第5話

 青い空。白い雲。

 ダンジョンの一階層ともなると、外界とそれほど変わらない。変わるのは魔物が出てくるということくらいだ。


 ダンジョンと呼ばれる尖塔には、異界に繋がるゲートがある。そのゲートをくぐると、魔物が巣食う異世界へと飛ばされるのだ。その異世界の有様や広さは階層によって違い、先へ進めば更なる異世界へと続くゲートがある。

 グリムワは中規模ダンジョンなので、五十七階層程度の大きさで、一応、過去に全階層を踏破されている。

 とはいえ、ほとんどの冒険者パーティーが十階層付近でうろうろしながら依頼をこなしているような状況だ。


 いつものようにジョアンナが魔力感知サーチの魔術によって、魔物の気配を探りながら進んでいく。


『復讐ですわ! わたくしは復讐するために転生を果たしたのです! 聞いてますか!?』


 背後でルリアが延々と身の上話をしていやがるのがうっとうしい。


『わたくしは自分の特殊天慶ユニークスキルを惜しみなく使い、シュナイザーたちの能力を底上げしていったのです。だというのに!!』


 話を要約すると、ルリアは、他の十勇士セフィラたちとは友人関係だったらしい。


 アウレリア法王国の王都にある学園では、同じ学生として青春を共にし、高め合いながら学んでいたそうだ。ルリアの施しの力によって、シュナイザーたちは才能以上の力に開花し、強くなっていった。


 特に落とし子シュナイザーは、もともと王位継承権が無かったのだが、ルリアの助力もあって、その実力を法王家にも知らしめたそうだ。そして、継承権やらのお家騒動の中で、ルリアたちはシュナイザーを助け、シュナイザーの兄である性格最悪でイカレた第一王子を倒したのだとか。


 次期法王候補として台頭してきたシュナイザーは、第二王子の謀略もあり、強引に勇者とされ、魔王討伐を命じられたらしい。


『わたくしたちはシュナイザーのために実家に戻って、家督を継ぎ、兵を集めましたわ』


 シュナイザーとルリアを慕う貴族の子弟たちは、同じく勇者の称号を法王から下賜され、魔王討伐軍を組むことになった。その辺の話は俺も知っている。


 十勇士セフィラ軍は強かった。


 アウレリア法王国とモルガリンテ獣王国の国境には、<不落の魔王>と呼ばれる獣人ビースティビワルダーの居城があった。難攻不落の鉄壁であり、戦の才に長けたビワルダーは、四十七回の戦において不敗。アウレリア法王国における最大の敵と称されていた。


 そのビワルダーを十勇士セフィラ軍は倒したのだ。


 戦の流れとしては、籠城を決め込むビワルダーを無視して、十勇士セフィラ軍は獣王国へと中入りしていった。普通に考えれば悪手である。敵国に入り込めば、あっという間に囲まれて終わりだ。


 実際、囲まれたのだが、それによってビワルダーを城から引きずりだすことができた。


 野戦において十勇士セフィラ軍はデタラメに強かったそうだ。その辺は吟遊詩人が歌っているのを聞いたことがある。


 勇者たちは神機オラクルと呼ばれるダンジョン内でみつかる兵器を持っていた。それだけではない。ルリアによって才能を開花させられ、全ての勇者が一騎当千のバケモノだったそうだ。


 ビワルダーはよく戦った。


 だが、数や陣形、地の利、時の利、全てにアドバンテージを取っていたはずのビワルダーは負けてしまった。普通に考えれば、ありえない結果だ。


『ほぼ、わたくしの軍がビワルダー軍を受け持ちましたわ。最後は一騎討ちで、その首をちょちょんとちょんぱしたのです』


 伝え聞いた話によると、魔王ビワルダーを討ち取ったのは勇者シュナイザーだった。どこまで本当かは知らないし、悪霊の言うことを信じる気も無い。


『だというのに、シュナイザーたちはわたくしとサフィラを裏切りましたわ! 許せません!! 絶対に復讐してやりますわっ!!』


 ため息が出てくる。

 仲間たちには聞こえないように声を落としながら悪霊に話しかける。いい加減、こいつ、うるさいし……。


「あんたの話が全て本当だったとしても復讐は無理だ」

『どうしてですの!?』

「まず、俺にその気が無い。復讐は無意味だってよく言うし」


 仮にルリアの言うことが全て真実だったとしても、心底どうでもよかった。貴族同士のイザコザなど平民である俺には関係ないし、興味がない。むしろ、関われば関わるほど面倒事が増えていく。


『あなたがやる必要ありませんわ。わたくしにその体を渡せば済む話ですもの』

「誰が国に喧嘩を売るとか言ってる奴に体をやるか」

『わたくしのおかげで助かったのですよ!?』

「頼んでねーよ」


 などとブツクサ言っていたら「どうしたの?」とヒルルラが尋ねてきた。とりあえず苦笑いを浮かべながら「なんでもない」とだけ言う。

 そうこうしている内にこれまで見てきた草原や岩肌とは違う建築物が視界に入ってきた。


 異跡メガリスである。


 ダンジョンの中には、外界とは違う技術文明によって作れた施設や都市などがある。これを異跡メガリスと呼ぶ。

 異跡メガリスで発見される物品をアーティファクトと呼び、その中でも特に戦闘に特化し、強力なものを神機オラクルと呼んで重宝していた。

 とはいえ、第一階層にある異跡メガリスなど、探索しつくされており、アーティファクトや神機オラクルが見つかることなど皆無だった。


「ついたな」


 俺の言葉に「ああ」とオウルがうなずく。今日はどうにもオウルのテンションが低い。


「なあ、オウル、具合でも悪いのか?」

「いきなりなんだ?」

「いや、元気が無いからな。異跡メガリスに入る前に飯にでもするか?」

「いやいい。さっさと終わらせちまおう」


 言いつつオウルは異跡メガリスの中へと進んでいく。


 第一階層の異跡メガリスは腐肉邸と呼ばれていた。というのも、壁や床の材質が腐った肉のように弾力があるからだ。だが、もろくはない。剣で斬っても魔術を放っても、損壊することがないのだ。

