才能限界値レベルキャップ制限を取っ払った連中に裏切られたのか?」


 ピタリと偉ぶっていたルリアの動きが止まる。


「……考えナシに使いすぎじゃないか? 敵に塩を贈りまくってるじゃん」


『あああああああああっ!!! わたくしのおかげで強くなれたのに!! わたくしに対して恩義しかないのにぃぃぃっ!! わたくしをチヤホヤしてたのにぃぃぃっ!! あいつらぁぁぁぁぁぁっ!!!』


 いきなりの絶叫にファヴニールもビクッと反応してから、ヒステリックに地団太を踏み始める。


『許しませんわ! 許してなるものかですわ!! アイツら必ずぶっ殺ですわよぉおおおぉおお!!』


 もしかしたら、こいつって強いだけのバカなのでは?


『とにかくですわ!! わたくしの力があれば、あなたもあなたの仲間のことも、いくらでも強くできますの!! 最強の軍勢を作りますわよ!! 復讐のためにっ!!』


 うわ、めんどくせ。心底巻き込まれたくない……。


「復讐はなにも生み出さないと思うぞ?」

『偉そうに言ってますけど、あなただって仲間に裏切られたのですよ? どこまで、そんなことを言っていられるか、見ものですわね』

「許しはしないが、まあ、イザコザは面倒だからな。筋だけ通してもらってパーティー抜けるよ……」


 残念な結果だが、しかたがない。

 もともと冒険者を極めるのが目的ではないのだ。自分の店を開くための資金を作るために、冒険者稼業をしていたにすぎない。

 いずれ別れの時が来る。


 それが今日だっただけだ。


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