第6話
閃光と熱波に目をつぶった。
続いて激痛に襲われる覚悟を決めたが、予想した終わりはやってこなかった。
『え?』
目を開けば、へたりこんでいた自分を後ろから見ていた。更にそんな俺の体を避けるように炎が割れていくのが見えた。
「――さあ、滅びの時間だ」
言いながら俺の体が立ち上がる。
『あれ? 本当に代わっちまったのか!?』
(あら、消えませんでしたわね)
『消すつもりだったのかよ!? って、どうして聞こえてるんだ!?』
俺の体は喋っていない。だが、なぜかルリアの声が聞こえた。
(どうやら念話が可能になったようですわね。面倒くさいですわ)
『いや、え? あんた、本気で俺を消すつもりだったのか?』
(当然ですわよ。もう、人に情けをかける勇者はやめましたの。悪党を滅ぼすには、それ以上の悪党にならないといけませんもの。わたくし、悪役令嬢ですもの!)
『こいつ……!』
(何度も言いますが、あなたはわたくしがいなければ死んでましたわ。これで二度目ですわね。感謝して敬い、チヤホヤするがいいですわ!!)
フレイムドラゴンから放たれた炎が途切れる。
未だに立っている俺の体を見て、ドラゴンも怪訝そうに目を細めた。
「しょせんは火蜥蜴だ。大人しく立ち去るならば見逃してやる」
『なんで上から目線な喋り方なんだ? 微妙にかっこつけてるし、俺の体でムカつくようなことしないでくれ』
(せっかく男性の体になったのですから、わたくしの推しキャラらしく振る舞いたいのですわ)
『推しキャラってなんだよ?』
(わたくしが日本で引きこもりをしていた頃、大好きだった少年漫画のキャラですわ!)
なにを言っているのかわからない。
わからないが、ドラゴンにはルリアが口走った罵詈雑言が理解できたらしい。怒りの雄たけびをあげると同時に周囲に流れていた溶岩が盛り上がり、触手のようにウネウネと動き出した。
『なんだ、あれ!?』
(物体操作の魔術ですわね。驚くほどのものではありませんわ)
『いや、驚くだろ! あんなたくさんの量を――』
言い切る前に溶岩の触手が、鞭のようにアインを襲う。だが、アインはフッと笑いながら叩き落される強大な溶岩に手を向ける。
ブチ当たる刹那、一瞬で溶岩が氷漬けになった。
『嘘……だろ……?』
(わたくしをなんだと思っているのですか?
『ただの痴女じゃなかったのかよ……』
(次、痴女と呼んだら、ぶっ殺ですわよ!!)
怒るルリアとは裏腹に、俺の体は不敵な笑みを浮かべた。
「――フリーズエンド」
その言葉と同時に氷解が粉みじんに砕け、キラキラと舞った。
『フリーズエンドって
(ただのキメ台詞ですわ!!)
満足げな声だった。
「俺が貴様にとっての絶対的理不尽――死そのもの――」
言いながら周囲にキラキラと何かが舞い始め、それが凝縮し、氷の槍へと変わっていく。
さすがに驚いた。
無詠唱による魔術は珍しくはない。魔術式を頭の中で描くなりすれば、行使可能だからだ。だが、今、目の前で使われている魔術は、そんな簡単に構築できる魔術ではなかった。
氷の槍が空中にどんどんと増えていく。それを黙って見過ごすドラゴンではない。いくつものマグマの触手を叩きつけてくるが、次々に凍っていき、その冷気はやがて、ドラゴンが操っていた溶岩流の大元にまで届いた。
あの熱波しかなかった火山の世界が、氷漬けの世界に変わっていた。
さすがのドラゴンも実力差を理解したようで、その翼をはためかせ、逃げるように背を向ける。
「俺は奈落より蘇った堕天の闇――」
『奈落から蘇ったのに堕天したのかよ? どっちだよ?』
(もともと堕天していた者が更に奈落から復活したという設定ですわ!)
『設定盛るんじゃねーよ……』
十を超える氷の槍がドラゴンへと飛来する。容赦なくその翼を貫き、ドラゴンは地面へと堕ちていった。
「昏き闇へ沈め」
『すまん、やめてくれ……』
(なにがですの?)
『その
冒険者として駆け出しの初級冒険者の中には、自分に酔っている者がいる。その手の者は闇だとか黒だとか、そういう属性を好み、その手の魔術や兵装で身を固めるのだ。
闇系の魔術など目くらましにしか使えないし、黒い服装は熱を吸収して危険だ。そういう初級病を経て、大人になっていくのが通過儀礼ではあるが、傍から見ると、恥ずかしくてしかたがない。少なからず、俺も経験があることだから!!
「俺は闇と共に歩む者。深淵の担い手アイン・ダート……」
『俺の体でやめろぉぉぉっ!』
(やめませんわ! せっかく男性になったんですもの! わたくしのかっこいいを貫きますわよ!!)
この悪霊ノリノリである。
本当に勘弁してほしい。
(さて、トドメですわね。フレイムドラゴンの魔晶石は、どれくらいで売りさばけますかしら?)
『本当に倒しちまったんだな……』
(あの程度のトカゲ、敵ではありませんわね)
ドラゴンが落ちた場所へと歩いていけば、巨体は既になく、代わりに翼と尻尾の生えた亜人種が倒れていた。
「人化の法か……」
ぽつりと俺の体がつぶやく。かっこつけながら。
『人化の法ってなんだよ?』
(竜種に限らず、知性を持つ魔物は、時に人の姿に擬態する魔術を使うことがあります。まあ、かな~り、レアなことですけど)
「たす……け……て……」
マグマのように赤く輝く髪色の少女は、目に涙を浮かべながら顔をあげた。だが、ルリアは容赦なく氷の槍を具現化する。
『え? ちょっと待って!? 殺すのか?』
(わたくしを殺そうとしたのですよ? 当然、ぶっ殺ですわ!)
『いや、でも、女の子だろ!?』
(人化の法は擬態ですわよ? 火蜥蜴にまで欲情するなんて……これだから男性というのは信じられませんわ! 不埒ですわよ!!)
『いや、こんな小さい子に欲情するわけないだろ! 目の前で子供の虐殺見るとか心の傷を抱えるわ!!』
(問答無用ですわ!)
『いいからやめろっ!!』
叫んだ瞬間、体が元に戻り、氷の槍が地面に落ち、砕けた。
「あ、元に戻った」
『どういうことですの! わたくしの体を返していただけませんか!?』
「俺の体だ、バカ野郎!!」
叫んでいたら、ドラゴン少女が不思議そうな顔で俺を見上げていた。
『ぶっ殺ですわ! トカゲ風情に情けをかけていては、復讐を果たせませんわよ!!』
最初から復讐するつもりなんて無いんだよ!
いくら冒険者とはいえ、人の姿をした魔物を率先して殺したいと思わない。やりたくないことは全力でやらないのが俺のモットーだ。
「……その、なんだ、悪かったよ。殺す気は無い。あんたの巣にいきなり現れたんだから、まあ、攻撃してくるのも無理は無いよな」
きょとんとした顔でドラゴン少女は俺を見ていた。
「元の場所に戻りたいだけなんだ。ゲートがどっちにあるかわかるか?」
ドラゴン少女はジッと俺を見てから、なにも言わずに左のほうを指さした。
「ありがとな。それと、ケガさせて悪かったよ。なにもしないから、あんたも俺になにもしないでくれよ。次はたぶん、悪霊に殺されると思うから」
それだけ言って、ゲートを探して歩き始めた。
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