 ここで見つかったアーティファクトは、どれも見た目が肉片のようになっており、例外なくグロテスクだそうだ。


 そんな柔らかい廊下を歩きながら進んでいく。


 さすがに探索しつくされているだけあって、敵の気配は皆無だった。


「なあ、アイン……」


 不意にオウルが口を開いたので「なんだ?」と応えた。


「あんたの才能限界値レベルキャップって200代なんだよな?」

「ああ、そうだけど……」


 才能限界値レベルキャップとは、才能の限界点のことだ。


 ダンジョンに入った者には、冒険者としての適性をステータスとして表示される。ざっくり冒険適性値レベルという数値があり、その数値が高ければ高いほど、ダンジョン内での冒険に対する適性が高いということになる。

 この数値は外界でも強さの指標となっており、傭兵や騎士など武力が貴ばれる業界では判断材料にされるらしい。

 あえて確認する意味も無いが「ステータスオープン」と詠唱すると、空中に文字列が表示される。ちなみに、このステータスはダンジョンの中でのみ確認できる。


 名前 アイン・ダート

 年齢 18歳

 性別 男

 状態 理■罪神■対■者・転■魂■一症■群

 職業 下級冒険者

 契約神 オル■■ー■■

 レベル 167/285


 あれ? なんか変だな……。


 状態と契約神の欄が文字化けしてるし、俺が知るステータスからなんか変わってる……?


「どうした?」

「いや、なんでもない。才能限界値レベルキャップは何度見ても285だな」


 苦笑まじりに答える。

 285という数値は、どうあがいても上級冒険者にはなれないということだ。冒険適性値レベル的に300後半から400代が上級冒険者となる。

 平均値よりやや高いくらいの才能限界値レベルキャップであり、普通に生きていくには困らないが、冒険者や騎士など戦闘を生業とするには才能として低い。


 実際、他のメンバーの才能限界値レベルキャップは400以上あるそうだ。オウルに至っては500代らしい。


「そうか、285か……それは残念だ」


 トンとオウルが俺を押した。瞬間、体がよろけ、後ずさってしまう。カチリと足元で音が鳴った。


「え?」


 次の瞬間、景色が変わっていた。


 腐肉邸の赤黒い内装から、今度は熱波吹き荒れ、溶岩の流れる洞窟だ。めちゃくちゃ熱い。なんだこれ?


『ゲートトラップですわ。あのオウルという男性にハメられたようですわね』


「いやいや、え? なんで? どういうこと?」

『さあ、わたくしに聞かれましても……』


 ルリアは肩をすくめていた。どうやらルリアも一緒に飛ばされたらしい。


『どちらにせよ、異跡メガリス内ではありませんわね。この場所に心当たりは?』

「こんな場所、知るわけないだろ!!」


 これまで十四階層まで踏破してきたが、こんな火山地帯のような階層など見たことがなかった。

 不意に「ギャアアアアアア」という人類種とは思えない雄たけびが聞こえてくる。


 それを確認した瞬間、体が硬直した。


 赤黒く輝く鱗。金色に光る眼光。口からは炎を吐き、炯々とした視線を向けてきている。


『あら、ドラゴンですわね。しかも、あれは天竜級のフレイムドラゴンですわ。上級冒険者十人集めてやっと倒せるくらいですわね』


 天竜級……?

 勝てるわけがない。


 様々なモノにはランクがつけられる。上から神、天、聖、王という具合だ。

 天竜級は上から二番目。都市一つを余裕で破壊できる怪物……。

 そのうえ竜種には、その見た目に精神系の特殊天慶ユニークスキルを添付されている。魔力の絶対量が少ない者は、その姿を見ただけで恐慌状態に陥ってしまうと聞いたが、まさか本当だったなんて……。

 当然の如く、俺の足からは力が抜け、その場にへたりこんでしまう。


 フレイムドラゴンは目を細めた。敵と認識したらしい。


『このままだと死にますわよ、アイン』

「無理だ……勝てるわけないだろ……」


 上級冒険者十人がかりの怪物に下級冒険者が勝てる道理が無い。


『あなたなら勝てずとも、わたくしなら勝てますわよ?』


「無理だよ!! 俺は俺だぞ!!」


『いいから代わりなさい。あなたの肉体が壊れると、わたくしも困りますの!』


「代われつったってどう代わればいいんだよ!!」


 フレイムドラゴンの口が開き、魔力が渦を巻く。空間の歪みに光が灯り、煌々と輝く火の球へと変わった。


『わたくしに代わってほしいと強く願えばいいのです! 急ぎなさい!!』

「早く代わってくれぇぇぇっ!!」


 叫びと同時に視界が焔で真っ赤に染まった。


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